第13話 美容室
昨日組み立てた新品のベッドで目を覚ます。枕元に置いてあるスマホを取り、今日も朝からメールチェック。これだけ聞くとできる社会人みたいだけど、実際に俺のスマホに来てるメールは広告とお祈りメールだけだ。
また祈られちまったなあ。どうやったら受かるんだ。やっぱこの見た目をなんとかしなきゃならねえかなあ。
洗面所へ行って顔を洗い、鏡に映る自分を見る。なんか顔が怖いのはいつものことだけど、髪が伸びてきてんな。そろそろ切りに行くか。
再びスマホを取り出し、予約サイトを見ると流石平日。どの時間もガラガラだ。じゃ、今日行っちまうか。
俺はさっとスマホで予約を取り、美容室へ向かう準備をした。
「なんだかんだ2ヶ月振りくらいだな。そりゃ伸びるわ」
しかしいつも美容室の入口に来ると緊張すんな。俺みたいなのが来るようなところじゃねえって分かってるからなのかね。まあでも髪切るには入るしかねえからな。パッと入っちまおう。
ドアを開けて中に入ると、元気な女の声が俺を出迎える。
「いらっしゃいませ〜! ただいまバリカン1個増量中で〜す!」
「持て余すだろ! 余計なとこまで刈り上げちまうだろうが! ……って心音!? お前ほんとどこにでもいんじゃねえか!」
俺の目の前には、腰にハサミやクシをぶら下げ、満面の笑みで立つ心音。なんでこいつ美容室にまでいんだよ。もうおかしいだろ。
「やっほやっほ健人先輩! 今日はどうしたの? 床屋なら向かいだよ?」
「舐めんなよお前!? わざわざ美容室来てんだから対応してくれや!」
「あと床屋8軒ぐらいあるけどどこに行くつもりだったの?」
「なんでこの辺床屋激戦区なんだよ! 俺は美容室に来たの!」
「ああなんだ、ここで合ってたの? 先に言ってよね」
「言わなくても分かってくれたらありがてえんだけどなあ!」
心音はカウンターに入ると、予約リストを確認しながら俺に声をかけた。
「ええっと、1名様でご予約のコーンポタージュ三郎様?」
「ラジオネームか! ちゃんと本名で予約してんだろ!」
「ああ、かぼちゃスープ四郎様の方か!」
「なんでファミレスで悪ふざけする学生みたいなのいっぱいいんだよ! 俺本名で予約したよな!?」
「あああったあった! 望月健人様ね! 向かいの床屋予約されてますけど?」
「そんな間違い方するか! ちょ、いいから早く通せよ」
「仕方ないなあ。ワックスは付けて行かれますか?」
「まだ付けねえよ! 早く案内しろバカ!」
心音は渋々俺を席に案内し、俺にクロスをかける。全く、さっさと案内してくれよ。美容室の入口で大声出すの恥ずかしすぎるわ。
「いや、ていうかお前がカットすんの? 免許は?」
「大丈夫! 私教職取ってるから!」
「何も大丈夫じゃねえ! 教員免許持ってても美容師には関係ねえだろ!」
「何言ってんの? まだ教員免許も取れてないよ?」
「じゃあ何も持ってねえんじゃねえか! なんでお前自信満々にカットする気なんだよ!」
「じゃあ梳いていきますね〜」
「今じゃない! 絶対それ今じゃない!」
俺を椅子に座らせると、心音は背もたれに手をかけて話しかけてくる。
「それで、今日は何ミリの丸坊主で?」
「野球部か俺は! 全部刈り上げねえよ!」
「3ミリ、6ミリ、280ミリからお選びいただけます!」
「最後のはもう坊主じゃねえよ! 長髪じゃねえか!」
「280ミリで」
「言ってねえって! そもそも今の長さがそんなにねえわ!」
「もう、文句ばっかり! じゃあどんなゆるふわボブにするの?」
「しねえよ! 嫌だろお前こんなフランケンシュタインみたいなのがゆるふわボブで出てきたら!」
「シャンプー入りまーす」
「聞けや!」
椅子が倒されてお湯が頭にかかる。早速心音はシャンプーを始めるが、なかなか上手いもんだな。普通に気持ちいいわ。
「痒いところはございませんか?」
「とりあえず大丈夫だな。また痒くなったら言うわ」
「苦い思い出はございませんか?」
「なんで言わなきゃいけねえんだよ! 美容室で苦い思い出振り返りたくねえわ!」
「苦い思い出にストローはお付けしますか?」
「付けてどうすんだよ! 何お前思い出のこと青汁とかだと思ってる?」
「流しますね〜」
「聞けって!」
心音は手際よくシャンプーを流していく。なんで無駄に慣れてんだこいつは。毎回クビにはなってるけど、色んなバイトに採用されてる時点で多才なのかもしれないな。
ドライヤーで髪を乾かした心音は、ハサミをチョキチョキさせながら満面の笑みを浮かべる。
「さーてさて、今日はどうしちゃいます〜? 思い切ってギロチンとか使っちゃいます?」
「思い切りすぎだわ! 斬首刑じゃねえか! そうだな、横と後ろは刈り上げて、適当に長さ調整してくれ」
「了解〜! じゃ、さっそくカットしていくね!」
大丈夫かと心配してたけど、思いの外心音の腕は良いみたいだ。ささっと髪を切り終わり、パラパラと服に付いた髪を払っている。
「こんな感じでどう? 上手いでしょ!」
「ああ。普通にカットできることにビックリだわ。お前もやればできんだな」
「へへ〜! でしょでしょ〜? じゃ、仕上げに鬢付け油はお付けしますか?」
「力士のヘアセットじゃねえか! 普通にワックス付けてもらえる!?」
「床にかけるやつでいい?」
「髪に付けるやつで頼むわ!」
心音はささっと俺の髪をワックスでセットし、見た感じ爽やかに仕上がった。流石、見た目がいいだけある。こういうのは得意なんだな。
「ではお会計失礼しま〜す! 合計19800円になります!」
「高えなおい! なんでそんなすんだよ!」
「え? カットが5000円でしょ? あと苦い思い出のテイクアウトが13800円」
「頼んでねえよ! なんで苦い思い出の方が高えんだよ!」
「苦い思い出にストローはお付けしますか?」
「だから付けねえってしつけえな! カット代だけ払うからな!」
俺は5000円札を心音に手渡し、美容室を出ようとした。そんな時、後ろから怒声が飛んでくる。
「ちょっと心音ちゃん!? なんで勝手にカットしちゃってんの!?」
「あ、あはは〜、顔見知りだったもんで……」
「だからって勝手に切っちゃダメでしょ! 君免許持ってないんだから! あと何この『苦い思い出』って書かれた青汁は!?」
「お、お客様がテイクアウトでご注文されたので……」
「はあ……。そんなにふざける子だと思わなかったよ! 心音ちゃん、クビ!」
「ええ〜!?」
ちらっと振り向くと、心音が膝を着いて美容師らしき人にしがみついていた。まあそりゃそうだわ。むしろ無免許で切るのって違法じゃねえの?
詳しいことは知らねえけど、まあクビになったならいっか。




