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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第一章 ダメ怪盗ステラ・エトワールの杜撰な計画
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第15話 暗号と逆恨みのラブレター

 美術館の裏口に、夕方の風が吹き抜けていた。


 搬入口に停まった警察車両の後部ドアが閉まり、短い金属音が響く。

 それだけで、空気が一段落ち着いたように感じられた。


 佐藤玲美さとうれみは、最後までこちらを振り返らなかった。

 抵抗も、言葉もない。

 ただ、引かれるままに車に乗せられていく。


 赤色灯が回り始め、ゆっくりと車が動き出す。

 俺と七海は、並んでそれを見送っていた。


「……」


 七海は何も言わない。

 表情も、読めない。


 両手を前で組んだまま、じっと車両の行方を見つめている。

 怒っているようにも見えるが、何を考えているのかは、分からなかった。


 車両が角を曲がり、完全に視界から消える。

 残ったのは、静かな裏道と、夕暮れの色だけだった。


「行ったな」


 俺がそう言うと、七海は小さくうなずいた。


「……はい」


 それきり、会話は続かない。


 捕まった怪盗。 終わった事件。

 というわけにはいかないのだ。双子怪盗ステラ・エトワールはまだ片方しか捕まっていない。

 だが今は、敢えてそれを言葉にする気にはなかった。


 七海が、ゆっくりと息を吐く。


「……猫、どうなるんでしょうね」


 唐突な一言だった。


「シェルナか」

「はい」


 視線はまだ、車が消えた方向を向いたままだ。


「確かに、見つかっても、飼い主が二人とも怪盗じゃあな……。警察が保護して、里親探しってことになるんじゃないか」

「……そう、ですよね」


 納得したようで、どこか残念そうな声。

 俺は帽子のつばを押さえ、軽く被り直した。


「もう帰れ。今日は……というか、もうこの件には関わるな」

「……如月さんは?」

「このままもう1人のステラ・エトワールを追う」


 源さんが佐藤瑠美さとうるみの住所を調べ、判明次第、連絡してくれる手筈だ。


 七海は一拍だけ迷ってから、小さく頭を下げた。

「お疲れさまでした」

「ああ、フライパンが見つかったら、源さんにうまく言って返してもらえるようにするから、大人しく待っとけ」


 それ以上七海は何も言わず、家の方に向かって歩いていく。

 その背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。

 夕闇が、美術館の影を長く伸ばす。


 そんなに素直なのも、それはそれで不安になるな。

 一応、尾行には警戒しておこう。




 予想に反したことが3つ。


 陽が落ちた頃、源さんから連絡があり、佐藤瑠美の居所に向かったが、七海の気配がしなかったことがまず1つ目だ。

 本当に大人しく待っているつもりなのか、またろくでもないタイミングで想定外のことをする前兆なのか。半々だな、と思う。


 2つ目の予想外は、佐藤瑠美が住んでいるのがボロアパートの一室であったことだ。

 姉妹で住んでいたらしいが、話し方からして裕福な家の人間だと思っていた。


 そして最後の1つは__


「一足遅かった、ってことだな」

「そうですね」


 源さんと二人、大家さんに教えてもらった部屋の前まで来ての一言だ。

 扉には貼紙__というより予告状だな、これは。


『ふたごの星の降る折、円盤の頂より姿を現す。

 神聖な地より宝を受け取る、星の片割れステラより。

 来る六月十七日、星の運行もっとも輝く刻にて――我が舞を御覧あれ。』


 そう、これがあるってことは、既に妹が逮捕されたことを何等かの手段で知り、逃走済だってことだ。

 立て続けに姉も逮捕とはいかないのが普通だという常識的な考えよりも、ステラ・エトワールくらいのバカ怪盗ならこれで幕引きだろうという思いが勝っていた。

 こんなに動きが早いとは、意外だった。


「原本はさすがに警察で持っていってください。俺はこれで」


 ポケットからスマホを取り出し、念のため予告状の写真を撮影する。

 ゆっくり検討するまでもなく、明後日の夜、京総八幡宮けいそうはちまんぐうでの犯行予告だが、念のためだ。

 それ以外の情報といえば、双子怪盗ステラ・エトワールは、実は姉ステラと妹エトワールだったってことくらいか。さっき逮捕した妹の佐藤玲美が怪盗エトワール、逃走中の姉・佐藤瑠美が怪盗ステラってことになる。


「了解。姉妹そろって、わざわざ予告状をくれるとはね。リベンジのつもりなのか知らんが、探す手間が省けて助かるな。俺ら警察は、お前ら探偵や怪盗と違って、美学なんてものはないんでね」

「加えて源さんは、職業倫理もないですもんね」

「うるせえ」


 軽口を叩きながら源さんは、テープで貼られた予告状をはがし、ドアノブに手をかける。


「お、開いてるぞ」


 そのまま一切の躊躇なく、ドアを開け放つ。


「ちょっ……大丈夫なんすか」

「は? お前も、人の気配がないことくらい分かるだろ」

「そういう警戒の話じゃなくて、令状とかないのに勝手に開けていいのかなって」


 今、まさにした通り職業倫理の話だ。


「いいんだよ。自白したみたいなもんだろ、この予告状は」

「だから、みたいなもんで動いていいのは、俺みたいなフリーの探偵であって、公務員のあんたはまずいだろって話を……いや、もういいか」


 話しながらもズカズカと中に入っていく源さんに流されるように、俺もあとを追った。




 部屋の中は荒れ放題だった。

 6畳1間の小さな和室に、衣類が散乱している。カップ麺の空容器や、ペットボトルもいくつか、床に置きっぱなしだ。


「おい、探偵見習い。これって__」


 源さんが壁を指さす。


 わかっている。わかっているが直視したくなくて、視線を下へ下へと向け続ける。

 ……そうだ、フライパン。七海のフライパンはないか? それを取り返すのが俺の受けた依頼なんだ。俺は依頼に集中しているだけだ。


「おい如月! 門倉の弟子だろ、ちゃんと見ろ! 本物か、あれは!?」

「…………本物ですよ。見間違うはずがない」


 薄汚れた壁に、垂直に突き立てられた蛇革の柄のナイフ。そのナイフによって、壁に打ち付けられた黒い万年筆。ヤツが現場に残すサインだ。師匠に嫌というほど写真を見せられ、師匠の亡くなる前日には事務所の玄関にも打ち付けられた。


