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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第一章 ダメ怪盗ステラ・エトワールの杜撰な計画
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第1話 探偵と怪盗のミスマッチ

『続いてのニュースです。昨夜未明、怪盗メイクイーンを名乗る無職の男、本名・猫田和也容疑者が窃盗の容疑で逮捕されました。警察によりますと猫田容疑者は__』


 まただ。

 また怪盗があっけなく警察につかまった。今は亡き俺の師匠、名探偵・門倉秀樹と競い合った大怪盗達の姿はもうどこにもない。


 超常の力をもつ魔道具・アーティファクトを操る怪盗は、知力・体力・技術力を対怪盗に特化して極めた俺達探偵にしか捕まえられない。それが十数年前までは常識だったはずだ。


『怪盗メイクイーンこと猫田容疑者は、早く家に帰りたかった、鍵が掛かっていなかったのでレンタル自転車かと思った、などと供述しており__』


 それが今や、駅前のチャリをパクって警察に逮捕されている。

 約30年前を全盛期に、怪盗の質は低下し続けているのだ。


「というかなんだよメイクイーンって。猫田から取ったならメインクーンだろ。メイクイーンは芋だよ、ジャガイモ」


 あまりのお粗末さに思わず天井を見上げると、師匠から受け継いだ事務所がこの時代には広すぎるように感じられた。

 いや、猫田が本名のやつが猫を連想させる怪盗名を名乗るのもアウトか。正体を隠すために怪盗として名乗っているのに本名を連想させるようではダメだ。


 怪盗の弱体化というのは、世間にとっては歓迎すべきことなのだろう。

 怪盗などと名前がついているが、要はアーティファクトの力で超能力を振るう窃盗犯・強盗犯の類だ。

 そんなものが強く賢いことを歓迎する理由はない。__そうでないと仕事が来ない俺のような探偵以外は。


「今月も依頼は1件だけ、か」


 月末だというのに、このカドクラ探偵事務所に来た依頼は僅かに1件。このままでは廃業だ。

 俺としては師匠の残した事務所を守るため何でもやる覚悟はある。他の探偵事務所のように怪盗案件にこだわらず、浮気調査や猫探しのような仕事を引き受け事務所を存続させていくことだって考えた。


 だが、この事務所に猫探しの依頼は来ない。俺の師匠、門倉秀樹は数多の大怪盗と死闘を繰り広げ、歴代で最も多くの怪盗を捕らえた名探偵だ。そのあまりに高い名声から。カドクラ探偵事務所に怪盗案件以外を持ち込むのは失礼ではないかと、依頼者の方が遠慮してしまうのだ。


 15で事務所に引き取られて3年、探偵以外の生き方など知らない俺はこの状況に頭を悩ませ続け、平和を願いつつも、かつてのように警察では手に負えない怪盗が現れることを心のどこかで待ち続けているというわけだ。


「どうにかしないとな」


 誰にともなく一人つぶやき、師匠の残したコーヒーメーカーのスイッチを入れた。

 味は俺にはまだわからないが、昼下がりにはブラックのコーヒーでブレイクするのが師匠の日課だったし、かっこいい探偵というのはそういうものなのだ。


 香ばしいコーヒーの香りと、やや埃っぽい事務所から漂う木の香りに身を任せ、心を落ち着けていた時だった。__カラン。


「ごめんくださーい」


 錆びかけのドアベルが軽く鳴り、事務所の古びた扉が押し開けられた。

 差し込んだ光の向こうに立っていたのは、年端もいかない少女__のはずなのに、最初に目を奪われたのは、その場の空気ごと柔らかく照らすような不思議な存在感だった。


 海風を思わせる藍色の髪は肩のあたりで揺れ、無造作な外ハネが透明な若さを際立たせている。大きすぎるほど澄んだ瞳は、灯台の光みたいにまっすぐで、こちらの表情を正面から受け止めてくる。特段着飾るでもない、動きやすさだけを優先したラフな服装なのに、なぜか妙に絵になっていた。


