第35話 キッチンカー
今日も面接でドン引きされた帰り道。電車に揺られながら、面接の反省点を洗い出す。
「受け答えに問題があったんだろ。じゃないとあんなにドン引きされるわけねえし。うん、そうに違いねえ」
もうほとんど現実逃避だ。実際には俺の見た目でドン引きされたことぐらいわかってる。でもそこはもうどうしようもねえからな。それ以外のところで問題点を洗い出して、少しでも好印象になるようにするしかねえ。
まあでも、そもそも入室した時点で面接官が恐れ慄いてたから、もう結局俺の見た目が悪いんだろな。なんか腹立ってきた。うし、整形でもすっか。
『次は〜亀風〜亀風〜』
やけになってきた頃、電車が亀風に着いた。ちょっとイラついたから腹減ったな。なんか駅周辺で食えるもん探すか。
亀風駅で降りて駅前の広場に出ると、珍しくキッチンカーが停まっている。もうピークは過ぎたのか、並ぶお客さんの列は見当たらない。
キッチンカーか……。そういやそういうとこで飯食ったことねえな。イメージだと唐揚げとかたこ焼き、あとはカレーとかハンバーガーみたいなファストフードを出す感じ。1回行ってみっか。
俺がキッチンカーに近づくと、元気な女の声が俺を出迎えた。
「어서 오세요!」
「なんて!? あれここ韓国料理のキッチンカーだった!? ……って心音じゃねえか!」
「やっほやっほ健人先輩! 駅前にいてスーツ姿ってことは、さてはランニング中だね?」
「そんなわけねえだろ! どこの誰が駅前でスーツでランニングすんだよ!」
「……」
「無言で俺を指差すな! やってねえだろ!」
ほんと好き勝手いいやがんなこいつは。しかしなんでキッチンカーなんかやってんだ。今度のバイトはこれなのか……。車爆発したりしそうだけど大丈夫か?
「それで健人先輩は何しに来たの? バスジャック?」
「まずバスじゃねえよ! 何の目的で俺キッチンカージャックすんだよ! 移動できる状態になるまでもたついてすぐ捕まるわ!」
「じゃあ早速通報っと! 1・7・7!」
「それ天気予報だろ! お前天気聞くのは勝手だけどそもそも通報すんなよ!」
「昨日の天気は雨だったって! 傘を持って外出するといいらしいよ!」
「手遅れなんだわ! 過去形だから!」
「でも健人先輩にとって傘って非常食だもんね、大事にしなきゃね!」
「傘のことカンパンだと思ってない!? どんな状況になっても傘非常食にしねえよ!」
「あ、主食だった?」
「そんなわけねえだろ! 誰が茶碗に傘盛って食うんだよ!」
「違う違う! トースターで焼いてバター塗るの!」
「洋食だったのかよ! 傘食う文化はヨーロッパのもんなのな!?」
なんだこのキッチンカー、傘も食わされんのかよ。相変わらずこいつがいるとこはめちゃくちゃだな。まあいいや。とりあえず何のメニューがあるかちゃんと見よう。
「えーなになに? ブイヤベース、ガレット、ラタトゥイユ……なんで全部フランス料理なんだよ! キッチンカーで出すもんなのかそれ!?」
「うちはミシュランシェフが本格料理作るからね! コースも3種類から選べるよ!」
「もう店構えろよ! なんで移動式でやってんの!?」
「そりゃだって、サーキットのコースを走りながら料理提供しないとだから」
「ああコース料理ってそういう意味なの!? レーシングキッチンカー!?」
なんだその見たことねえ方式のキッチンカーは……。そんな高速で走ってるもんにどうやって注文すんだよ。そもそもサーキット内に入れねえわ。頼むとしたら同じレースにいるライバルじゃねえか。なんでレーシングカーでフランス料理食わなきゃいけねえんだよ。呑気かよ。レースしろよ。
「一応裏メニューにカレーとかあるけど、そっちの方がいい?」
「あんのかよ! なんで表メニューにしねえのそれ!?」
「だってレース中にカレーなんて食べたら飛び散るじゃん」
「他の何食ってもそうだわ! カレーに限ったことじゃねえよ!」
「飛び散ったカレーを華麗に避けるのが腕の見せどころだよね!」
「やかましいわ! 上手くねえぞ!?」
適当に喋ってんなよこいつほんと。とんだキッチンカーだなここ。もし次停まってるの見ても来ないようにしよう。
「じゃあラタトゥイユでいい?」
「良くねえよ! ああもうじゃあ裏メニューのカレーで頼むわ」
「おっけー! カツカレーか松カレーかどっちがいい?」
「なんだ松カレーって!? ネーミングからイメージが浮かばねえな!」
「カレーに松の大木が入ってるよ!」
「どうなってんだよ! 食えたもんじゃねえだろそんなの!」
「松カレーで」
「要らねえよ持て余すわ! カツカレーで!」
「りょーかい! じゃ、作るね!」
「お前が作んのかよ! ミシュランシェフはどうしたんだよ!」
心音がカレーを作っているのを、近くのベンチに腰掛けて待つ。しかし腹減ったな。早くカツカレー食いてえわ。なんか心音がデカい木を持ち上げてる気がするけど、まさかカレーに入れねえよな。
そんなことを考えていると、真っ白な服を着てコック帽を被った男が、慌ててキッチンカーの方に走って行くのが見えた。あれがミシュランシェフか……?
すると心音がキッチンカーから蹴り出され、デカい木は元の場所に植え直される。
心音は泣きそうな顔で俺の方に走って来て、俺の隣に座った。
「どうしよう健人先輩、またクビになっちゃった!」
「うんそりゃそうだろ。むしろなんであのデカい木カレーに入れようとしてクビにならないと思ったのか不思議だわ」
「あと先輩のカレーキャンセルされてブイヤベースになったけどいい?」
「良くねえよ! お前何最後に余計なことしてくれてんだよ!」
「どうしてもシェフのプライドがカツカレーを許さないんだって」
「シェフもどうしようもねえな!?」
こんなとこでラタトゥイユなんか食うの嫌だな。心音に押し付けて帰ろうかな。