第25話 寿司屋
今日は就活も無い暇な1日。ボーッとSNSを見ていると、左手の薬指に指輪がはめられた写真が流れてきた。
なんだ、誰か結婚したのか? アカウントを見てみると、まさかの姉だ。
「え、姉ちゃん結婚したのか」
思わず声が出る。そういや去年の冬休みに実家に帰った時、姉ちゃんが彼氏連れて来てたな。そっか、もう結婚したんだな。まあそうだよなあ。
姉ちゃんは俺と同じく身長は高いが、スラッとしていて俺みたいなフランケンシュタインじゃない。高身長の男がいいって言い張ってたからなかなか彼氏ができなかったのに、そんな姉ちゃんが遂に結婚……。今年25歳だっけか。早いっちゃ早いけど、まあ普通に結婚適齢期だな。めでたいことだ。
うし、なら今日はお祝いで寿司でも食いに行くか。いや別に俺が結婚したわけでもなんでもないけど、それはなんかほら、気分ってやつだ。
部屋着から着替えた俺は、近所の寿司屋に向かった。
「ここか。こんなとこ初めて来んな。なんか緊張するわ」
カウンターの寿司屋なんて来たこと無いからな。財布が許す限り楽しんでやろう。
ガラガラと引き戸を開けて中に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「らっしゃい! ネタを乗せて握るのは3回! 私の寿司に客は喝采! 今日もやらかして店脱退!」
「韻踏んで脱退すんな! 何やらかしたんだよ! ……って心音!?」
カウンターの奥にいたのは、見慣れた茶髪ボブ。満面の笑みで俺を見ながら、シャリをどんどん手に乗せていく。デカいわシャリ。もうおにぎりじゃねえか。
「やっほやっほ健人先輩! お寿司屋さんに来るなんて何かめでたいことでもあったの? 助演男優賞でも獲った?」
「俺俳優じゃねえよ! どうやって獲んだよそんな賞!」
「え? そりゃホラー映画のフランケンシュタイン役で」
「やかましいわ! 誰が本物のフランケンシュタインなんだよ!」
「そこまでは言ってないよ!?」
カウンターの前に腰掛けると、心音は嬉しそうに俺に声をかける。
「お客さん、今日は何握る?」
「お前が握んの? めっちゃ不安なんだけど」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 私これでも魚釣りには自信あるんだー!」
「調理段階で自信あれよ! なんで釣る段階の話してんだお前は!」
「で、何握る? 汗?」
「手に汗握んな! そんなアツい展開じゃねえだろ!」
ほんとにちゃんと寿司握れんだろなこいつ……。信用ならねえけど、とりあえずなんか注文してみっか。
「じゃあ、とりあえずマグロで」
「あいよ! 尾ヒレ握り一丁!」
「待てこらバカ! 誰が尾ヒレっつったよ!?」
「え? 健人先輩って魚のヒレだけ食べるタイプの人類じゃないの?」
「そんな人類はいねえわ! ちゃんと身の部分食べさせてもらえる!?」
「おっけー! マグロの身握り一丁!」
「いちいち言わなくていいわ! 普通そうだろ!」
心音はネタをシャリに乗せ、何回か握ってこちらに渡してきた。見た目は普通の寿司だな……。でもなんかありそうで怖いんだよなあ。
「どうしたの? 食べないの?」
「食うけど……。お前なんか変なことしてねえだろうな?」
「してないよ失礼だな! ただ表面にガソリン塗っただけ!」
「してんじゃねえか! 何が目的でガソリンなんか塗ってんだよ!?」
「え、だって健人先輩ってガソリンで動くタイプの人類だよね?」
「だからそんな人類はいねえわ! 俺車と人間のハーフじゃねえから!」
「カフェとか行ったら注文する時『レギュラー満タンで』って言うんだよね?」
「言わねえよ! 言うとしてもガソリンスタンドで言うわ! ……いや言わねえよ!」
「あ、軽油の方だった?」
「舐めんなよお前!」
「大将〜、給油目的の方が〜」
「そんな目的で寿司屋に来ねえわ! おいこらちゃんと寿司出せや!」
ずっと何言ってんだこいつは。誰がガソリンで動くタイプの人類だよ。なんだガソリンで動くタイプって。よく考えたら意味不明の言葉だなおい。
「じゃ、次は何握る? ハンドル?」
「だから俺車じゃねえって! もういっそおまかせで頼むわ」
「おまかせで! 張り切っちゃうよ〜! まずはこれ! ミルフィーユ!」
「なんでだよ! 初手ミルフィーユは子連れの回転寿司でもなかなか見ねえぞ!?」
「次はこちら! チーズケーキ!」
「何俺スイーツビュッフェ来てる!?」
「そしてそして! ミックスグリル!」
「ああただデザート早めに頼んだだけのファミレスだったわ! 寿司食わせろよ!」
「もうわがままだなあ。はい、お望みのロサンゼルスロールだよ!」
「相場カリフォルニアだろ! 都市移動させんなよ!」
デザートとミックスグリル、ロサンゼルスロール(仮)が並んだカウンターは、到底寿司屋とは思えない。何食わされてんだろな俺は。もういいや、これ全部食ったら出よう。
あらかた平らげて席を立つと、心音は寂しそうに俺に話しかけてきた。
「もう出ちゃうの? 私もっと健人先輩のためにミニカー握りたいよ!」
「ミニカーなんか食ったら共食いになんだろ! ……ならねえよ! 俺車じゃねえから!」
お会計を済ませて店を出ようとした時、壮年の強面男が心音を睨みつけながら俺の横をすれ違った。
あ、これ結末見えたわ。心音、バイト就活また頑張れよ。