 その整った輪郭も、明るい笑みも、どれを取っても“美少女”と評して差し支えない。

 __ただ、手に下げているのが蕎麦の紙袋で、しかも持ち方が壊滅的に下手なのを除けば。


 外見だけなら完璧に近いのに、どこかちぐはぐで、妙に目が離せない。その違和感にまず心を掴まれてしまった。


「ああ、えっと⋯⋯ようこそお嬢さん、カドクラ探偵事務所へ。お困りごとなら何でも、この探偵・如月真守きさらぎ まもるにお任せあれ」


 ただでさえ久しぶりの来客だというのに、吸い込まれそうな瞳に当てられ、ようやく言葉を絞り出した。

 なんとか師匠のように、スマートに、紳士に言えたはずだったが返ってきたリアクションは想像したものとは違っていた。


「え⋯⋯? たん、てい?」


 目の前の美少女は、額に汗を滲ませ、忙しなく目を泳がせる。

 

 まさか知らずに入ってきた?いや、そんなはずはない。今でこそ廃業の危機だが、名探偵門倉の事務所だ。古びてこそいるものの立派な看板に大きくはっきり「カドクラ探偵事務所」と書かれていたはずだ。


「ここ、探偵事務所?」

「そうですが⋯⋯依頼じゃないのかな、お嬢さん」


 不思議な反応をする目の前の少女をよく観察してみるとスニーカーの左足、靴紐が解けている。これまけ抜けた人物なら看板に気がつかないこともあるか?いや、そうだとすると何をしにここへ__?


 俺が思考を巡らせていると、沈黙に気まずさを覚えたのか、少女は手をパタパタさせながら口を開いた。ガサガサとその手の紙袋を鳴らしながら。


「あっ、いや、その__今朝、隣に引っ越してきた七海灯ななみ とまりっていいます。七つの海に、灯台の灯で、七海灯。それでその……引っ越しのご挨拶にお蕎麦を渡しに__」

「なるほど。それはご丁寧にどうも」


 俺は紙袋を受け取り、うやうやしく頭を下げながらそっと袋を確認した。

 知らない蕎麦屋の名前だ。この街に俺の知らない店などあるはずもないから、どうやら引っ越してきたというのは本当のようだ。

 だとすると先程の慌て方の理由は謎のままだな。


「あ、でもでもっ!せっかく探偵事務所なら、依頼あります!」


 七海というお嬢さんは、空になった両手をやはりパタパタさせながら続けた。


 依頼は当然ありがたいが、無理をさせるのも忍びない。金欠の俺には、蕎麦だけでも十分にありがたいしな。


「いえいえ、お嬢さん。御気持ちだけで十分ですとも」

「別の怪盗に盗まれたアーティファクトを取り返してほしいんです!」

「は__?」


 時が止まった。


「別の⋯⋯怪盗?」

「__違っ、くてですね!怪盗に盗まれたアーティファクトを取り返してほしくて」

「アーティファクトの個人所有そのものも違法なんだけど」

「アーティファクト⋯⋯っていう名前を付けてたんです! フライパンに!!」

「全部信じたとしてもそれはそれで怖い人だよ!」


 頭痛が痛いというのは、こういうことを言うのかもしれない。

 つまりなんだ。こいつは怪盗で、あろうことか探偵事務所の隣に引越してきて、看板も確認せず蕎麦を渡しに入ってきたあげく、口を滑らせたとでもいうのか。

 今時の怪盗ってやつはそんなにバカだと言うのか!?


