第3話 映画館
休日。俺は先日心音が働いていた店(過去形)で買ったTシャツを着て、映画館に来ていた。
今日の俺のお目当ては、ハリウッドの名作『大パニック』。古い映画だが、時々こうしてリバイバル上映をやってくれてるんだ。観るのも何度目か分からないが、名作とは何度観ても良いもんだ。
券売機でチケットを発券し、グッズ売り場へ向かう。せっかく来たし記念にパンフレットでも買っていくかな。
売り場に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃいませ〜! 本日唐揚げ1個増量となっております! いかがでしょうか〜!」
「1個も要らねえわ! なんで映画館のグッズ売り場で唐揚げ売ってんだよ! ……ってまたお前か」
満面の笑みでレジに立っていたのは、またしても心音。なんでこいつは俺が行く先々で待ち構えてるんだ? 怖くなってきたぞ。
「やっほやっほ! 今日の調子はどう? そのウキウキな様子を見ると大凶だね?」
「なんで俺大凶でウキウキしてんだよ! ドMか!」
「何かお探しですか? 限定のスカート?」
「要らねえって! なんでスカート売ってんだ!? 普通Tシャツとかだろ!」
相変わらずめちゃくちゃな心音は、嬉しそうにレジから出て来る。いや俺パンフレット買うだけだからレジに居てくれていいんだけど?
「何か探してるんだったら手伝うよ! 何が欲しいの? 力?」
「厨二病か! 『大パニック』のパンフレットが欲しいんだよ」
「ああパンフレットね! おっけー! 巻物タイプのでいい?」
「冊子にしてもらえる!? なんだ巻物って! 秘伝の忍術でも載ってんのか!?」
「パンフレットにおしぼりはお付けしますか?」
「付けねえわ! 何もう汚れてんの?」
「1点で3800円になります!」
「高えな! なんでそんな値段すんだよ!」
「巻物にするのにコストが……」
「巻物タイプは要らねえって! 冊子の方!」
グッズ売り場を出ると、売店が目に入る。映画3時間ぐらいあるしな。ポップコーンとジュースでも買っておくか。何味にしようかなあ。
「いらっしゃいませ! ご注文はお席のQRコードからお願いします!」
「なんでだよ! シアター内に持って来てくれんの!? ……って心音!? さっきグッズ売り場にいなかったか!?」
売店にいたのはまたしても心音。どうやってここに移動して来たんだ……? そんな時間無かったと思うが……。
「もう細かいことは気にしないの! で、何頼むの? つくね?」
「居酒屋か! そんなもん頼まねえわ! ポップコーンのキャラメル味とコーラで」
「かしこまりましたー! ご一緒に焼きトウモロコシとコーン茶はいかがですか?」
「何お前俺がトウモロコシだけ食べるタイプの人類だと思ってんの?」
「え、だって苗字がモロコシだったよね?」
「望月だわ! なんだそのトウモロコシに特化した苗字は!」
「今年の参院選もモロコシ党に入れたって」
「ごめん知らねえわその政党! どんな政策すんだよそいつら! トウモロコシ給付すんのか!?」
俺の叫びを無視して、心音はレジに商品を打ち込んでいく。大丈夫だろうな? ちゃんと頼んだもんだけ入れてんだろうな?
「ではお会計18600円になります!」
「高えなおい! なんでそんな値段すんだよ!」
「え? だってポップコーンのキャラメル味、コーラ、黒のロングコートだよね?」
「誰が映画館でロングコート買うんだよ! え、メニューにあったそれ!?」
「こちら返品交換は受け付けておりませんのでご了承ください」
「返品以前に買ってねえんだわ! 戻せそんなもん!」
「ではポップコーンキャラメル味とコーラのロングコート抜きですね?」
「そんなロングコートを氷みたいに! いやもういいわ、いくら?」
「1300円になります! お会計は多めに払われますか?」
「ぴったり払うわ! お釣りも出せよお前!?」
ポップコーンとコーラを持ってシアターに向かう。もうそろそろ入場できるな。早めに入っちまうか。
チケットを持って入場口へ向かうと、そこには見慣れた女の姿。心音だ。もうなんか慣れてきたけど、どうやって移動してんだこいつは。不思議で仕方ないわ。
「チケット拝見いたしまーす! はい、『劇場版暴走戦隊ハシレンジャー 復活の倒立歩行』ですね?」
「違えわ! なんだその地味なタイトル!?」
「こちら入場特典の釘バットです」
「物騒だなおい! 持て余すわそんなもん!」
「上映中の沐浴は禁止となっておりますのでご注意ください」
「しねえわそんなん! 誰がヒンドゥー教過激派なんだよ!」
「それでは、ごガッカリどうぞ〜」
「ごゆっくりだろ! なんで残念な前提なんだよ!」
「コーラにストローはお付けしますか?」
「今聞くな! さっき聞けや!」
アホな心音とのやり取りを終えてシアターに入ろうとすると、心音の泣きそうな声が聞こえてきた。
「ちょっと待ってくださいよ〜! 私はただお客様に楽しんでもらおうと……」
「お客様すごく怒ってなかった? 変な対応しなくていいし、今日川本さんグッズ売り場担当だよね? なんで売店とチケットもぎりまでしてるの?」
「そ、それはほら、美少女が何回も見られる方がお客様喜ぶかな〜って……」
「はあ……。自分に自信があるのはいいことだけど、与えられた仕事を真面目にできない子は必要無いね。川本さん、明日から来なくていいから」
「そ、そんな〜!」
チラッと振り返ると、泣きそうな顔の心音がチラシの裏に『せめてポップコーン分けて』と書いて掲げていた。いややらねえよ?