第12話 初めてのキス。
事務仕事をひと段落させて、お茶を飲んでいると、お出かけしていたサミュエルちゃんが、木彫りの猫と一緒に帰ってきた。頭には花冠まで。
表情がわかりにくい子だけど、ほんのり笑っているような気がしないでもない。
「リンゴのパンを 貰ったので、一緒に 食べませんか?」
と、お誘いいただいた。どうしたんだろう?
「今日、僕、誕生日 だったので。みんなに お祝いしてもらったんです。」
え?あ…
どうしようどうしようどうしよう…なにも用意してないわ!というか、すっかり忘れていたわ!アンナに聞いた気がするけど…。
動揺している私のことを気にもせずに、台所に入って、夕食の準備を始めるサミュエルちゃん…。どうしよう?
ドキドキを悟られないようにさりげなく食糧庫に入って、一番いいワインを取ってくる。ごめんね、サミュエルちゃん…。これで許して!!もう、心の中では叫んでいる。顔には出さないが。
食器棚からピカピカに磨かれたワイングラスを2つ取り出し、テーブルに並べる。
夕食は温めなおしたリンゴのパンと、チーズと昨日から用意していた豚肉の煮込みシチュー。そこにとっておきの赤ワイン。
「サミュエル、18歳、おめでとう!」
軽くグラスを合わせて乾杯する。以前のように目を伏せられることもなく、乾杯も出来た。大人になったなあ…。まあだいたいはアンナの家の人たちのおかげだけど。
「なにか、欲しいものはある?サミュエルちゃん?」
*****
「僕、みんなに 日曜日 字を 教えてるんですけど…冬の間なら 来たいという子供が ほかにも いて…」
当主が、欲しいものはあるか、と聞いてくれたので、思い切って聞いてみる。
「村の 真ん中にある…古い教会を 使わせて いただきたいんですけど…」
「え?うちを使えば?」
美味しそうにリンゴパンを頬張っていた当主が、そう言ってくれた。
「いえ、あの 冬になると 雪がひどいので ここまでは 小さい子は 通えない って。」
物凄い雪なんだ!って、エタンが言っていた。ものすごい雪?って想像できないけど、皆がそう言うんだから、きっとものすごいんだと思う。
「使うのは構わないけど…手直しも必要よ?薪もいるし。」
「…ありがとうございます。」
手直し…か。できるかな?
分からないことは俺に聞けって、エリクが言ってたから、聞いてみよう。とりあえず、借りれた。
「何か手伝えることがあったら私も手伝うわよ?」
当主がそう言ってくれた。
「その時は お願い します。」
ワインは前にも飲んだことがある。
苦くて美味しくなかった気がしていたけど、当主が注いでくれたワインを思い切って飲んでみたら、ほんのり甘くて深いブドウの濃い味、がした。美味しかった。
僕にはまだまだ、知らないことがたくさんある。
何時ものように後片付けは当主がするというので、部屋に下がろうと思ったら、先に立ち上がった当主に、ハグされておでこにキスをされた。さすがにびっくりした。
「18歳おめでとう。いい夢を!」
そう言って、当主は台所に食器を運んで行った。
…お休みのキス?
おばあさまもお元気な時はそうしてくださった。
ほんわりと、胸のあたりが暖かくなる。




