第1話 ハンバーガー屋
「望月健人くん……だね? 最初に言うことじゃないかもしれないが、もうちょっと笑顔になれないものかね?」
「はあ……」
俺が面接を受けると必ず言われることがこれだ。自分としては笑顔を作っているつもりなんだけど、どうも他の人にはそう見えないらしい。
「ありがとうございました」
面接が終わって立ち上がると、面接官の顔が分かりやすく引き攣る。ビビってんのか? そうだろうな。こんな強面の188cmが急に立ち上がったら、大抵の大人はビビる。もうこれも毎回のことだ。慣れちまったよ。
分かってる。俺に就活が向いてないことなんて。
「はあ……。また不採用だろなあ。なんで俺はこういつもいつも顔で損しちまうんだ」
俺の顔が怖いのは、当たり前だが今に始まったことじゃない。子どもの頃から図体がデカく、フランケンシュタインみたいな顔をしてる俺は、見た目だけでビビられることばかりだった。
それでもまあなんとか友達作って仲良くやってきたわけだが、大学4年生になって就活が解禁された途端これだ。毎回これだ。見た目はこんなんでも、中身は割と接しやすいタイプだと思うんだけどなあ。どうしても面接だと第一印象で損しちまう。
まあ仕方ない。終わったことは忘れるしか無いからな。
『次は〜亀風〜亀風〜』
電車に揺られながらそんなことを考えていると、いつの間にか最寄り駅に着く。下宿先のアパートまでは15分くらい。面接でダメージがある時にこの距離はきっついなあ。
ぐう〜。突然腹の虫が鳴る。
「腹減ったな……。お、新しくできたハンバーガー屋か。うし、今日の飯はここにすっか」
何バーガーを頼むか考えてテンションを上げながら入店。すると元気の良い女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃい罵声〜! 出てけコノヤロウ! バイトにとって1番嫌な客の行為は入店なんだよコノヤロウ!」
「そんな挨拶ねえだろ! なんで開口一番罵声なんだよ! ……って心音か?」
入店と同時に罵声を浴びせてきたのは、去年一緒に授業を取っていた後輩、川本心音だった。
「やっほやっほ健人先輩! 今日も元気に解脱してる?」
「したことねえ! 元気にするもんでもねえだろうが! ていうかお前、またバイト変えたのか!?」
「そーなの! 今回こそは長続きさせてみせるから、耳の穴かっぽじって見ててよね!」
「耳に視力はねえわ! お前視力検査で耳塞いでるやつ見たことあんのかよ!」
「おでこ塞いでる人なら見たことあるよ?」
「何さらっと第3の目あるやつと遭遇してんだよ。ちょ、お前いいから注文させろ注文」
心音はいつもこんな調子だ。見た目はめっちゃくちゃに良いんだが、ふざけまくっているせいで一切恋愛対象としては見られない。
喋んなきゃモテんだけどなこいつ。モデルみたいなキリッとした美人だし、身長は平均くらいで1番モテるやつ。で巨乳。実際大学の男連中はみんなこいつのこと狙ってるみたいだが、俺はこんなやつごめんだ。疲れるし。
「はいはい、じゃあ注文お願いします! ざる蕎麦大盛りでいい?」
「いいわけねえだろうが! ハンバーガー食わせろよ!」
「ハンバーガー蕎麦が1点」
「なんだハンバーガー蕎麦って! 知らねえ料理出てきた!」
「ご一緒にメークインはいかがですか?」
「調理しろよ! なんでじゃがいもそのまま出してんだよ!」
「こちら袋に入った5個入りのものとなっております!」
「おいスーパーで売ってるやつそのままだろこれ!? 生のじゃがいも渡されて俺どうしたらいいんだよ!?」
「細長くスライスして油で揚げるとかしたらいいんじゃない?」
「それをお前らがやれよ! なんでこっちで調理まで担当すんだよ!」
「店長〜! キッチン志望の人が〜!」
「おいこら勝手に俺を雇うな! 金払うからちゃんと調理済みのもん食わせろ!」
ほんっと適当だな心音は。こんなんだからバイト転々としてんじゃねえのか? たまたま今誰も並んでないからいいけど、ピークタイムだったらクレームもんだろ。
「とりあえずこのチーズバーガーセット。サイドはポテトでドリンクはコーラで」
「かしこまりました! それではご注文後ろから繰り返します! でらーこはくんりど……」
「前から繰り返せや! なんでわざわざ難易度上げたんだよ!」
「チーズバーガーセット、ポテトとコーラ入りました〜! お客様めっちゃ怒ってて、3秒で作らないとクレームだそうです!」
「適当言うなこら! 誰が悪質クレーマーなんだよ!」
「ポテトにストローはお付けしますか?」
「コーラに付けてくれる?」
「ドレッシングはゴマとシーザーどちらになさいますか?」
「どっちも要らねえよ! どこにサラダあった!?」
「チーズバーガーにストローはお付けしますか?」
「付けねえよしつけえな! だからコーラに付けろや!」
絶対ふざけてんなこいつ。よくこんなんで怒られないもんだと思うが、今までのバイト先でも俺以外が客の時はちゃんとやってたみたいだからな。上手くやってんだよ。
「お会計7ユーロになります!」
「円で言えや! 分かんねえよユーロ!」
「8000円のお返しです」
「知らねえけど絶対マイナスだろお前!」
そんなことを言っている間に、早くも注文したチーズバーガーセットが出来上がったようだ。
「お待たせしました〜! 鉄板お熱いのでお気をつけください!」
「これステーキじゃねえから! どこに鉄板あんだよ!」
「狭い店内ではございますが、どうぞ完食までごゆっくりおくつろぎください」
「夜行バスのアナウンスか! 言われなくてもゆっくり食うわ!」
トレーに乗ったチーズバーガーセットを持って席に向かおうとすると、心音の泣きそうな声が聞こえてきた。
「店長〜! それだけはほんと勘弁してください〜!」
「いやだって川本さん、今めっちゃふざけてたよね? いきなりざる蕎麦のオーダー入った時は目を疑ったよ?」
そうだ。こいつがバイトを転々としてるのには、れっきとした理由がある。
心音は何故か俺が行く先々でバイトをしていて、俺が客として行く度にこんな対応をしている。そしてそれがバレた瞬間、必ずこんなセリフが飛んで来る。
「とにかく君は今日でクビ! 明日から来なくていいから!」
「ええ〜!?」
あーあ。何回目だよ。また次のバイト先探さねえとな、心音。
チーズバーガーを齧る俺に、心音が恨めしい目を向けてくる。いやお前のせいだからね?