第31話 八百屋
今月の生活費がやばい。
自己破産を勧める動画広告みたいな冒頭だけど、ほんとにやばいんだ。つい調子に乗って外食しすぎた。去年までのバイト代をある程度貯めてたから余裕だと思ってたけど、今月分にしてた金をかなり使い込んじまってる。
このままじゃやべえ。久々に自炊生活しなきゃだな。料理なんてほんとに久しぶりだわ。何作るか……。まあ最初だしカレーがいいかな。よし、材料買いに行こう。
エコバッグと財布を持って靴を履き、買い物をするために外に出た。
「お、ここだここだ。この八百屋が安いんだよ」
いつもなら大型スーパーで食材を揃えるところだけど、今回は材料費も抑えないとだからな。駅の反対側にある八百屋まで頑張って歩いて来て良かった。スーパーよりかなり野菜が安いぞ。さーて、夏野菜を揃えて少しでも贅沢なカレーにしますか。
八百屋に向かって足を踏み出すと、元気な女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃい! 野菜ならおまかせ! 国産野菜のウィリアムズへようこそ!」
「めちゃくちゃ輸入野菜じゃねえか! 国産謳うならもうちょい名前頑張れよ! ……って心音!?」
紺色のエプロンを付け、キャップを被って笑顔でこっちを見ているのは、見慣れた茶髪ボブ。なんでこいつこんなとこにまでいんだよ。ほんとに俺の行先知ってて先回りしてんのか?
「やっほやっほ健人先輩! 八百屋さんに何の用?」
「野菜買いに来た以外ねえだろ。他に八百屋に来る目的なんかねえわ」
「そーなの!? 私この八百屋キャップが欲しいのかと思ってた!」
「要らねえわそんなもん! え、それ売りもんなの!?」
「そうだよ? 八百屋さんのキャップって八百屋さんで買うものだからね! ほら、ちゃんと八百屋さんらしく数字が入ってるキャップなんだよ! 『29』って」
「せめて『808』だろ! なんで八百屋のキャップに入る数字が肉なんだよ!」
「キャップにストローはお付けしますか?」
「付けねえって! お前何回目だよそのボケ!?」
相変わらずめちゃくちゃを言う心音。こいつ1人で店番してんのか? いつもいつもなんでこいつだけがいる時に出くわすんだろな。
「それで、健人先輩は何買いに来たの? 今日は新鮮な野菜が揃ってるよ!」
「おお、そりゃいいな。いやさ、夏野菜のカレーを作ろうと思っててよ。いい夏野菜入ってっか?」
「もっちろん! 夏にピッタリの野菜が入ってるよ! はい、オレンジのおっきいかぼちゃ!」
「うんこれアメリカで採れるやつだろ!? ハロウィンの時に使うやつ!」
「え、そうだけど。何か困ることでも?」
「困りまくるわ! これ基本観賞用だし、ハロウィン時期のやつだから夏野菜でもねえだろ!」
「あれ? でもかぼちゃって夏野菜だよね?」
「日本のかぼちゃはな!? でもこれパンプキンだから! 俺らが夏野菜って呼んでんのはスクワッシュの方だから!」
「そーなんだ! 初めて知ったよ!」
「お前ほんとに大学生か!?」
アホ丸出しの心音は、変わらず笑顔で観賞用パンプキンを持っている。いやとりあえずそれは置けよ。俺そんなもん探しに来てねえよ。
「あとは何探してるの? うちだとトウモロコシとかレタス、トマト、あと馬鈴薯なんかも取り揃えてるよ!」
「全部アメリカのやつだろそれ! 店名からして嫌な予感してたけど、ここ絶対アメリカから野菜輸入してんだろ!」
「あれ、ここってアメリカじゃないの? 私てっきり合衆国的な何かだと」
「そんなノリで合衆国は誕生しねえよ! 世界でもアメリカとメキシコしかねえんだぞ合衆国!」
「まあまあいいじゃん、先輩ももうアメリカ人みたいなもんでしょ?」
「なんでだよ! 俺にアメリカ要素無かっただろ!」
「この間野球場に来てたのってメジャーリーグに連れて行く選手の視察じゃなかったの?」
「俺メジャースカウトじゃねえから! だとしたらなんで俺日本人なんだよ!」
「え、でもジェームズ健人先輩的には」
「ジェームズ付いてねえよ俺! 勝手に俺に色んな属性を付与すんな!」
「エンチャント心音って呼んでよね!」
「やかましいわ! 呼ばねえし!」
とりあえず騒いでいる心音を無視して、店内を見て回る。ナスとかピーマン、パプリカなんかが定番だよな。その辺を探してえんだけど……。結構高えな。
そんな時、奥の方に『わけアリ野菜コーナー』と書かれたダンボールのポップが目に入る。お、これなら安いんじゃねえか?
「よく気づいたね健人先輩! そこはわけアリのちょっとお安い野菜が置いてあるコーナーだよ!」
「やっぱそうなのか。わけアリってどんな感じなんだ? 形が悪いとかか?」
「ううん! 大体バツイチ!」
「そういうわけアリ!? 野菜にそんな概念ねえだろ!」
「ベジタブルマッチングアプリでもマッチしなかった野菜を集めたコーナーだよ!」
「なんだその聞いたことねえアプリは! 野菜の世界にもそんなシビアな現実あんのか!?」
「それで、どれにする?」
「買いにくいわ! なんか俺とマッチしたみたいになんじゃねえか!」
うーん、でもこっちが圧倒的に安いんだよなあ。どう考えても心音が適当言ってるだろうから、このわけアリ野菜を買ってくのが1番いいよな。うん、ここで買ってこう。
「心音、ちょっと気引けるけどここの野菜頼むわ。ナスとピーマンとパプリカ、あとかぼちゃも頼む。あ、オレンジのじゃねえぞ!?」
「分かってるよもう! 信用無いんだから! じゃ、こっちでお会計だけお願いしまーす!」
心音と一緒にレジに行き、金を払う。よし、これであとは家にあるカレールー使って夏野菜のカレーができんな。
退店しようとすると、心音がこっちに声をかけてきた。
「待って待って健人先輩! これ忘れ物!」
「ん? 何も忘れてねえと思うけど……」
「ほらこれ! 私が健人先輩のために作ったジャック・オー・ランタン!」
「要らねえって! だからオレンジのかぼちゃは求めてねえって言ったろ!」
「見て見て、店頭もジャック・オー・ランタンでいっぱいにしたんだー!」
「お前これハロウィンで初めて成り立つやつだろ! 真夏になにやってんだ!」
俺が心音の所業にドン引いていると、どこから嗅ぎつけたのか、仮装をした子どもが何人か心音のところへ駆けて行く。心音は笑顔で子どもたちに野菜をあげ始めた。
うん、俺知らねえからな。絶対お前クビだけど知らねえからな。




