第23話 初めてのケンカ。
「先生にこんなところで会えるなんて!嬉しい!」
そう言いながら駆け寄ってきた女の子は、アメリーちゃん。前にエリクが言っていた、サミュエルに恋文を出した子ね。そうそう、春から奉公に出るって聞いてた。
「あ、当主。こんにちは!」
ついでのように挨拶される。まあ、意中の人がほかの人とお茶を飲んでいたらそうなるわね。何でもないから、安心してよ。
「先生、私、この春からこの町の仕立て屋で働くことになったんです。今はお届けの帰りです。」
「そうなの。頑張ってね。」
「はい!先生にまたお手紙書いても良いですか?」
「いいよ。あ、このレターセットを あげるから、ご家族にも 書いてね。」
にっこり笑って、サミュエルちゃんがさっき買っていたレターセットを一組、アメリーちゃんに渡している。薄桃色のきれいなレターセットだ。
「うわあ!嬉しいです!絶対に書きます!先生もこの前みたいに返事くださいね!」
…返事出したんだ。なんて書いたんだろうな。
そう言って、大事そうにレターセットを持って、アメリーちゃんは手を振りながら帰っていった。
ほんの少し前はちびっ子だと思っていたのに、流行の明るい黄色のワンピース姿は、もういっぱしの女の子だわね。もう14歳になったんだっけ。14と18ね。なくもない。16の時20だ。髪はツインテールに可愛く結んで、薄っすら化粧もしている。
そうか…あの子とは限らないけど…実家から結婚を勧められたりする年齢よね、サミュエルちゃん。
結婚したら、当然、うちを出て行くんだな…。
そうかそうか。もちろん、そうなった方が良いに決まっている。温かい家庭、大事。
…そうしたら?また、従業員を探せばいいことだ。
サミュエルちゃんはうちにずっといたいと言ってくれたけど、結婚したサミュエルちゃんをご夫婦住み込みで雇うほど余裕もないしな…。
アメリーちゃんの黄色のワンピースが人ごみに紛れて行くのを、ぼーっと見る。
さみしい?
そうだなあ…その時のことを考えると、一人でいた時よりずっと寂しい気がする。
「どうしましたか?当主?」
「ん?ああ。サミュエルが結婚して家を出て行ったら寂しくなるなあって考えてた。あはは。もちろんおめでたいことだけどね。」
「…え?」
「あ、今すぐの話じゃないよ?いつかあなたに好きな人が出来たら、ね。」
「……」
*****
「おや、当主、一人?」
「あ、アンナ。いらっしゃい。」
どっこいしょ、と大きな瓶をダイニングのテーブルに載せる。二人で仲良く出迎えられると思っていたら、しょげ切った当主が一人、ぼんやりと椅子に座ってるし。
帰ってきたままの格好なのか、珍しくワンピース姿だ。サミュエルちゃんにもらったイヤリングもしてる。
「親戚からリンゴ酒を貰ってね、おすそわけさ。」
「ありがとう。」
「今日は二人でデートだったんだろう?ん?それにしちゃあ、元気ないね?ケンカでもしたかい?」
「…デートって…。隣町に買い物に出かけていただけよ。」
「あはは!村中その話だよ。サミュエルちゃんが元気になってよかったよ。どうしようかと思ったからね…そうかなあとは思ってたけど、あの子、貴族なんだろう?問題ないじゃないか。」
「え?なにが?」
当主が出してくれたお茶を、座って飲む。当主がぽつぽつと今日の出来事を話し始めた。うふふっ。あらあら。
「…そしたら、もう帰り道、口きいてくれなくて。荷物下ろしたらすぐ、エリクのとこに行くって、森に行っちゃったのよ。」
おやおや。そりゃあ、痴話げんかっていうんだよ?
「ありゃあ。そりゃあ、当主が悪いね。可哀そうなサミュエルちゃん。もう帰ってこないかもね。」
「え?そんなに?」
お茶のお替りを注いでくれていた当主が驚いている。この子も、困った子だねえ。どうも自分はもう恋も結婚もしないだろうと思い込んでるし。いい子なのに。
確かに貴族令嬢なんてのは、20歳ぐらいまでには嫁に行くって暗黙の了解があるものね。でも、それは、それ。
「私たちはさ、みんな当主の力になりたいと思っているんだけどね、こうやって食べることとか畑とかは、だけど…当主、の仕事は手伝えないだろう?あの子なら任せられんだろう?もちろん、誰でもいいってわけじゃないさ…ここのことも、当主のこともさ。」
「……」
「なあ、迎えに行ってきな、当主。あんただって本当は、あの子にどこにも行ってほしくないんだろう?」
「…だけど、アンナ?あの子は18歳で、私はもうすぐ26歳だよ?」
「あらまあ、私と旦那も8歳差だよ?一緒じゃないか?」
「だって…。」
そんなことじゃないかと思ってたよ。そういうの、惚れてるっていうんだよ?
「よく二人で話せばいいじゃないか。ささ、茶碗は洗っておくから、迎えに行ってきな。暗くなっちまうよ!」
慌てて出ていく当主の後姿を見送る。
さて、ちゃちゃっと今日の二人の宴会用のつまみでも作っておいてあげようかね。




