第46話 温泉旅館
「着いたな。ここか」
今日はとある温泉旅館に来ている。内定ももらったし、卒業も確定。これで晴れて俺も4月から社会人だ。そんな俺自身へのお祝いとして、そして卒業旅行として、1人で温泉旅館に泊まりに来たんだ。
もちろん友達と行く選択肢もあったけど、ここは自分へのご褒美としてゆっくり過ごせる選択肢を取った形だ。そもそも俺は1人でゆっくりするのも好きなんだよな。それに友達はもうみんなとっくに内定を取ってて遊び終わった感じだったから、なんか今更俺だけハイテンションで旅行に誘うのもなあ……というのもある。
しかし1人とは言え、旅行に来るとテンション上がるな。温泉でゆっくりして、テレビでも見ながらゴロゴロしよう。家でいいじゃねえかと思うかもしれないけど、俺はこういう過ごし方が好きなんだから仕方ない。
早速旅館に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「ladies and gentlemen, boys and girls, welcome to Japanese ryokan!」
「テーマパークか! 今の旅館ってこんな出迎えグローバルなの!? ……って心音じゃねえか!」
「やっほやっほ健人先輩! 今日も楽しく掛け湯してる?」
「まだしてねえし! おいなんでお前がここにいんだよ!?」
「なんでって、仲居のバイトだから?」
「こんなとこでもバイトしてんの!? 俺新幹線で来たぞ!?」
まさか亀風から遠く離れたこの温泉旅館で心音に出くわすとは……。こいつはなんで俺の行先全部知ってんだろ。不思議だしちょっと怖いわ。いや俺がたまたまこいつがいるとこに行ってるだけかもしれねえけども。
「それで健人先輩、今日はどうしたの? バイトの面接?」
「違うわ! こんな離れたとこでバイトなんかしねえよ! ……じゃあなんでお前はここでバイトしてんだよ!?」
「それじゃ、ご予約のお名前を確認しますね! えー、お子様4名でご予約の散切り少年様ですね?」
「絶対ユー〇ューバーだろそいつら! 子どもだけで温泉旅館なんか来んな! いやお前違うわバカ。大人1名で予約の望月だよ」
「おこわいっぺえでまだ食うの望月?」
「言ってねえよ! なんで望月だけ聞き取れてんだよ!」
「望月健人様ですねー! それではまずこちらの電子チェックインからお願いしまーす!」
「今どきは温泉旅館も電子なんだな。なんか風情ねえな……」
チェックインを済ませると、心音はそそくさとこちらにやって来て、透明の四角いバーみたいなのが付いてる鍵を渡してきた。
「こちらお部屋の鍵になります! それではお部屋にご案内しますね! お客様のお部屋は、こちらのバンブーの間です!」
「竹の間じゃダメだった!? なんでちょっと英訳したんだよ!」
「こちらのキーをインしてローリングさせると、ドアがオープンします!」
「普通に日本語で喋ってもらえる!? 俺ちょっと日本語できる外国人じゃねえから!」
「局に上がるは履物を脱ぎたまへ」
「日本語が昔すぎるわ! なんでお前さっと古文に変換できんの!?」
靴を脱いで部屋に上がると、見事な旅館。和室の真ん中には机と座椅子が置いてあり、広縁まであって、外の景色が見渡せる。素晴らしいな。これぞ俺が求めてた旅館だ。
「それではお部屋の説明をさせていただきますね! まずこちらの掛け軸を捲ったところにあるボタンを押すと、地下室に続く階段が現れます!」
「初手隠し部屋の説明!? もっとなんかお茶菓子の説明とかねえの!?」
「お茶菓子とは、お茶と一緒に楽しむお菓子のことで、お茶の味を引き立てたり、胃への負担を軽減したりする役割があります」
「お茶菓子の定義聞いてねえよ! このお菓子が何か聞いてんの!」
「ああ、スコーンです」
「紅茶と合わせるやつ! 何ここ英国喫茶店!?」
「でも抹茶味のスコーンなんだよ?」
「だとしてもだよ! ガワがスコーンだから意味ねえんだわ!」
なんだよこの旅館……。もうちょっと和風なのを期待してたんだけどな。まあとりあえずくつろげるならそれでいいや。
「それではお茶を淹れますね! お好きなところでストップと言ってください!」
「ラクレットチーズか! 適当なとこで止めとけよ!」
「ああー! ほらほら、溢れちゃいますよ!」
「だからてめえで止めろって! なんで俺がストップかけなきゃいけねえんだよ!」
「夕飯は何時になさいますか?」
「お茶拭いてから聞けよ! ビショビショじゃねえか机!」
「午前5時でよろしいですか?」
「良くねえわ! もうそれは朝食になってんだよ! 夕方6時とかで頼むわ!」
「かしこまりましたー!」
元気なのはいいんだけどさ、長旅で疲れてんだから少しぐらい休ませてくんねえかな。まあこの疲れも温泉入れば取れるだろ。
「なあ心音、ここの温泉はどんな効能があるんだ?」
「えーとね、温まるよ!」
「どの温泉もそうだろ! 他になんか独自の効能とかねえの!?」
「違う違う、肩が温まるんだよ!」
「うん俺ピッチャーじゃねえんだわ! 今から全力投球しねえから!」
そんなことを言っていると、心音は突然インカムに手をやった。なんだ? またクビか? まあでも今回は別にこいつ発信で何かしたわけじゃねえしな……。
「ごめん健人先輩! 呼ばれたから行ってくるね! 適当にくつろいでて!」
「おう、もう邪魔すんなよ」
俺の言葉を最後まで聞かず、心音は慌てて出て行ってしまった。なんかあったのかな。まあこれでゆっくりできる。お茶でも飲むかな……ってこれ紅茶じゃねえか! スコーン側に合わせんなよ!
「失礼しまーす!」
するとまた心音の声が外から聞こえてきて、許可もしてないのにズカズカと心音が入って来る。しかも私服だ。え、なんで?
「なんかね、よくわかんないけどクビになっちゃった! でもそのまま帰らせるのも可哀想だから、健人先輩の部屋に一緒に泊まらせてもらえって!」
「はあ!? なんでそうなんだよ!?」
「まーまーいいじゃん! せっかくだし2人でゆっくりしよ?」
「なんでこんなことに……」
「ありがと、女将さん」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん! なんでも! それで、このスコーンどうだった?」
「とりあえず日本茶と和菓子用意してもらえる!?」
こうして俺は、何故か同じ部屋に泊まることになった心音と一緒に、旅館を楽しんだのだった。




