第2話 服屋
「はあ……。今日もダメだったな」
今日も今日とて面接でやらかした俺は、肩を落としながら帰りの電車に乗っていた。いや、俺がやらかしたわけではないんだけどな。ただ顔が怖くて図体がデカかっただけだ。
『次は〜亀風〜亀風〜』
最寄り駅のアナウンスが響く。俺は手に持っていた『サルでも受かる! 面接必勝講座!』という本を閉じ、電車を降りる準備をした。
しかしサルでも受かるのに俺が受からなかったら、一体俺は何なんだ? サル以下のフランケンシュタインなんて、虚しい言葉が頭をよぎる。
いや、そんなことは考えるな。必ず俺の内面を見てくれる企業が現れるはずだ。気持ちを強く持っていこう。
改札を通って駅を出る。今日はなんとなくいつもと反対口から降りてみた。ちょっと回り道したい気分だったからな。こっち口には初めて来たけど、意外と知らないもんだな。
見渡してみると、新鮮な景色が広がる。色々な店が目に入るが、そのうちのひとつで視線が止まった。
「お、服屋か。そういや次の休みは映画観に行くんだったな。それ用の服でも見てみっか」
面接のことは一旦忘れ、服屋に入店。するといきなり元気な女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃいませ〜! お客様にはこちらのボディスーツがお似合いかと!」
「いきなりかよ! ボディスーツ探してねえわ! ……って心音!?」
俺に声をかけてきた女の店員は、またしても心音。満面の笑みでボディスーツをひらひらさせている。早くしまえそんなもん!
「やっほやっほ! 今日もトイレットペーパー食べたみたいな顔してるね!」
「どんな顔だ! 状況が分かんねえわ!」
「今日はなんか探してるの? 迷い猫とか?」
「探偵か! 服探しに来たんだよ服!」
「え、健人先輩って服着るんだ。いつもカバの着ぐるみだから知らなかったよ」
「いつ着たよそんなもん! 俺だって普通に服ぐらい着るわ!」
全く、めちゃくちゃ言うなこいつは。服を見るだけでここまで余計な話をできるのは、最早才能だな。
「それで、今日はどんなカバの服を探してるの?」
「カバは探してねえんだって! 普通の服!」
「ああ普通の服がいいの? じゃあこっちの袴コーナーにどうぞ」
「いつの時代の普通!?」
「このマーブル柄の袴なんてよろしいかと!」
「なんだよこれ気持ち悪いな! なんて商品名なんだよこれ!」
「袴ーブルです」
「やかましいわ! くだらねえ名前付けんな!」
ていうかなんで袴コーナーがあるんだよこの店。普通のカジュアルブランド店だと思ってたけど、なんでも置いてんのか?
「もー文句ばっかり! お客様、クレームなら店長に言ってください!」
「お前にしか言わねえよ! 明らかにお前が原因だろうが!」
「分かったよ仕方ないなあ。ちゃんと普通の服をオススメすればいいんでしょ? こっちのTシャツとかどう?」
「Tシャツか……。まだ春だと思ってたけど、確かにそろそろ暑いもんな。買ってもいいかもな」
「ではこちらご試着なさいますか?」
「そうだな。1回着てみるわ」
「かしこまりました! ではこちらのコートの陰でどうぞ!」
「試着室案内しろや! なんで俺こっそり着替えてんだよ! 不審者か!」
「えー? じゃああっちの短パンの陰にする?」
「隠れてねえじゃねえか! なんで試着室使わせねえんだよ!」
俺が文句を言い続けていると、心音は渋々試着室へ案内してくれた。さっさと案内してくれりゃこんなに疲れなかったのに。
オススメされたTシャツを着てみると、結構いい感じだ。サイズ感もピッタリだし、無地でシンプルな感じが俺好みだ。
「お客様失礼しまーす! サイズ感とかいかがですか?」
「おう、いい感じだわ。なんかこれに合うパンツとか持ってきてもらえるか?」
「かしこまりました! 着物用に桐のものでよろしかったですか?」
「誰がタンスって言ったよ! パンツ!」
「ああパンツかややこしいなあ」
そんなややこしくねえだろ……。どうやったらパンツとタンスを聞き間違えんだよ。むしろタンスを躊躇無く持って来ようとしたことにビックリだわ。
「お待たせしました〜! こちら2種類お持ちしたんですが、片方がデニムで片方が袴ですね!」
「袴はしまえ! 誰がTシャツに袴で出かけんだよ!」
「じゃあこちらのデニムのホットパンツでよろしかったですか?」
「誰がホットパンツ持って来いっつった!? なんで長ズボンねえんだよ!」
「ホットパンツですね」
「買わねえって! もうパンツいいわ! このTシャツだけ買うからお会計してもらえる?」
「かしこまりました! 割と新しいものお持ちしますね!」
「しっかり新しいの持って来い!」
心音がストックに在庫を確認しに行っている間、俺は元のスーツに着替えて試着室を出る。Tシャツ1着着ただけなのになんでこんなに疲れてんだ俺は……。
「お待たせいたしました! お会計はされますか?」
「するわ! なんで持ち逃げの選択肢あんだよ!」
「Tシャツにストローはお付けしますか?」
「付けねえわ! 何をどう吸うんだよ!」
「ご一緒にレシートはいかがですか?」
「サイドメニューみたいに言うな! 絶対渡せレシートは!」
「ではこちらお品物です! ありがとうございました! またお待ちしております!」
「二度と来ねえよ!」
退店しようとすると、心音が追いかけて来る。どうした? なんか試着室に忘れてたか?
「健人先輩、これ渡すの忘れてた!」
「ん? なんだよこれ」
「ノベルティのカバのアップリケ!」
「要らねえわ! カバしつけえな!」
「じゃ、またのお越しを〜」
自由なやつだよ……。でも俺は知ってんだぜ? お前の接客を、鬼みてえな顔で見てた店長らしき女の人を。
「川本さん? ちょっとお話があるんだけどいいかしら?」
「て、店長! クビだけは勘弁してください!」
「あなたの接客態度、うちの会社の評判に関わることよ。どう見てもクレームものだわ。あなた、もう明日から来なくていいから」
「そ、そんな〜!」
泣きそうな顔で俺に助けを求めてくる心音。いや助けねえよ? これに懲りたら、接客態度を改めるこったな。