第4話 コンビニ
朝起きてスマホを開くと、1件のメール。この間面接を受けた会社からだ。まあいい予感はしてないけど、とりあえず開いてみるか。
『望月健人様 この度は弊社の求人にご応募いただき、誠にありがとうございました。応募書類をもとに厳正な選考をいたしました結果、誠に残念ではございますが』
ここで読むのを止めた。何回こんな文面のメールを見なきゃいけねえんだ全く。気晴らしに朝飯でも買いに行くか。
適当に身支度をし、ジャージにサンダルで外に出る。俺の気分とは裏腹に、随分と天気のいい日だ。皮肉なもんだな。でも俺だって今から飯食ってテンション上げてくんだ。さーて、何食おうかなあ。
自動ドアが開いて店内に入ると、元気のいい女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃいませ〜! お箸はお付けしますか?」
「何にだよ! まだ何も買ってねえわ! ……って心音!?」
「やっほやっほ健人先輩! なんか疲れた顔してるね! 富士山で跳び箱でもした?」
「そんなデカくねえわ! どこの巨人だと思ってんだお前!」
「ただいま唐揚げ2、3個増量中でーす!」
「統一しろ! 適当に増やしてんなよそんなもん!」
相変わらずにこにこ笑顔の心音は、レジから出て俺の方へ寄って来た。なんだよ、大人しくレジの中にいろよ。朝の遅い時間だから暇なのは分かるけども。
「健人先輩、こんな朝っぱらからコンビニなんてどうしたの? 取り立て?」
「え何ここのコンビニそんなやっていけねえレベルなの!? いや誰が借金取りだよ。見た目が怖いだけでほんとに怖い人ではねえわ」
「まあゆっくり見てってよ! 今日は新鮮な海老ドリアがいっぱい入ってるから!」
「調理済みじゃねえか。なんでそんな海老ドリアばっかりあんだよ」
「いやあ、間違えて4000個発注しちゃったんだよね! 3900個ぐらい要らない?」
「要らねえよ! 責任を俺に押し付けんな!」
「お会計1872000円になります」
「買わねえって! なんだそのコンビニで見たことねえ額!?」
「海老ドリアにストローはお付けしますか?」
「要らねえわ! 火傷してしょうがねえだろ!」
レジに戻ってガサッとストローを取った心音の腕を掴み、ストローを元に戻させる。なんでこいつは何にでもストロー付けようとすんだ。そんなストローばっかあっても持て余すわ。
「それでそれで、ほんとは何買いに来たの? 鶏油?」
「特殊だなおい! そんなもん買いに来ねえよ! いやちょっと朝飯を適当にな」
「品出し?」
「朝飯だわ! 働かそうとすんな!」
「店長〜! 品出し希望の方が〜!」
「だから勝手に俺を雇うな! ちょ、いいから選ばせろや」
ようやく棚に目を向けた俺は、ゆっくりと朝飯を選び出す。朝だからな。ヨーグルトとかパンとかその辺がいいよな。フルーツもいいなあ。
「健人先輩って朝は右派か左派かどっちなの?」
「そんな朝晩で思想変わんねえよ! 普通パン派かご飯派かとかじゃねえの!?」
「私は冬はロングコート派かなあ」
「ごめんまじで何の話!?」
心音の話なんかまともに聞いてられっか。とりあえずパン買うんだ俺は。そう思って棚に手を伸ばした瞬間、心音が俺の手を止める。
「まって健人先輩! それは取っちゃダメ!」
「なんでだよ。消費期限でも切れてんのか?」
「ううん、後でハトにあげるから」
「俺よりハト優先なのかよ! てかお前ハトに餌やんなよ迷惑だな!」
「うわ、確かに迷惑だね。ハッとしたよ」
「やかましいわ! くだらねえんだよ!」
「じゃそのパン私が食べるからお金だけお願いね?」
「なんでだよ! 意味分からん理屈で奢らせんな!」
心音の言葉を無視して、俺は棚からパンを手に取る。オーソドックスなロールパンだ。俺はレーズンが入ってない方が好みなんだよな。シンプルな味が好きだ。
「あとヨーグルトが欲しいな……」
「ヨーグルトなら靴下と一緒に置いてあるよ?」
「なんで? いやもうシンプルになんで?」
「私が取ってきてあげるよ! 靴下の果肉入りでいい?」
「お前靴下のことフルーツだと思ってんの!?」
「はい! ご所望の靴下だよ!」
「ヨーグルト持って来てもらえる?」
「あとこれ、ブリーフも持って来たよ! 3枚でいい?」
「1枚も要らねえわ! ヨーグルトはどうしたよ!」
「それではレジご案内しまーす!」
「聞けや!」
心音は俺の言うことを聞かず、そのままレジに入ってしまう。勝手にレジ打ちを始め、靴下とブリーフ3枚、ロールパンが袋に詰められていく。いや俺袋要るって言ってねえけども!? エコバッグ持ってるけども!?
「ではお会計38400円になります!」
「高えなおい! なんでそんな値段すんだよ!」
「え? だってロールパンでしょ、靴下でしょ、ブリーフ3枚にロングコートだよね?」
「ロングコートいつ手に取ったよ!? いや要らねえって! 何なら靴下とブリーフも要らねえけど!」
「え? お金払わないの? 億引きですか?」
「なんで万じゃねえんだよ! そっちこそ客の要らねえもん勝手に持って来て、押し売りじゃねえか!」
「西瓜?」
「押し売りだわ! あとそれ『にしうり』じゃなくて『スイカ』って読むの知ってる!?」
「スイカが1点」
「勝手にスイカ買わせんな! ほら、パンとヨーグルトだけで会計しろ!」
渋々パンとヨーグルトで会計をした心音は、パンパンに箱が膨らんだ唐揚げを入れて来ようとするも俺が無視して断念。なんで朝飯買うだけでこんな疲れなきゃいけねえんだ全く。さっさと帰るか。
退店しようとすると、後ろから心音の悲痛な叫びが聞こえてきた。
「店長〜! ほんとそれだけはやめましょ? ね?」
「でも心音ちゃん、めちゃめちゃしてたよね今。ヨーグルトに勝手にブリーフ入れたり、唐揚げ勝手に増やしたり。そういうことされると困っちゃうんだよねえ」
「て、店長! そこはほら、ご愛嬌ってことで何とか……」
「ならないね。心音ちゃん、今日でクビ!」
「そ、そんな〜!」
心音がどんな顔してるかは想像つくけど、俺は今日は振り返らない。毎回のことだけど、心音が真面目にやらないのが悪いんだからな? ということで俺は帰って朝飯を食う。執拗に肩を掴まれてる気がするけど気にしない。
ん? ちょっと待て、ヨーグルトと一緒にブリーフ入ってんじゃねえか! やりやがったなあいつ!