第6話 タクシー
「やべえやべえ、面接間に合わねえぞこれ」
いつもなら絶対にしない寝坊をしてしまった俺は、大慌てで家を出る準備をしていた。風邪が治ったのはいいけど、治すのにめちゃくちゃ睡眠を必要としたからなあ。いつもより早く寝て遅く起きちまった。
「これじゃ駅までほんとに間に合わねえな。タクシー拾うか」
ちょうどタクシーが走って来るのが見え、俺は手を挙げた。目の前でゆっくりと停車するタクシー。ドアが自動で開いて、慌てて乗り込む。
「ご乗車ありがとうございます! 佐渡ヶ島まででよろしかったですか?」
「よくねえよ! 何しれっと海渡ってんだ! ……は!? 心音!?」
なんと運転席には満面の笑みを浮かべた心音が座っていた。え、何してんだこいつ。
「やっほやっほ! 今日はまた慌ててるね! パパラッチ?」
「そんなわけねえだろ! 誰を追っかけてんだ俺は!」
「違う違う、追われる方」
「なんで俺が追われてんだよ! そんな有名になった覚えねえけど!?」
「そりゃもちろん、現代に蘇ったフランケンシュタインって」
「やかましいわ! UMAみたいな扱いじゃねえか!」
「そんなこと言うまでも無いよね」
「上手いこと言ってんじゃねえ! ちょ、いいから早く出発してくれる!?」
心音は渋々エンジンをかけ、タクシーを発車させる。そういやこいつ免許持ってたんだっけか。それにしてもタクシー運転手やってんのはビックリだけど。
「それで、小笠原諸島のどこだっけ?」
「島に行くのやめてもらえる!? 亀風駅まで頼むわ」
「金金関?」
「言ってねえよ! なんだそのがめつい相撲取りは! 亀風駅!」
「乗車中は話し声やスマートフォンの光などにご注意ください。それでは消灯」
「夜行バスか! そんな遠くまで行かねえからな!?」
流石に運転中は静かにしているのか、暫く心音は黙ったままだ。と思ったら信号待ちの時に振り向き、俺に話しかけてきた。
「ねえねえ、黙ったままだと気まずいからラジオ聞いてもいい?」
「いいけど……。お前運転には集中しろよ?」
「分かってる分かってる! じゃあ始めるね! 川本心音の昨日食べた物発表会ラジオ!」
「お前がやんのかよ! 興味ねえわそんな番組!」
「昨日はまず朝に掃除機を丸呑みして……」
「ごめんめっちゃ興味あるわ! 朝から掃除機丸呑みしてんのお前!?」
「昼はダイエットコーラとコーラ」
「ダイエットコーラ無駄にしてんじゃねえか! ダイエットする気ねえだろ!」
「夜は買い物忘れたから、冷蔵庫にあったもやしと野菜室を炒めて食べたよ」
「野菜室そのもの食ったの!? 味覚バグってんなお前!」
「アクリル板みたいで美味しかったよ?」
「まずアクリル板の味を知らねえんだわ!」
「健人先輩は普段何食べてるの? 大量のプランクトン?」
「クジラか! ちゃんと飯食ってるわ!」
心音が運転するタクシーはどんどん進んで行くが、一向に亀風駅に着かない。そんなに遠くねえはずなんだけどな。歩いて15分〜20分ぐらいだぞ?
「おい心音、まだ着かねえのか?」
「まだまだだよ? 那覇空港駅でしょ?」
「亀風駅っつっただろ! なんで日本最西端の駅目指してんだお前は!」
「あれ違った? じゃあどの端の駅?」
「端に行こうとすんな! 亀風に行けって!」
「オーロラって実際見たら感動するのかな?」
「ごめんまじで何の話!?」
こいつ、完全にふざけてやがんな。俺を亀風駅に連れて行かねえつもりだ。こんなことなら歩いた方が早いじゃねえかよ。ったく、タクシーなんか拾うんじゃなかった……。
「見て見て健人先輩! アリの行列だよ!」
「見えねえって! どうでもいいし! むしろなんでお前その位置からアリ見えてんだよ!」
「ありー? 健人先輩は見えない?」
「くだらねえわ! ちょ、お前まじで急いでくれよ。面接間に合わねえよ」
「まあまあ! 間に合わなかったら代わりにうちのタクシー会社の面接にしてあげるよ!」
「嬉しくねえ! 俺タクシー運転手目指してねえし!」
「自分の名前がアラビア語で書けたら受かるから、誰でも受かるよ!」
「受からねえよ! アラブ人ばっかりになんじゃねえか! ……え、お前アラビア語書けたの!?」
「うどんって啜ってる途中で息切れするよね」
「アラビア語の件に答えろや! うどんなんで出てきた!?」
そんなことを言っていると、ナビから小さな音が聞こえてくる。なんだ? 小さすぎて何言ってんのか分かんなかったぞ?
「うんうん、なるほどねー! 健人先輩、ナビくんが300メートル先を右折だって!」
「ナビが人見知りすんな! スっと伝えてくれよ!」
「あとナビくんが健人先輩のこと気になってるらしいよ! ほら、思い切って言っちゃいなよ!」
「鬱陶しい友達か! 嫌だわナビに告られんの!」
「ほら言っちゃいなって! 400メートル先を左折って!」
「それは言って!? いや俺に言われても困るけども! 心音に言えよ!」
『目的地、周辺です』
「それはちゃんと言えんのな!? やっと着いたか……」
タクシーがゆっくりと停車し、メーターが止まる。亀風駅に来るのにどんだけ時間かかってんだよ。まあとりあえず着いたからいいや。
「お会計は貝殻かお米のどちらにされます?」
「支払い方法が昔すぎるわ! え、現金使えねえの!?」
「ああ一応現金なら使えるけど、なるべく貝殻で払ってもらえた方が……」
「とりあえず現金で払うから文句言うな! ああもう、遅刻確定だ……」
ドアが開いてタクシーを降りる。するとそこは亀風駅ではなく、俺が面接を受ける予定の会社だった。
「……は? おい心音お前、まさかここまで送ってくれたのか?」
「もちもち! 仲良しの健人先輩のためだからね! 料金はサービスしといたよ!」
俺に向かってウインクしながらピースサインを送る心音。初めてこいつに感謝したな……。たまにはいいことするんだなこいつ。
「助かった! ありがとな心音!」
「全然! 面接頑張ってね!」
「おう! 行ってくる!」
ちょっと感動しながら面接に向かうと、案の定入室しただけで怖がられ、終始面接官の引き攣った顔とにらめっこすることになった。
肩を落として建物を出ると、まだ心音のタクシーが止まっている。まさか、帰りも送ってくれんのか?
……いや、よく見るとなんか電話してるな。
「待ってくださいよ! いいことしたじゃないですか!」
『でもお客様に言われた目的地に行かなかった挙句、料金も勝手に変えちゃって、もらった代金を貝殻に両替するのはダメだよ』
「なんでですか! 貝殻はまあいいでしょ!」
いやダメだろ。なんで俺の金貝殻に替えてんだこいつは。待てよ、この流れは……。
『君は今日でクビ! 車だけちゃんと返しに来てね!』
「そ、そんな〜!」
いいことしてもクビになんのな。ま、普段ふざけすぎた報いってやつか。