第28話 祭り屋台
またしても面接官の顔を引き攣らせた帰り道、亀風駅周辺では屋台が準備されていた。
そうか、もう夏祭りの時期だな。今年はずっと就活で忙しかったから、もう夏だって感覚が無かったわ。
亀風で祭りなんて行くのもこれで最後になるだろうし、屋台でも見て回るか。1人だけど。
そう思った俺は、屋台が並ぶ道路へと足を踏み出した。
「へー、最近は色んな屋台があんだな」
昔は大体定番の屋台しか無かった気がするけど、今はケバブだ肉巻きおにぎりだ、牛タンなんてのもある。時代が変わると屋台も変わってくんだな。
しかしあれだな、スーツ姿で1人で屋台の間を歩いてると、浴衣着たカップルやら夫婦とすれ違って寂しい気分になるな。せめて大学4年間で1回ぐらいは彼女でも作って祭りに来たかったなあ……。
まあそんなことは置いといて、今は屋台に集中だ。屋台と言えばまずは焼きそば。これが無いと祭りは始まらねえからな。
近くにあった焼きそばの屋台に近づくと、元気な女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃい! からしマヨネーズ単品でいい?」
「いいわけねえだろ! なんかにかけさせろよ! ……って心音!?」
屋台にいたのは、またしても見慣れた茶髪ボブ。にやにや顔で俺を見ながら、へらで焼きそばをひっくり返している。
「やっほやっほ健人先輩! 1人でお祭りなんてどうしたの? テロ?」
「そんなわけあるか! 誰が『今からこの祭り会場を爆破します』とか言うんだよ!」
「違う違う、爆破するのは国会議事堂!」
「マジモンのテロじゃねえか! 俺そんな危険思想じゃねえよ!」
「からしマヨネーズにストローはお付けしますか?」
「付けねえよ! 殺す気か!」
こいつは祭り会場でもバイトしてんのかよ……。こういう屋台って個人で出してるもんじゃねえの? 雇ってもらえんだな……。
「それにしても、祭り会場でスーツなんて目立つね! 着替える?」
「おお、確かに浮いてるなとは思ってたんだよ。なんか着替えられるもん持ってんのか?」
「あるよ! タキシード!」
「結婚式か! より目立つわ!」
「ブートニアは付ける?」
「ガチの結婚式になんだろ! 俺誰と結婚すんだよ!?」
「そりゃなんか、その辺のメスホワイトタイガーとか」
「その辺にメスホワイトタイガーはいねえわ! 何言ってんだお前!」
「え、オスの方だった?」
「オスでもねえわ! まずホワイトタイガーがその辺にいねえよ!」
「じゃあ白虎先輩的には」
「誰が白虎先輩なんだよ! そこまでいかつい名前してねえわ!」
なんで俺ホワイトタイガーと結ばれなきゃいけねえんだよ。肉食系女子ってそういう意味じゃねえだろ絶対。命の危険を感じるわ。
「じゃあとりあえず焼きそば食べてく? 知り合いだからサービスしちゃうよ〜」
「お、まじか。なら買ってこうかな。いくらだ?」
「ものによるよ! 焼きそばバケツ盛りは1500円!」
「初手バケツ盛りじゃねえだろ普通! なんで普通盛りねえんだよ!」
「普通盛りあるよ! パッタイ!」
「なんでタイの焼きそばなんだよ! 普通の焼きそばねえの!?」
「あるよ! バケツ盛り!」
「だから普通の焼きそばの普通盛りがねえか聞いてんの! 理解力どうなってんだお前!」
とんでもねえこと言ってんなこいつ。祭り来てバケツにパンパンの焼きそばなんか食ったら、それだけで腹いっぱいになんだろ。バカなのかよ。
「むー、塩焼きそばなら普通盛りあるけど、要る?」
「なんで焼きそば屋台でソース焼きそば置いてねえの!? もういいわ塩で」
「あいよ! 塩一丁!」
心音は慣れた手つきで塩焼きそばを調理し始める。なんでこいつはどのバイトしてても慣れてんだろな。それだけが不思議だわ。
「へいお待ち! 魚介とナスのペスカトーレ!」
「頼んでねえよ! 誰がこんな屋台でペスカトーレ食うんだよ!」
「あれ、ボロネーゼの方だった?」
「まずパスタ頼んでねえよ! 何お前焼きそば屋のプライドとかねえの!?」
「カチコミ屋のクラウド?」
「言ってねえよ! なんでそんな物騒なやつのデータクラウドに同期してあんだよ!」
結局ペスカトーレの紙皿を持って、フォークでパスタを口に運ぶ。めちゃくちゃ浮いてんな。すげえ変な目で見られてるわ。心音のやつやってくれたな……。
ペスカトーレを食べ終わり、紙皿を捨ててようやく身軽になる。さーて、次の屋台はどうすっかなー。
お、射的か。子どもの頃は割と上手かったんだよな。久しぶりにやってみっか。
射的の屋台に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「へいらっしゃい! 今なら景品に最新ゲーム機とボトムスハンガーが付くよ!」
「後半が要らねえな!? ハンガーだけ捨ててやろうか! ……って心音!?」
「やっほやっほ健人先輩! 2年半ぶりだね!」
「ついさっき会ったわ! お前焼きそばの屋台にいなかった!?」
「ああ、ちょっと部署異動になって」
「え、祭り屋台ってそんな会社みたいなシステムなの!?」
「まーまーいいから、やってきなよ!」
そう言って心音は俺にエアガンを手渡す。……いやちょっと待て、これエアガンか!? なんかやけにずっしりしてるし、形がどう見てもマシンガンなんだけど……。
「ちょ、これ怖いから返すわ」
「ええー? せっかく用意したのにー」
その瞬間、強面の男が数人入ってきて、心音に四角いものを突きつけた。
「警察だ! 銃刀法違反で連行する!」
「あ、見つかっちゃった! 健人先輩、ちょっと署に行ってくるね!」
「お前そんなノリで捕まんなよ! バカすぎるだろ!」
ついでにそこにいた俺も一緒に警察署に向かうこととなり、なんとか誤魔化して帰宅することに成功した。何してんだよ全く……。




