第23話 弁当屋
東京から亀風に帰って来た俺は、家でゆっくり過ごしていた。面接の結果はまだ出てないけど、割と感触は良かった……気がする。
やっぱ東京の人って良くも悪くも人に興味ねえから、偏見とか無く見てくれてる感じがしたな。俺の居場所は東京なのかもしれない。
「腹減ったな……」
東京からの長旅で疲れてたからあんまり気にならなかったけど、そういや新幹線から何も食ってねえ。でも自分で作る気力もねえしなあ……。
そんなこと考えていると、ふと帰って来た時にポストに入っていたチラシが目に入った。
弁当屋か。クーポンも付いてるみたいだし、ここで弁当でも買って来るか。
チラシ片手にサンダルを引っ掛け、俺は弁当屋に向かった。
「お、ここだここだ。そういや1年生の頃に何回か来たことあったっけな」
下宿を始めたての頃は、自炊するのが面倒でたまにお世話になってた店だ。2年生と3年生の時はある程度自炊してたから、結構久々に来たな。なんか懐かしい。
ガラス戸を開けて中に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃいませ〜! 当店名物のお醤油はいかがですか〜?」
「醤油? なんか独自の特徴でもあるんすか?」
「はい! プラスチックでできた魚の入れ物に入ってます!」
「普通じゃねえか! 弁当に付いてくる醤油大体そうだわ! ……って心音!?」
弁当が並ぶショーケースの後ろで満面の笑みを浮かべているのは、見慣れた茶髪ボブ。
おいおい、こいつ東京に閉じ込められてんじゃなかったのか? どうやって帰って来たんだよ。
「やっほやっほ健人先輩! 東京ぶりだね!」
「お前どうやって東京から帰って来たんだ!? 帰る金ねえって騒いでたよな?」
「ああ、そんなこともあったね! 今となっては笑い話だけど」
「そこまで昔の話じゃねえよ! え、まじでどうやったんだお前!?」
「簡単だよ! 安いスーツケースを買って底に穴開けて、その中に入って移動するでしょ? 改札は潜り抜けて突破して、新幹線の荷物スペースに行けたらもう私の勝ちだったね!」
「要するに無賃乗車だな!? お前そろそろ警察に突き出すぞバカ!」
「次からはちゃんと座席に座るから許してよね!」
「それが普通なんだわ! 何当たり前みたいに法を犯してんだお前は!」
ほんと何してんだよこいつ。よく捕まらなかったな……。いやもうここで自白してるから警察に突き出してもいいんだけども。
「それで健人先輩、今日はどうしたの? 出演者さんに配るお弁当でも買いに来たの?」
「俺ADじゃねえよ! ボディバッグにガムテープ付けてねえだろ!」
「でも養生テープは付けてるよね」
「まずボディバッグを持ってねえわ! ちょ、いいから弁当見せてもらえる!?」
「なんだ、普通にお弁当買いに来たの? つまんない男だね」
「弁当屋に弁当買いに来てなんでそこまで言われんだよ! 普通に買わせろ!」
ずっと何言ってんだこいつは……。いつから俺がテレビ局で働いてると思ってたんだよ。まだ大学生だわ。
「うーん、どれにすっか……」
「お、悩んでるね? ならベテラン従業員の私がオススメを教えてあげよっか?」
「それはありがてえけど……。お前ベテランなのか?」
「もっちろん! もう勤務して2時間だからね!」
「じゃあ初日じゃねえか! よく1人で任せられてんな!?」
「2時間の勘で教えてあげるよ」
「頼りにならねえな2時間!」
心音はショーケースからいくつか弁当を取り出し、1つずつ説明を始めた。
「えーとね、これがプチパンケーキ弁当なんだけどね」
「初手それじゃねえだろ絶対! 何お前スタメン発表の時監督からアナウンスするタイプ!?」
「ううん、三塁審からかな」
「どっちでもいいわ! 選手から言えよ!」
「1番センター、プチパンケーキ弁当」
「無理やりスタメンにすんな! そいつじゃドラフトかかんねえだろ!」
「プチパンケーキ弁当にメープルシロップはお付けしますか?」
「もし俺がそれ買うっつったら付けて!? 今聞かないでいいわ!」
まともな弁当ねえのかよこの店。前はちゃんとしてた気がすんだけどな。こいつが来たらどこもおかしくなんのか?
「これが定番ののり弁! こういうの好きなんじゃない?」
「おおそうだよそういうのだよ。前は結構のり弁買ってたけど、なんか変わったりしてんのか?」
「どうだろ? でも今のうちののり弁は、たっぷりの海苔の上に薄くご飯が敷いてある普通ののり弁だよ!」
「逆なんだわ! 普通ご飯の上に海苔が敷いてあんだよ!」
「じゃあこっちの海苔でご飯とマグロのお刺身を巻いたのり弁・改はどう?」
「鉄火巻じゃねえのそれ!? もうのり弁じゃねえよ!」
「じゃあ茹でたパスタにたらこソースを和えてその上に海苔を散らしたのり弁はどう?」
「ただのたらこパスタだろ! お前海苔さえあれば全部のり弁になると思ってんの!?」
「でものりお先輩たらこパスタも好きでしょ?」
「誰がのりお先輩だよ! 海苔好きすぎて改名してねえんだわ!」
「味海苔が1点」
「買ってねえよ! もうただの海苔じゃねえか!」
「あとこっちのゆで卵弁当はね」
「海苔どこ行ったんだよ! ここまで引っ張って卵茹でんな!」
続々と海苔を使った弁当を紹介してくる心音。そんな心音を無視してショーケースを見ていると、唐揚げ弁当が目に止まった。
「おい唐揚げ弁当あんじゃねえかよ。これにするわ」
「唐揚げ弁当ね! おっけー! 唐揚げに韓国海苔はお付けしますか?」
「しつけえな海苔! 要らねえって!」
「もう、ノリ悪いんだから」
「いつ言うかと思ってたわ! くだらねえよ!」
唐揚げ弁当を買って店を出ると、ふくよかなおばちゃんとすれ違った。小さく「ありがとうございました」と言いながら俺に会釈をしてきたから、恐らく弁当屋の店員なんだろう。
お、そうだ。心音の接客について今のおばちゃんにクレーム入れてみっか。その後どうなるかは知らん。
思い立った俺は、弁当屋へと踵を返した。




