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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第一章 ダメ怪盗ステラ・エトワールの杜撰な計画
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第11話 たい焼きとすれ違いのインタールード

 北園寺西側、例のたい焼き屋は昼どきのピークを少し過ぎたところだった。


 鉄板の上で生地が焼ける音と、甘い匂いが店先まで流れてくる。

 暖簾は少し色褪せているが、昼間の光を受けて揺れる様子は妙に落ち着く。


 明日6月15日、北園寺美術館で怪盗ステラ・エトワールとの直接対決を控えた俺は、最後まで少しでも情報を集めようと、怪盗被害のあったたい焼き屋に来ていた。


「でさぁ、盗まれたのが鉄板だよ? 普通、鉄板盗む?」


 店主のおっちゃんは、カウンター越しに俺へ愚痴を投げてきた。


「鉄板がなきゃ、たい焼き屋は商売にならないだろ。せめて金目のものにしろってんだ」


「金目……ですか」

「そうだよ。レジとかさ。いや、レジも困るけど、鉄板はもっと困る!」


 怒鳴るでもなく、どこか諦めたような声だ。

 生活に根差した怒りというのは、こういう温度になる。


「警察は来たけどな。怪盗だか何だか知らねえけど、最近は物騒で嫌になるよ」


 スペースに対して半分しかない鉄板でたい焼きをひっくり返しながら、おっちゃんはため息をついた。


「怪盗がカードを置いていきませんでした? 警察に渡してなければ見せてほしいんですけど」

「あ? カードぉ? んなもん見てないけど」

「はい?」


 完全に虚をつかれた。

 ステラ・エトワールはここまで全ての現場にカードを置いていく自己顕示欲の塊だった。それがこの現場だけは置いていかなかった⋯⋯?


 おっちゃんの見落としを疑ったが、店内は綺麗に片付いており、掃除も隅々まで行き届いている。

 ここまで撤退していて、広いわけでもない店舗だ。見落としたとは考えづらい。


 __いや、待て。ここ"だけ"か?


 脳内に火花が散る感覚に身を委ね、すぐにスマホを取り出し電話をかける。

 数回のコール音の後、お目当ての人物の寝ぼけきった声が聞こえた。


『もしもし〜? どしたの真守ちゃん、こんな時間に。……えっち』

「何がだよ。寝ぼけてるのは声だけでいいよ」


 電話口の相手は、北園寺の夜を取り仕切る女王・さくらママだ。


「さくらママ、一昨日ママの店の辺りで怪盗がスリだか引ったくりだかした騒ぎがあったろ。赤マントに星マークをゴテゴテつけた怪盗、名前はステラ・エトワール」


 俺はひらめきの余韻に背中を押され、一気にまくし立てた。


『あ〜、うん。あったわね。お客さんが話してたわ』

「その時、そっちのエリアにカードが落ちてなかった? モノを盗まれた人のカバンに入ってたとかでもいい。怪盗ステラ・エトワールって金色の字で書かれた真っ赤なカードだ」


 七海の部屋や、雑貨屋のような限られたスペースと違ってエリア一帯に対してのカード1枚。普通なら無茶振りもいいところだが……


『ないわ』


 即答。

 怪盗ステラ・エトワールよ、運が悪かったな。この広い北園寺でも、あのエリアに限っては話が違うんだよ。


『財布を取られたのはトパーズのユリちゃんで、そんな話してなかったわ。地べたに落ちてたとしてそんなに目立つ色で、しかも「怪盗」って書かれてたんでしょう? 誰が拾ってもその日のうちにあたしに届くはずよ。でも来てないから、そんなカードはないわ』


