第5話 病院
「あーなんか今日だりぃな。体調崩したか?」
重い体を起こして熱を計ると、38.6℃。こりゃ風邪引いたな。今日は特に用事も無かったから良かったけど、次の面接に響かないように病院行っとくか。
適当に着替えてふらふらしながら外に出る。なんか景色が歪んで見えるな。いや頑張れ俺。病院にさえ行ければ薬もらえるはずだからな。
なんとか近所の病院まで辿り着くと、受付に向かう。すると元気の良い女の声が耳に入ってきた。
「こんにちは! 退院ですか?」
「今来たとこだわ! そもそも入院するほどじゃねえし……って心音!?」
「やっほやっほ! なんか今日はいつにも増して顔色悪いね! 肌が金色に見えるよ!」
「大仏様か! いや誰が仏なんだよ。まだ死んでねえわ」
「で、今日はどうしたの健人先輩? ウインドウショッピング?」
「そんなわけねえだろ! 病院に入って来てんだから診てくれや!」
「ああ体調が悪いの? じゃあ診てくださいお願いしますって言って靴舐めてもらって」
「なんでそこまでしなきゃいけねえんだよ! ちょ、いいからさっさと受付してくんねえかな?」
なんで病院にまでいんだよこいつ……。別に看護学生とかでもねえのに、病院でバイトとかできんだな。普通に知らなかったわ。
「当院のご利用は初めてですか?」
「ああそういや来たことねえな。初めてだわ」
「でしたらこちらのプロフィールシートにご記入お願いします! 好きなタイプはなるべく詳しく書いてくださいね?」
「婚活パーティーか! 問診票とかじゃねえの!?」
「ああそうだった。ややこしいこと言わないでよね全く!」
「お前だろうが! 誰が病院で婚活すんだよ!」
「いいから早く記入してよね! ほら早く指噛みちぎって!」
「ダイイングメッセージみてえになんだろ! 問診票それで書いてあったらもう急患だわ!」
不服そうな顔の心音からペンを受け取り、問診票を記入する。当たり前だけど問診票は普通なんだな。これで変な問診票とか出してきたらこいつ今度こそクビじゃ済まねえだろ。
……と思ったら問診票の下からちっちゃい手紙が出てきて、開くと『好きな女の子教えて』と書いてあった。小学生か!
とりあえず手紙は破り捨て、問診票を受付に持って行く。
「あ、もう書き終わったの? じゃあ発送するから切手貼ってきて?」
「この場で受け取れよ! なんで1回郵便経由すんだよ!」
「小包でお間違い無いですか?」
「間違えてるわ! いいから受け取ってもらえる!?」
「はいはい、望月健人さんですねー。では順番になったらこちらのブザーでお呼びしますね」
「フードコートか! 普通に呼べや!」
「えー? もう分かったよ、いいから座って待っててね」
「なんでお前が不満そうなんだよ」
意味不明な心音に背を向け、大人しく待合室のソファに座る。やべえな、熱が上がってきた気がする。さっきよりもふらふらしてきたぞ。
「普通に望月健人様〜!」
「普通には要らねえわ! 普通に呼べとは言ったけども!」
「では手術室へどうぞ〜」
「何俺そんな見るからに重症なの!? 即手術レベル!?」
「ごゆっくりどうぞ〜」
「さっさと済ませてえんだわこっちは! ゆっくりさせんな!」
ふらふらと案内された診察室へ向かう。やべえな、視界が更におかしくなってきた気が……。中に入ると、若い女医が座っていた。
「望月さんですねー。今日どうされました? 冷やかし?」
「そんなわけねえだろ! 熱あるんだわこっちは! ……って心音じゃねえか!」
「やっほやっほ! 今日は私が診てあげるね!」
「ちゃんとした先生呼んでもらえる!? なんで受付のバイトが診んだよ!」
「まあまあ細かいことは気にせず! で、熱があるんだっけ? どのアイドルグループに?」
「そのお熱じゃねえわ! 体温が高えの!」
「あ、そっちね! うわほんとだおでこあっつ! ちょっとお湯沸かしてもいい?」
「そこまでではねえわ!」
心音はいっちょ前に心音を聞いたり喉を見たりしていたが、深刻そうな顔で口を開いた。
「これ風邪じゃないかもね……。流行り病かも」
「え、まじか。あの新型肺炎か?」
「ううん、新型カイエン」
「車じゃねえか! 適当に喋んな!」
「とりあえずガソリン出しときますねー」
「お薬みたいにガソリンを処方すんな! 持て余すわ!」
「まあまあそうクラクション鳴らさずに」
「鳴らしてねえわ! 誰の声がクラクションだよ!」
結局『ガソリン』とだけ書かれた処方箋をもらった俺は、受付に戻ってお会計を済ませることになった。いやこれダメだろまじで。何の病気なのか何にも分かんなかったわ。
「風邪引き健人さん〜」
「望月だわ! え、結局俺風邪でいいの!?」
「処方箋にフォークはお付けしますか?」
「付けねえよ! 何俺の薬ってパスタか何か!?」
「お会計3000円(税抜き)になります!」
「税込で言ってもらえる!?」
お会計を済ませてふらふらと病院を出ようとすると、後ろで怒りの籠った女の声が聞こえてきた。
「川本さん! あなた勝手に患者さん診たって本当!?」
「え、えーっと……。ま、まさかそんな〜」
「そんな無責任なことして許されると思ってるの!? 先生が休憩してる間に何してくれてるの!」
「あ、あはは〜。ちょっと魔が差したというか何と言うか……」
「とにかくあなたはクビ! もう来なくていいからね!」
「ええ〜!?」
朦朧とした意識の中で振り返ると、心音がなんとかしてくれとジェスチャーしていた。いや助けねえよ?