 死神と呼ばれた存在、師匠の宿敵__大怪盗モルスが己の存在を誇示するために使う、恐怖のオブジェだ。


「モルスがまたこの街でなんかしようってのか……」


 源さんの声もどこか、喉から絞り出したような弱々しいものに変わっている。


 大怪盗モルスとは、それほどの存在なのだ。

 約25年前、怪盗も、探偵も、急速に数を減らしていった。モルスはその全盛期、強力なアーティファクトを根こそぎ集めた。

 他の怪盗がターゲットのアーティファクトを持っていたならそいつを殺して奪い、捕まえようと挑む当時の名探偵達を殺して退けた。何人も、何十人もだ。


 探偵と怪盗の時代が終わったのは、モルスがあまりに強大で、凶悪だったからなのだ。




 部屋を出たあと、源さんは何も言わなかった。

 俺もだ。

 アパートの外に出ると、夜気がひどく生ぬるく感じられた。


 ただひたすら、事務所に歩いて戻る。

 夜の北園寺は静かだった。

 駅前を外れ、住宅街に入ると、人影はほとんどない。


 そのせいで、歩きながら何度も同じ光景が頭に浮かぶ。

 壁に突き立てられたナイフ。

 万年筆。

 師匠の写真で、何度も見せられた“あれ”。


「……モルス、か」


 声に出した瞬間、喉がひりついた。


 最近はダメ怪盗しかいないから、カドクラ探偵事務所は怪盗専門として有名になり過ぎたから、事務所に依頼が来なくなった。

 俺は内心そう言い訳して、正当化して、師匠がいなくなって一年が経つ間に、それが真実であるかのような錯誤に陥っていた。

 そう思うなら今喜んでいなくてはいけないのだ。大怪盗モルスがこの街に現れた。なら事務所の仕事はこれから増えるはずだろう? あっさり捕まるダメ怪盗のせいで事務所が潰れかけているんだろう?


「なのに俺は今、びびってる。……だせえ」


 頭にかかったもやが、網膜まで降りてきたように霞む視界の中、ただ歩く。


 なんのことはない。事務所に依頼が来ないのは、俺が半端者だからだ。




「あ、如月さん。お帰りなさい」


 いつの間にか事務所の前まで帰り着いていたようだ。


「……七海か。何してるんだ?」

「如月さんに、聞きたいことがあって」


 そう言うと、両手を前にバッと突き出す。

 その細い両腕は、細かな傷だらけだった。


「シェルナちゃん、また見つけたんです。子供たちに撫でられて、おとなしくしてたから今なら行けるかなって思ったんですけど、また引っ掻かれて逃げられちゃいました」

「……そうか」


 今はそんな話、する気分じゃないんだがな。


 七海はそんなことお構いなしに続ける。


「何がダメなんでしょう。なんでわたしだけ嫌われちゃうのかな。あ、如月さんも嫌われてましたね」

「知らん。お前、シェルナを探してたのか」

「はい! 他にできることもないので」


 今の俺には眩しすぎるくらいの笑顔で、七海は自信満々に答えた。


「猫、好きなのか?」


 思考が廻らない。

 我ながら訳のわからないことを訊いているとは、思う。


「大好きです。それもありますけど、シェルナちゃんは特に放っておけなくて」


 七海は傷だらけの腕を後ろ手に隠し、ゆっくりと俺に歩み寄ってくる。


「アーティファクトなんてものがあって、それに狂わされたバカな人間が怪盗になって、そのせいで何の罪もないあの子は家族を失うんです。わたしもそう、バカな怪盗のせいで家族と離ればなれになりまして。だから放っておけないんです。怪盗なんてやる人は、みーんな、わたしと同じくらいバカなんです」


 七海の髪が夜風に揺れる。

 足音のリズムは躍るようで、俺はなぜだか目を離せずにいる。


「ねえ如月さん。わたしが依頼しますから、ステラ・エトワールを捕まえたあと、必ずシェルナちゃんを保護してあげてください。それで、バカじゃなくて優しい家族を、シェルナちゃんに見つけてあげてください」


 七海の瞳がまっすぐ俺を射抜く。

 少しずつ、頭の中がクリアになっていく。


「如月さんは、わたしやステラ・エトワールと違って探偵で、頭いいんですから、できますよね?」


 無意識に、俺は少しだけ笑っていたかもしれない。


「そうだな。怪盗マリンランタンも似たようなことを言っていた」

「え、あっ……そ、そうなんですねー。偶然ですねー」


 七海が慌てて体ごと目を逸らす。

 まさかこいつのバカさに救われるとはな。


「わかった。その依頼、引き受ける。如月真守きさらぎまもるは、師匠にも街にも恵まれた探偵だからな」

「やった! 約束ですよ!」


 七海が振り返り、ぴょんと軽く跳ねた。


「ああ、俺は探偵しかやれることがないからな」


 そう、探偵しか生き方を知らないんだから、探偵をしっかりやろう。

 目の前のバカに、負けないように。


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