第44話 ジム
「面接どうなったんだろなあ……」
先日面接を受けた会社——心音が面接をした会社だが——からまだ返事が来ない。やっぱり心音が面接なんかしてるから、不正とかになっちゃったのか? だとしたら心音のせいで俺は就活浪人だ。
もしこれで通ってなかったら、俺はフリーターをしながら就職先を探すことになる。新卒カードを失うことになるからめちゃくちゃ不利になるし、一生正社員になれないなんてこともあるかもしれない。
でも考えてても仕方ねえしなあ。なんか気を紛らわせないとしんどいけど……。
そんな時、近所に新しくできたジムのチラシが目に入った。体験入会できんのか。運動するのは確かに気分が晴れそうだし、このジムに行ってみんのもいいかもな。うし、とりあえず行ってみっか。
俺はジャージに着替えて運動靴を履き、チラシを持って外に出た。
「ここか。ジムなんて初めて来たな」
真っ黒なイカつい建物が威圧感を放っているが、見た目の怖さに関しては俺も負けてはいない。こんなんでビビらねえからな。
しかしどんなマッチョが出て来るんだろな。俺もそれなりにガタイはいい方ではあるけど、ちゃんと鍛えてるわけじゃねえから、本物のマッチョには敵わない。でも気に入られて本入会とかさせられそうだな。そうなったらどうしようか……。ま、いいか。とりあえず入ってみよう。
俺はジムのドアを開け、中に入る。すると元気な女の声が俺を出迎えた。
「こんにちは! ようこそジムるし良品へ!」
「名前イカれてんな!? なんか木目調の筋トレ道具とか売ってそうじゃねえか! ……って心音!?」
「やっほやっほ健人先輩! ジムなんてどうしたの? 肉団子とか目指してるの?」
「そんな目標はねえわ! なんだ肉団子目指してるって! 体験入会に来たんだよ!」
「ああ体験ね! おっけ! じゃあとりあえずこの用紙に記入してもらってもいい?」
「おう、なんだこの用紙?」
「ここにプロフィールを書いてもらえれば、健人先輩にピッタリの筋トレ部位を診断できるよ!」
「ああそんな感じなの!? 見た感じ基本情報しか書くとこねえけど!?」
「うん! 偏見で決めるよ!」
「ちゃんと話聞いてからトレーニングする部位決めたら!?」
仕方なく言われた通りに用紙を埋めていると、心音はおもむろにペットボトルを取り出し、それを握って上下に動かし始めた。
「心音、それ何してんだ?」
「もちろんトレーニングだよ! 先輩もやる?」
「まあそれをやりに来てんだけど……。でもペットボトルでやんのか?」
「ああごめんごめん! ペットボトルに見えた?」
「え、違うのか? もしかしてペットボトルに見えるダンベルとかそういう……」
「ペットボトルだよ!」
「ペットボトルじゃねえか! なんのフェイントだったんだよ!」
「ちなみに中身は水素だよ!」
「水入れろ水! 酸素と化合させろ! 軽いだろ水素は!」
そんなことを言いながらも、心音はフンフンとペットボトルを上げ下げしている。あれ意味あんのかな……。まあ高速で何回もやってたらそれなりに鍛えられそうだけど。
「心音、書けたぞ」
「ありがとー! なるほどなるほど、健人先輩はまず内側広筋を鍛えるのがいいかもね!」
「本当に分かんのかよ……。内側広筋? どこだよそれ?」
「太ももの内側にある筋肉で、膝の安定に重要な機能を持ってるんだよ!」
「地味すぎねえ!? もっと分かりやすい部位鍛えたいんだけど!?」
「まあまあそう言わずに! じゃ、早速中へレッツゴー!」
「え、お前がインストラクターなのか?」
「はっくしょん! 間違えたもっちろん!」
「掠ってもねえ! どうやって間違えたんだよ!」
「私これでも実用英語技能検定4級なんだからね!」
「めちゃくちゃ低いじゃねえか! 自慢にならねえし関係ねえよそれ!」
結局心音に着いてジムの中に入ると、ベンチプレスやバーベル、ランニングマシンなんかがどっさり置いてある。おお、ジムって感じだな。こういうの使うのちょっと憧れだったんだよ。
「じゃあ早速始めていくね! この喋るお人形を持ってみて!」
「人形……? なんでこんなもん持つんだよ」
「だいじょーぶ! ちゃんと重いから! スイッチ押してみて!」
言われた通りにスイッチを押すと、人形が喋り出した。
『あなたと別れるぐらいなら、私死ぬからね! いいんだね私が死んでも!』
「確かに重いけども! そういう意味で重いの!?」
「飛び降り機能も付いててハイテクなトレーニング器具なんだよ!」
「これで鍛えられんのメンタルだろ! 筋肉には何の影響もねえわ!」
俺が人形を持て余していると、ムキムキのお兄さんが慌てて入って来るのが見えた。
「ちょっと心音ちゃん! ダメでしょ私物持ち込んじゃ!」
「えー? でもこのお人形重いですよ?」
「聞いてたけどそういう重いじゃ意味無いでしょ! あと君受付なんだからこっち担当しちゃダメでしょ! もうクビ!」
「ええ〜!?」
あーあ、またクビかよ。でもこいつの採用される愛嬌だけはちょっと羨ましいな。今度コツとか聞いてみようか。……ああ、最後の面接が終わったんだったな。




