第40話 サンタクロース
「お……。雪か」
黒いリクルートスーツの肩に、綿のような雪が舞い落ちる。暗くなってきた道はイルミネーションで照らされ、道行く人はカップルや家族ばかり。幸せそうなその光景は、まるで今しがた面接に落ちてきた俺を嘲笑うかのようだ。
「ホワイトクリスマス……ねえ」
そう、今日はクリスマスイブ。ギリギリ今年中にと思ってクリスマスイブに面接を入れたけど、結局ダメだったな。とんだプレゼントだよ。
クリスマスイブとは言っても、俺には彼女もいないし家族は実家。誰と過ごすわけでもなく、ただ1人で寂しい夜を過ごすんだろな。
特にケーキを買ったりすることもなく、まっすぐ家に帰った俺は、風呂に入ってすぐ寝てしまった。
「んん……。なんだ……?」
ゴソゴソという物音で、夜中に目が覚める。え、泥棒か? おいおい、こんな大学生のアパートに泥棒なんて来んのかよ。最悪のクリスマスイブだな……。
念の為近くにあった掃除機を持ち上げ、物音がする方にゆっくりと近づいていく。途中で電気のリモコンを手に取り、更に近づく。気配がすぐ側まで来た時、俺は電気を付けて掃除機を振りかざした。
「覚悟しろよ泥棒! 気絶させてやる!」
「きゃあー! ちょ、ちょっと待って待って!」
「……ん?」
そこにいたのは、真っ赤な服に真っ赤な帽子を被った女。いわゆるサンタクロースの格好をしているが、何故かミニスカだ。え、なんでミニスカサンタが俺の家に……?
そう思ってサンタの顔に目を移すと、そこには見慣れた茶髪ボブと端正な顔。
「……心音じゃねえか! 何してんだお前!」
「やっほやっほ健人先輩! 恵方巻き食べた?」
「食ってねえよ! フライングが過ぎるわ!」
「でも1年で1番大きなイベントって節分じゃん?」
「そんな認識の日本人いねえだろ! いやいたら申し訳ねえけど!」
何やってんだよこいつ人ん家で……。サンタの格好で家に侵入って、まるで本物のサンタみたいじゃねえか。
「じゃあ健人先輩にプレゼントをあげようかな!」
「は……? いやお前、何言ってんだよ。本物のサンタみたいに」
「本物のサンタだよ? バイトだけど」
「サンタってバイト雇ってんの!? 時給いくらなんだよ!」
「1225円かな!」
「無駄にちゃんと日付通りになってる!」
え、本物のサンタ……? こいつが? いやいや、にしてもだろ。サンタってのは子どもたちにプレゼントを届ける存在であって、俺みたいなフランケン就活生に来るもんじゃない。誰がフランケン就活生だよ。
「健人先輩は何が欲しいって言ってたんだっけ? 内定?」
「そうだけど! リアルすぎるわ!」
「じゃあこの『内定』って書いたTシャツを」
「要らねえよそんなもん! 鏡見て虚しくなるわ!」
「まあでも、本題に入る前にちょっと落ち着こうかな。お茶とか出せる?」
「なんでもてなされる前提なんだよ!」
有無を言わせず座り込んだ心音を見て、呆れながらお茶を淹れる。なんでのんびりしてんだこいつ。サンタのバイトってのがほんとなら、急いで色んな家巡らなきゃいけねえんじゃねえの?
「おい心音、お前のんびりしてる場合じゃ……」
「ふう〜! あ、健人先輩、お茶菓子とか無いの?」
「図々しいなお前! なんでクリスマスイブにサンタがお茶菓子食おうとしてんだよ!」
「とりあえずその掃除機下ろしたら? ずっと振り上げてたらしんどくない?」
「あ、おう……」
そう言えば振りかざしたまんまだったな。掃除機の本体の方持ち上げてたから、多分見た目には相当恐いはずだ。こんなとこ誰かに見られたら、通報されんのは俺だな。
「ところで健人先輩、今日は1人なの?」
「今日はって言うか、いつも1人だけどな」
「1名様ですね! カウンター席へどうぞ!」
「なんだカウンター席って! そんなスペースこの家にはねえぞ!?」
「ご注文は頭蓋骨パスタでよろしかったですか?」
「聞いたことねえパスタ! なんだその地獄みたいなメニューは!?」
「頭蓋骨パスタにストローはお付けしますか?」
「付けねえよ! 脳みそ吸ってるみたいになんじゃねえか!」
自由すぎる心音に呆れ果てていると、心音は俺を隣に座らせてきた。なんだなんだ。俺もう寝たいんだけども。早く出てってくれねえかな。
「ねえ健人先輩、クリスマスイブに1人なんて孤独死しない?」
「しねえよ! ウサギか俺は!」
「4年間彼女もいないクリスマスを過ごしてきたんだね……。可哀想に……」
「本気の同情やめてもらえる!? 悲しいのは俺も分かってるわ!」
「じゃあさ、今日だけ私が健人先輩の彼女になってあげよっか?」
「お断りします」
「ええ!?」
1晩だけでも心音が彼女なんて、持て余すわ。対処しきれねえし。なんでもいいからさっさと帰って欲しいのが本音だわ。
「でもでも、健人先輩だって大学生最後のクリスマスぐらい彼女いたって言いたくない?」
「いや……でもお前だからなあ」
「酷くない!? 私これでもモテる方だよ!?」
「まあでも、俺はお前がバイトモンスターだって知ってるからな。Parttime job monster、略してPJMだ 」
「BPMみたいに言わないでよ!」
心音は涙目で俺に縋ってくるが、そんなことされても早く帰ってくれとしか……。
「ねえ健人先輩、お願い。今日だけ健人先輩の彼女でいさせて?」
「ええ……」
「ね、いいでしょ?」
なんかここまで言われたら俺が悪者みたいに思えてくんな。まあ1晩だけだし、彼女っつっても何かするわけじゃねえだろ。ならいっか。
「分かったよ。そこまで言うなら今日だけ俺の彼女で」
「わーい! やったー! じゃ、お家デートだね! 映画観よ映画!」
「映画……? そんな急に言われても」
「だいじょーぶ! 私持って来てるから! 映画館!」
「なんで本体持って来ちゃったんだよお前! すぐ返して来い!」
「映画って本編始まる前の予告が1番ワクワクするよね」
「映画あるあるはいいから映画館返して来いよ! 大騒ぎだろ今!」
こうして、1晩限定の彼女と過ごす騒がしい夜は更けていった。




