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第18話 本屋

 俺はもう決めた。自分を変えるんだ。こんなに面接に落ちるのは、見た目が怖いからだけじゃない。絶対に内面に問題があるんだ。


 今日の俺には目的地がある。自分を変えるために必要なもの。それは本だ。面接に受かる必勝本とかじゃなくて、もう自分自身の性格とか考え方に影響を与えてくれるような本。そいつを探しに、俺は本屋へ向かっている。


 固い決意を胸にキリッとした顔で歩いてるつもりだったけど、俺の顔を見た人が次々に俺を避けていく。そんなに怖かったかな。やっぱり見た目が怖いのが1番の問題なんじゃ……。


 いやいや、そこはもう仕方ない。今更変えろって言われても難しいからな。まず俺にできることは、内面を磨くこと。人間性は顔に出るって言うしな。内面を変えれば自ずと見た目にも影響が出るはずだ。


 日曜日で多くの人が道を行き交う中、1人モーセのように堂々と真ん中を歩く俺は、目的地の本屋に辿り着いた。ここなら俺を変える何かが見つかるはずだ。何時間かけてでも探し出してやる。


 決意を胸に入店すると、静かなはずの本屋に似つかわしくない元気な女の声が俺を出迎えた。


「いらっしゃいませー! 町の本屋さん、ブックブクへようこそー!」


「ひでえネーミングセンス! めちゃくちゃ太ってるみたいじゃねえか! ……ってまたお前か」


 パタパタと本の埃をはたきながら元気な挨拶をかましたのは、またしても心音。紺色のエプロンがやけに似合う心音は、にやにやしながら俺に近づいてきた。


「やっほやっほ健人先輩! 今日はどうしたの? ジムなら向かいだよ?」


「ジム行かねえから! 本買いに来たんだよ。ちょっと自分を変えたくてな」


「なるほどねー! ならこれとかどう? めっちゃ大きい辞書なんだけど、8キロぐらいあるから筋トレにはもってこいだよ!」


「だから筋トレしねえって! なんでわざわざ本使って筋トレすんだよ!」


「え? だって自分を変えたいって」


「肉体的な意味じゃねえわ! だとしたらジム行くだろ!」


 ほんとこいつは俺のこと何だと思ってんだ全く。そんなムキムキになりてえわけじゃねえよ。余計怖がられるわ。


「分かった! じゃあ私が、健人先輩の探してる本持って来てあげるよ! ミミズの生態についてだっけ?」


「興味無さすぎるわ! それ知っても俺には何の変化もねえよ!」


「ミミズって音を出す器官が無いから鳴くことはできないんだけど、同じく地中に住んでるオケラが翅を震わせて音を出すから、それをミミズの鳴き声と勘違いして『蚯蚓鳴く』っていう秋の季語ができたらしいよ!」


「……ちょっと面白いけども! ミミズの雑学聞いても何にもなんねえんだわ!」


「じゃ、『ミミズくんとオケラちゃん』シリーズ持って来るね。どのお話がいい?」


「知らねえシリーズ来た! なんだそれもうどんな話があるか逆に興味あるわ」


「そうだねえ、有名なのは『ミミズくんとオケラちゃんのマイナンバーカード電子証明書更新』かなあ」


「ああ絵本じゃなくて市役所の利用方法みたいな本なんだ!? なんでキャラクターミミズとオケラにした!?」


「じゃ、それで」


「良くねえ良くねえ! そんなもん持って来んな気持ち悪い!」


「あれ違った? 『ミミズくんとオケラちゃんのナンバープレートを紛失した場合の廃車処理について』の方?」


「んなことミミズとオケラに教えてもらいたくねえわ! ちょ、いいから話聞いてくれる!?」


 ミミズくんとオケラちゃんシリーズに向かおうとした心音を引っ張って止め、話を聞く姿勢に整える。なんで俺がここまでしなきゃなんねえんだよ。客だぞおい。


「もう、ワガママなんだから健人先輩ったら! で、私にどうして欲しいのか言ってごらん?」


「俺ドMじゃねえから! いやだから言ったろ、自分を変えるような本が欲しいんだよ」


「なるほどね! じゃあメンズファッション誌『AKANUKE』の今月号がいいかな」


「だから見た目の話じゃねえんだって! なんだそのストレートなタイトル!」


「え、めっちゃ良くない? 分かりやすくて」


「大文字アルファベットにしたことでダンサー感出てんだよ! エグザ〇ルのメンバーかと思うわ!」


「どっちかって言うとエ〇ザイルザセカ〇ドじゃない?」


「どっちでもいいわ! やめろお前、伏字多すぎて伝わんねえかもしれねえだろ!」


「やっぱそこは感じてもらわないとじゃん? LoveとDreamとHappinessを」


「早く本探してもらえる!?」


 ようやく心音は真面目に本を探し始める。やっとかよ……。まあ探してもらえるだけありがてえんだけどな。ほんとは自分で探すつもりだったし、店員に探してもらえるなら時間短縮になっていい。


 適当に文庫本のタイトルを端から眺めていると、心音が嬉しそうに1冊の本を掲げて戻って来た。


「健人先輩! 見つけたよ!」


「おおサンキュ。助かるわ。んで、その本なんて本だ?」


「やっぱりねー、人生を変えると言ったらインド! 本場のインドを感じるには、まず言語から! てことで、これはヒンディー語入門だよ!」


「めちゃくちゃどうでもいいじゃねえか! もっと自己啓発本みたいなの無かったか!?」


「いやでもやっぱさ、ガンジス川で沐浴したくない?」


「しなくていいから真面目にやってもらえる!?」


「私は真面目だよ! ほら、今健人先輩の履歴書全部ヒンディー語に書き直してあげるから」


「おいこらやめろ! なんでお前俺の履歴書持ってんだ! あとなんでお前はもうヒンディー語習得してんの!?」


「はい書けた! さ、これ持って面接行ったら、物珍しさで1発合格! 自信持って!」


「持てるわけねえだろ! え、お前マジでこれ買わせんの!?」


「お会計3500円になります!」


「中途半端に高え!」


 結局俺はヒンディー語入門を買わされ、そのまま帰ることとなった。


 その後俺は間違えて持って行ったヒンディー語の履歴書を提出して面接に落とされ、心音は本屋で騒ぎすぎたのを理由にまたバイトをクビになったとさ。マジでこいつ何の得も生み出さねえな!

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