第41話 巫女
「うう……さみ」
雪こそ降ってないけど、吹き付ける風がめちゃくちゃ冷たい。コートの襟を立てて歩く俺の姿は、まあ怪しく見えるんだろな。正月の朝からこんなデカいフランケンシュタインなんか、誰も見たくねえだろし。
卒論の提出が迫っている俺は、実家に帰らず亀風で年を越した。1人でカップ蕎麦を啜る大晦日も悪くはなかったけど、やっぱり家族と過ごせる方が年末感はあるな。来年社会人になったら、ちゃんと年末年始は実家に帰ろう。
でも俺ほんとに社会人になれんのかな。まだ内定もらってねえし、もう1月だ。今月までに内定無かったらまじで詰むぞ?
ということで、俺は正月の早朝から初詣に向かっている。内定祈願だ。ここまで来たら神頼みでもなんでも、頼れるもんには頼っとかないとな。
神社に着くと、もう既にちらほら初詣に来た人の姿が見える。とは言っても、ほとんどがおじいちゃんおばあちゃんだけど。やっぱり年を重ねた人は神様のありがたみを知ってんだな。俺もちゃんと神様に祈って来よう。
お賽銭を入れて鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。内定もらえますように……内定もらえますように……。まじで頼みます神様……。
強めにお祈りを済ませると、お守りを売っているのが目に入る。うん、こういうのも大事だからな。お守りも買っとくか。
どのお守りにしようか選ぼうと近づくと、元気な女の声が俺を出迎えた。
「ハッピーニューイヤー! ようこそお参りくださいましたー! 1名様入りまーす!」
「居酒屋か! テンション高えな! ……って心音!?」
「やっほやっほ健人先輩! ちゃんとシルバーバックになれますようにってお祈りしてきた?」
「俺オスゴリラじゃねえから! 内定祈願しかしてねえよ!」
「健人先輩にオススメのお守りがあるんだけどどう? この『銀背』お守りなんだけど」
「シルバーバックじゃねえか! だから俺オスゴリラじゃねえって!」
巫女姿の茶髪ボブは、新年の早朝だというのに元気いっぱいだ。こいつ正月もバイトしてんのかよ。なんでそんなにバイトしてんだ? そんなに金ねえのかな。そういや心音がバイトしてるとこしか見たことねえわ。
「それでそれで、健人先輩はどのお守り買ってくの?」
「そうだな……。就職成就のやつとかねえの?」
「じゅうじゅうカ〇ビ?」
「言ってねえよ! 誰が焼肉屋のお守り欲しがんだよ!」
「就職成就ね! ここにあるよ! ちょっと履歴書みたいなデザインなんだけどね」
「デザインがストレートすぎるわ! もうちょいお守りっぽくできなかった!?」
「ああお守りっぽいのがいいの? ならこっちにもう1つあるよ! 健人先輩と同じくらいの大きさだけど」
「デカいわ! もうほぼ抱き枕じゃねえか! ご利益ありそうな抱き枕だなおい!」
「もう、じゃあこの普通のでいい?」
「あんじゃねえか普通の! さっさとそれ出せよ!」
「こちらセール価格で790円になりまーす!」
「なんでお守りにセールかかってんだよ! ご利益無さそうだな!」
とりあえず就職成就のお守りは手に入った。うし、じゃあ運試しにおみくじでも引きに行くか。
おみくじのところへ向かうと、元気な女の声が俺を出迎えた。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 大吉が出たら神主フィギュアがもらえるよ!」
「一番〇じか! 誰が欲しいんだよ神主フィギュア! ……って心音じゃねえか!」
「やっほやっほ健人先輩! 健人先輩もフィギュア狙う?」
「狙わねえよ! おみくじに景品付けんな!」
「2等はお賽銭箱型貯金箱だよ!」
「もう2等って言ってんじゃねえか! おみくじの要素どこ行ったんだよ!」
「まあまあ、とりあえず引いていきなよ! 1回850円ね!」
「ちゃんと1番く〇の値段してんな!」
仕方なく850円を支払っておみくじを引く。何が出たんだ……? ん、末小吉? なんだこの微妙な結果は……。
「おー! 健人先輩末小吉出たんだね! 景品と交換しまーす!」
「末小吉でも景品あんの!? 何がもらえんだよ?」
「末小吉の景品は、お賽銭2000円分です!」
「やめとけお前バチ当たるわ! 850円が2000円になって戻って来たんだけど!?」
「もちろんお賽銭だから10円玉で2000円渡すね!」
「200枚!? もう嫌がらせじゃねえか!」
流石に財布に入り切らなかったから、紙袋をもらってじゃらじゃらさせながら歩く。えげつねえ商売してんなここ……。収支絶対マイナスだろ。
鳥居の方まで戻って来ると、焚き火を囲んでいる人が見えた。焚き火か。寒いからちょっと当たってくか。みかんとかもらえるかもしれねえしな。
焚き火の方に近づくと、またしても元気な女の声が俺を出迎えた。
「はいみなさんどんどん持ってってくださいねー! 無くなる前にどうぞー!」
「お、みかん配ってるっぽいな。俺ももらうか……ってまた心音か」
「やっほやっほ健人先輩! 先輩ももらってく?」
「おう、1個頼むわ」
「おっけー! はいどうぞ! エビのアヒージョだよ!」
「あっちいわ! お前なんでこんなもん神社で配ってんだよ!」
「え? 温まるかなって」
「火傷するわ! あと正月の神社でアヒージョなんか食いたくねえよ!」
俺たちが騒いでいると、少し年上の巫女さんが慌てて走って来た。
「こ、心音ちゃん! ちょっと来なさい!」
「えー? まだ配り終わってないですよ?」
「いいから! 事務所に来なさい! そして帰り支度をしなさい!」
「なんで帰り支度?」
まだこいつクビになることに気づいてねえのか……。正月早々大変なこったな。ま、就活に苦戦しててもこいつよりはマシと思えるから、ちょっと元気になったわ。よし、今月で内定取るぞ。




