第17話 カフェ
「うーん、まだかなり時間あるな」
面接まで2時間。かなり早く着いてしまった俺は、暇を持て余していた。
2時間はぶらぶらしてて潰せる時間じゃねえしなあ。あんま知らねえ駅で歩き回って、いざ面接って時に迷うのもあれだしなあ。
うし、こんな時はカフェだカフェ。暑くなってきたのにリクルートスーツなんか着てっから、汗かいて仕方ねえし。なんちゃらフラペチーノみたいなの飲みに行こう。うんそうしよう。
思い立った俺は、駅前のカフェに向かって歩き出した。
カフェに入ると、元気な女の声が俺を出迎える。
「いらっしゃいカフェ〜! ご注文後お好きな席にお座りくださいカフェ〜!」
「カフェカフェうるせえな! なんで語尾カフェなんだよ! ……って心音!?」
白シャツに緑のエプロンを付けた心音が、俺の方を満面の笑みで見ている。ほんっとどこにでもいんじゃねえかこいつ。なんで毎回遭遇すんだ。
「やっほやっほ健人先輩! どうしたのカフェなんて珍しい! でもごめんなんだけど、うちはバケツでコーヒー提供してないんだ」
「求めてねえよ! なんで俺バケツでコーヒー飲まなきゃいけねえんだ! 目ギンギンになるわ!」
「タイのエナジードリンクにする?」
「しねえわ! 大丈夫なのかよそれカフェインの量!」
「まあ日本ではダメな量入ってるよね」
「じゃあダメだわ! 提供すんなそんなもん!」
「カンボジアのエナジードリンクがお1つ」
「大体一緒だろ! そもそもこんなオシャレなとこでエナジードリンク頼まねえわ!」
執拗に東南アジアのエナジードリンクを勧めてくる心音を無視してメニューを見る。あんまこういうとこ来ねえから見慣れねえな。でも抹茶好きだから、この抹茶フラペチーノってのにしようかな。
「じゃあ抹茶フラペチーノ1つ」
「たらこカルボナーラがお1つ」
「パスタだろそれ! 今俺ドリンク注文したんだけど!?」
「パスタじゃないよ! パスタ風のうどん!」
「どっちでもいいわ! 麺類求めてねえんだよ!」
難聴にもほどがあんだろ。なんで抹茶フラペチーノ注文してパスタ風のうどん食わなきゃいけねえんだ。腹いっぱいになって面接で眠くなるわ。
「はいはい、抹茶フラペチーノね! サイズはどうする? 琵琶湖でいい?」
「琵琶湖じゃねえか! お前琵琶湖の中身抹茶フラペチーノにしたら滋賀の人にめちゃくちゃ怒られんぞ!?」
「浜名湖で」
「湖容器にすんのやめてもらえる!?」
「抹茶フラペチーノにストローはお付けしますか?」
「当たり前だろ! 付けなかったらどうやって飲むんだ俺!?」
「そりゃなんか、容器ごと1口で」
「バケモノじゃねえか! お前俺のこと何だと思ってんだよ!」
「決まってるでしょ! BKMN!」
「なんだそれ……? 聞いたことねえけど」
「バケモノ!」
「バケモノじゃねえか! 同じツッコミ2回させんな!」
なっかなか注文できねえなおい。さっさと座らせてくれや。いや別に急いではねえんだけどさ。
「抹茶フラペチーノがお1つで750円になります!」
「はいはい、じゃあ交通系で頼むわ」
「腰痛エイ?」
「言ってねえよ! エイの腰そうそう痛めねえだろ!」
「でもエイの腰ってどこなんだろうね? 平べったいから分かんないよね」
「知らねえよ! 今エイの話どうでもいいわ!」
「エイがめちゃくちゃ強くなったらさ、エイマックスって名前になるのかな?」
「早く作れや!」
「ではお作りしますね! できあがりましたらカウンターで提供しますので、外に出てお待ちください!」
「カウンターで待たせろよ! なんでわざわざ1回外出すんだよ!」
カウンターの前に移動してドリンクを待つ。心音は手際良く抹茶フラペチーノを作り始め、あっという間にドリンクができていく。見事なもんだな。あいつ真面目にやれば何でもできそうなのに、なんでちゃんとやらねえんだろな。
「抹茶フラペチーノお待たせしましたー!」
「お、できたか。早かったな」
「抹茶フラペチーノにたらこカルボナーラはお付けしますか?」
「付けねえよしつけえな! さっさと渡せ!」
「今抹茶フラペチーノをお買い上げいただいたお客様限定で、たらこカルボナーラが半額に」
「なったところで要らねえから! なんで今回たらこカルボナーラそんな引っ張んの!?」
「ごゆっくりどうぞ〜」
「言われなくてもゆっくりするわ。黙って仕事してろお前は」
席に着いて抹茶フラペチーノを啜る。うん、美味いな。甘いホイップクリームとちょっと苦い抹茶の味が見事にマッチしてる。これだから抹茶は好きなんだよなあ。大人の味って感じだわ。
スマホを眺めながら抹茶フラペチーノを飲んでいると、心音が慌てた顔で走ってくる。
「健人先輩健人先輩! あ間違えたBKMN!」
「間違えてねえよ! 最初ので合ってたわ!」
「なんかね、シェフが会いたいって!」
「シェフって何!? ここレストランじゃねえよな!?」
「シェフ〜! シェフ〜!」
「おい呼ぶな呼ぶな! なんで俺シェフに会わなきゃいけねえんだよ!」
「あ、作ったの私だった」
「じゃあシェフお前じゃねえか! 今呼んだの誰だよ!」
心音は1回深呼吸をしてから、緊張の面持ちで口を開いた。
「どうしても健人先輩に試して欲しいメニューがあるんだ。グルメな健人先輩じゃないと頼めないの!」
「そんなグルメな自覚ねえけど……。まあタダでもらえんならもらうわ」
「良かった〜! たらこカルボナーラペペロンチーノお願いします〜!」
「要らねえって! ペペロンチーノまで追加されてんじゃねえか!」
「替え玉は1回までだからね!」
「しねえって! そもそも本体が要らねえわ!」
そんなことを言っていると、時間がかなり過ぎているのに気づく。うわ、そろそろ出なきゃいけねえな。
立ち上がると、心音が声をかけてくる。
「健人先輩、もう行っちゃうの? もうちょっと待ってもらえない?」
「なんでだよ。待つ理由がねえだろ」
「実は私今日でクビなんだ! なんとか店長説得してもらえないかな?」
「もうクビ決まってたのかよ! そりゃ無敵なわけだわ!」
俺は心音を無視して面接に行った。結局心音はそのままクビになったそうだ。そろそろ真面目に働けよお前!