第16話 水族館
「今日は早く終わったな。うん、暇だ」
面接が朝一だった今日、俺は時間を持て余していた。1回家に帰るのは帰るけど、このまま家でゴロゴロしてんのもなんかなあ。時間を無駄にする感じだ。
なら着替えてどっか出かけっかなあ。気分転換にもなりそうだしな。ちなみに面接はどう見てもダメだった。相変わらず怖がられて終わって、ガックリ肩を落としながら帰ってるところだ。
そんな俺には気分転換が必要。そういや隣駅に水族館があったっけか。近いのに大学4年間で行ったこと無かったから、1回ぐらい行ってみてもいいな。
ポケットからスマホを取り出し、水族館の場所を調べる。うん、駅からも近いな。うし、今日の気分転換はここにしよう。
俺は一旦家に帰ってから私服に着替え、また亀風駅から隣駅に向かった。
「ここか。結構デカいな」
着いた水族館は、想像していたよりも大きかった。なんだ、ジンベエザメとかいんのか? 場所しか調べてなかったから、何がいんのかとか全然知らねえな。ま、とりあえず入ってみっか。
窓口へ向かい、中に声をかける。
「すみません、大人1枚お願いします」
「はいはーい! あ、お客様! 動物園ならここじゃないですよ?」
「いや動物園行こうとしてねえわ! 何と間違えてんすか!」
「え? 大きめのアフリカゾウですよね?」
「違うわ! え何そんなデカく見えてんすか俺!?」
「そうですね、体重がりんご22000個ぐらいに見えます」
「なんでキテ〇ちゃんの物差しなんだよ! それにしては数字が可愛くねえな!」
「ちょっとアフリカゾウが入れるかだけ館長に確認しますね、6時間ぐらい待ってもらえます?」
「閉園するじゃねえか! いやちょっと待てよお前、まさか……」
窓口が低い位置にあってよく見えなかったけど、物凄く声に聞き覚えがあるぞ。この元気な女の声は……。
屈んで中を覗き込むと、見慣れた茶髪ボブの姿があった。
「おいやっぱ心音じゃねえか! お前水族館にもいんの!?」
「やっほやっほ健人先輩! どうしたの水族館なんて? 食事?」
「水族館を魚食うとこって認識してたら俺やべえだろ! つまみ出せそんなやつ!」
「あ、じゃあつまみ出すね?」
「つまみ出すなバカ! 俺は魚食いに来てねえわ!」
「え? 水槽の方?」
「水槽も食わねえから! 何俺ガラス食べるタイプの異星人!?」
「大人1枚で3000円になります」
「急に正気に戻んなよ! 俺が恥ずかしいわ!」
とりあえず財布を出して3000円払う。これだけのことなんだからさっさとしてくれたら良かったのにな。こいつがいると無駄に時間かかるわ。
「本日のイルカショーは15:00からです! もし見に行かれる場合は早めの席取りを推奨しております!」
「お、イルカショーか。見てえから早めに行くかな」
「イルカショーは小さなお子様もたくさん見に来られるので、なまはげの方はなるべく目立たない席の確保をお願いしますね」
「俺なまはげじゃねえから! ちょ、さっさと入らせてもらえる!?」
「あと同じコブダイだからと言ってメスのナンパはやめてくださいね?」
「俺コブダイでもねえから! もう入るからな!」
「ごゆっくり〜」
窓口からひらひらと手を振る心音。相変わらず自由なやつだな全く。しかしあいつには俺がどう見えてんだ。人間扱いは最低限して欲しいんだけどな。
「ん、ていうか今何時だ?」
腕時計を見ると、時刻は14時35分。ちょっと早いけど、イルカショーの席取りに行くか。せっかくならいい席で見てえしな。
イルカショーの場所を確認した俺は、早速会場へ向かった。
「お、ここだここだ。まだほとんど誰もいねえな。ラッキーラッキー」
最前列のいい席を確保できた俺は、いい気分でスマホを取り出す。写真いっぱい撮りてえからな。今のうちにカメラの動作確認しとかねえと。
それにしても、早く来たはいいけど暇だな。次に応募する企業でも見とくか。
色んな企業にエントリーしまくっていると、あっという間に15時になる。すると軽快な音楽が大音量で流れ出し、その音量に負けない元気な女の声が聞こえてきた。
「みんなー! こんにちはー!」
「ん……? あれ心音じゃねえか!?」
「小さなお友達も大きなお友達も、1人だけ目立ってる最前列の物理的に大きなお友達も、こんにちはー!」
「やかましいわ! 誰が物理的に大きなお友達だ!」
「では早速、イルカさんたちに登場してもらいましょー! 今日ショーに出てくれるイルカさんは、金さんと銀さんです!」
「長寿そうな名前してんな!」
イルカが2頭元気に泳いでくる。2頭のイルカはすいすいと水の中を泳ぎ回り、大きなジャンプを決める。見事なもんだな。迫力もあるし、最前列取って良かったな。
「それじゃあ、ここからはお友達にも参加してもらいます! イルカさんたちと遊びたい人、もしくはフランケンシュタインは手を挙げてー!」
「俺に配慮すんな! 俺も人でいいわ!」
「じゃあ最前列のフランケンさん、どうぞ!」
「手挙げてねえんだけど!? あとフランケン呼びやめてもらえる!?」
アシスタントみたいな男2人に捕まえられた俺は、あれよあれよという間にステージに上がってしまった。え、なんで俺こんなことしてんだよ。落ち着いてショー見たかったのに。
「さあステージに上がってくれたのは、シロナガスクジラの望月健人さんです!」
「シロナガスクジラではねえわ! なあ俺そんなにデカい!?」
「では早速、イルカさんたちに指示を出してもらいましょー! 最初はどんな指示出す? 警察の動きを止めさせる?」
「イルカに何させようとしてんだ! お前さっきから俺のことなんだと思ってんの!?」
「え? 若頭的な?」
「いや俺組のもんじゃねえから! おいこら変なこと言うからみんな逃げ出してんじゃねえか!」
「あちゃー、健人先輩が怖がらせるから!」
「お前だろうが! ああもうどうすんだよ、誰もいねえじゃねえか!」
「じゃあイルカでも食べる? 刺身でいい?」
「食わねえって! なんでお前も食う気満々なんだよ!」
ステージで心音と言い合っていると、年配の男が慌てて走って来るのが見えた。男はステージに駆け上がってくると、物凄い顔で心音に声をかけた。
「ちょっと川本さん!? 何が起こってるのこれ!?」
「ああ館長! いやちょっとこの人ステージに上げたらこんなことになっちゃって!」
「ダメでしょこんな豪華客船みたいな人上げたら!」
「おい誰が豪華客船だよ! 失礼だなおい!」
「そもそもなんで勝手にイルカショー仕切ってるの!? 君窓口担当だよね!?」
「え、ええーっとそれはー……」
「とにかくもう君はクビ! あとそこのステゴサウルスも今日から出禁で!」
「ええ〜!?」
「俺までとばっちりじゃねえか! あと誰がステゴサウルスなんだよ!」
俺は心音と一緒につまみ出され、泣きそうな顔の心音と一緒に亀風に帰ることとなった。
そういや今回1回も人間扱いされなかったな……。