「__こほん、失礼。あー、承知しましたお嬢さん。それでは、そのフライパンの特徴とか、盗まれた時の状況とか、何か手がかりになりそうなことがあれば教えてくれるかな?」


 なんとか気を持ち直し、探偵としてのスマートな如月真守を取り戻す。仮にこいつが怪盗だとして、依頼人には変わりない。


 それに、だ。

 このダメ怪盗を捕まえて警察に引き渡したとして、金にはならないのだ。探偵が怪盗を捕まえて金になるのは、主に被害者からの依頼があった時と、警察から捜査協力依頼があった時だ。


 そのどちらでもない以上、こいつの正体には目を瞑り、フライパンを取り返す依頼を受けてしまった方が事務所の為だ。


「えーっと、ここに引っ越すとき荷物の中にあったはずなんだけど、たぶん引越屋のキンバリー物流の人が荷物から持ってっちゃって⋯⋯」


 もうそれは単なる紛失か、最大でも単なる盗難だろう。怪盗じゃない。

 なくなったのがアーティファクトだから警察に頼れないのは察するが。


「特徴は、食材の表面に焦げ目だけつけられるの!中は完全に生のままで」

「じゃあアーティファクトじゃねーか。少しは隠してくれ」


 いかん。七海といるとどうにも調子が狂う。

 しかしダメ怪盗にお似合いのダメアーティファクトだな。師匠の時代の大怪盗なら、ある者は自在に雷を落とし、またある者は時すら止めたと言われているのに、食材に焦げ目だと……。

 

「アーティファクトって名前のフライパンね。で、これが代わりに部屋に落ちてたんです」


 そう言って七海がハーフパンツのポケットからハガキ大の紙を取り出し、俺へ差し出した。

 手に取ってみるとそれは、背景が赤一色で塗りつぶされており、その上にはでかでかと品のない金文字が綴られていた。


『炎のアーティファクトはいただいた。怪盗ステラ・エトワール』

 

 ダメだ、こっちの怪盗もバカだ。

 ステラもエトワールも意味は同じ、「星」という意味。今度こそ本当に頭痛が痛い。


 フライパンを盗んだのがもし本当に怪盗の仕業だと言うなら、この街で少なくとも1回は盗みに成功した怪盗ということになる。だからこそ七海はともかくこっちは少し期待していたのに……。

 これでは数日で警察に捕まるだろう。


「怪盗ステラ・エトワールねえ……聞いたことないな。盗難なら警察に任せて__」


 溜息交じりに七海へハガキを返そうとしたその時だった。


「いや、待てよ__」


 完全におかしな思い付き。それは俺なりに自覚はある。

 だが、探偵の悲しい性とでもいうべきか、思いついてしまえば状況の整理はとまらなかった。


「盗まれたのはアーティファクト、この街で犯行を行っていながら、このカドクラ探偵事務所に情報の入ってこない怪盗ステラ・エトワール__」


 ということは、かなりの確率で初犯。しかも被害者は同じ怪盗ときている。

 七海の方も、このバカさ加減でまだ警察に捕まっていないなら、こちらも民間への被害はまだ出していない可能性がある。


「アーティファクトっていう名前のフライパンです」

「ああそうだった、すまない」


 七海の訂正を軽く流しながら思考を進める。


 怪盗同士で小競り合いをしている分には警察は動かない。被害者側が通報しないから。

 これはつまり、七海とステラ・エトワール、この二人をライバルに仕立てあげ、民間への被害が出ないように俺がコントロールしながら競い合わせれば__


「大怪盗は、創れる!!」

「はい? もしもーし。如月さーん?」


 探偵が怪盗を育てるなど見たことも聞いたこともない。だが俺はもう、とうの昔に覚悟を決めているのだ。

 この事務所を守るためなら何だってすると。それがたとえ、捕まえれば金になるような大怪盗を自ら創ることだとしても。


 俺は、放置していたコーヒーメーカーから冷めてしまっていたコーヒーを取ると一気に飲み干し、師匠の形見の帽子を被ると、高らかに宣言してやった。


「怪盗ステラ・エトワール、許せませんね! 絶対に見つけ出して、フライパン取り返しましょう!!」


 


 




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