 普通なら暴論としか思えない理屈の断言だが、あの一帯ならさくらママは絶対だ。


「オッケー、ありがとうママ。今度お礼しに行きます」

『え? それだけのためにこんな朝早く起こしたの〜? ちょっとヒドいんじゃない?』

「もう昼過ぎです。おやすみなさい」


 一方的に言って電話を切る。


 やはりそうだ。

 怪盗ステラ・エトワールの行動パターンはひとつじゃない。


 違和感はあった。

 あの歓楽街での追跡劇、俺と七海に追われたとき、京総八幡宮けいそうはちまんぐうで使った強烈な光を発するアーティファクトを使えば、もっと簡単に逃げられたはずなんだ。

 俺の鹿撃帽しかうちぼうである程度防げることが万が一バレていたとしても、七海の方はそれで止められた。


「おい、探偵の兄ちゃんよ」


 思考に割り込むおっちゃんの低い声。

 いかん、また自分の世界に入っていた。


「すみません。話の途中でしたね」

「なんで兄ちゃんがさくらママの番号知ってるんだよ! 俺けっこう通ってるのにまだ教えてもらえてねえよお!」

「⋯⋯は?」


 静寂。

 子どもの笑い声、買い物袋の擦れる音、自転車のベル。北園寺の平和な音色だけが奏でられている。


「いや、なんでと言われましても……」

「ま、ま、まさか兄ちゃん! さくらママのっ……! か、隠し子とか言うんじゃねえだろうな!」

「え、隠し子のドラマかなんか流行ってたりします?」


 どうしてこの街のおっさんは、まず最初に考えることが隠し子なんだよ。

 冗談とも本気ともつかないおっちゃんの言葉に、俺は返す言葉を探していた。


 その時だった。


 ――ガタン。


 店の外、通りの向こうで、何かが倒れる音がした。


「……?」


 続けて、短い悲鳴。


「きゃっ……!」


 たい焼き屋の空気が、一瞬で変わる。

 鉄板の焼ける音がやけに大きく感じられ、客の何人かが同時に顔を上げた。


「今の、なんだ?」


 おっちゃんが眉をひそめる。

 俺は無言で暖簾を押し、店先に出た。


 昼下がりの北園寺西側。

 さっきまでの穏やかな通りが、ざわついている。

 視線が、走る。

 人の流れが、無意識に道の端へ寄る。

 そして――


 路地を横切る影が、二つ。


 先頭を走るのは、赤いマントに星柄モチーフ。

 空が明るいせいで目立ちはしないが、後頭部の大きな星型のリボンが薄く発光している。

 __怪盗ステラ・エトワール。


「止まりなさい! 逃げ場は――」


 後を追う影は、青を基調とした衣装。

 軽やかな跳躍で屋根の縁を蹴り、電柱の影を踏み台にする無茶な動き。

 ――怪盗マリンランタン。七海だ。


「神社であんなに大勢の人を巻き込んで……正気なんですか!?」


 聞き覚えのある声が、街中に響く。変声機もなしにでかい声出す怪盗も正気を疑うが、次の言葉がそれすら気にならないほどに引っかかった。


 ステラ・エトワールが振り返りざまに叫ぶ。


「何の話をしてますの!? そちらこそ同業を狙うなんて頭どうかしてますわよ! 報酬は早いもの勝ちと、"あのお方"も言っていたでしょう!」


 こちらはさすがに変声機を通していたが、会話が噛み合っていない。


 何の話というとぼけ方があるか⋯⋯?あれだけの騒ぎを起こし、カードまで残しておいてなぜ知らぬフリをしようとする?

 それに"あのお方"というのは何だ?

 

 次の瞬間、二人は建物の影に消えた。

 残された通りに、遅れてざわめきが戻る。


「今の……怪盗じゃねえか?」

「昼間から? マジで?」

「映画の撮影かと思った……」


 俺は路地の奥を見つめたまま、動けずにいた。

 

 何かが、違う。

 ステラ・エトワールとマリンランタン、2人のダメ怪盗がたまたま同時期に現れた。そういう話じゃないのか、この事件は。


「……しかし、ややこしいことをしてくれたな」


 呟いた声は、たい焼きの甘い匂いに紛れて消えた。

 おっちゃんが、恐る恐る店先から顔を出す。


「おい兄ちゃん……今の、さっき話してた怪盗か?」

「ええ。たぶん」

「……たぶん?」


 俺は答えず、路地の先に視線を残したまま踵を返す。


「追わなくていいのか? 探偵なんだろ?」

「ええ……追いますよ」


 そうなんだよな。あんなに目立たれたら追わなきゃいけなくなる。

 昼の北園寺で、両方の怪盗を追い、大育成計画のターゲットである七海の方は少なくとも逃げられるように。


「じゃあ、私はこれで失礼します」


 おっちゃんに一礼し、気が乗らないままに走り出した。




 走り出して間もなく、俺は北園寺の西端にある閑静な住宅街、その十字路に身を潜めた。

 一分も経たないうちに、ぎゃあぎゃあ喚く聞き慣れた声と機械音声が近づいてくるのが聞こえた。


 読み通りだ。

 速いのは七海の方だが、ステラ・エトワールは土地勘がある。あの通りから、なるべく人気のない方へ、マリンランタンを撒けるよう道を選べば自ずとこの住宅街の方に逃げざるを得ない。

 先回りがうまくハマった。


「怪盗ステラ・エトワール! いい加減大人しく__」

「しつこいですわよ! あなたも怪盗でしょうに!」


 騒いでくれるのは今だけは好都合だ。

 生垣に貼り付き、息を殺す。足音と声に意識を集中させタイミングを図り⋯⋯今だ!!


 走るステラ・エトワールの目の前に飛び出す。


「止まれ怪盗!うぉらあ!」


 渾身の回し蹴りをステラ・エトワールの鳩尾めがけて正面から叩き込む。


「っ!?」


 ゴッと鈍い音がするが、甘い。左腕で咄嗟にガードされた。


「なるほど、左ね」


 次の蹴りをと構え直す間に、動きを止めたステラ・エトワール目がけ、マリンランタンが空から急襲するのが視えた。


「ナイスです、如月さ⋯⋯探偵!」


 俺はそれを____手首を掴み放り投げた。


 すまん、七海。

 人通りがないとは言え住宅街の、住人が窓から見ていてもおかしくない場所で共闘はできないんだよ。


「うわっ!?な……なにするんですか如月探偵!」


 さすがの身のこなしで何とか無事に着地した七海が吠える。


「怪盗マリンランタンだな? 怪盗同士で何を争っていたのか知らないが、まとめて逮捕してやる。カドクラ探偵事務所の所長・如月真守が相手だ」 


 鹿撃帽しかうちぼうを深く被りなおし啖呵を切る。


 ……かっこつけたはいいが、この後どうしたものかね。



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