表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

■1■ 10月15日(水) サイコメトリー

 死神との対決が終わった翌日。放課後になるとすぐに、花園アソートのメンバー四人は屋上階段の踊り場に集まっていた。幸恵ちゃんは少し遅れてから来るらしい。


「死神は、倒せたのかな?」


 踊り場から屋上へと続く階段を見上げて確認する。紫雷炎の炎は建物にはまったく影響を与えておらず、古臭く汚れた壁があるだけで、昨日この場所で死神と戦ったのが嘘のようだった。


「今はもう何も感じないので、少なくともこの場にいないことは確かだと思います」


 慎重に言葉を選びながら寧音は答えた。


 この場にはいない……逃げられた可能性もある、ということだろうか。


「でも……」


 少し考える仕草をしてから寧音は続ける。


「死神は、十三段目に踏み込んだ生徒をその鎌で殺めて糧にしています。優耶さんが死後、賢君の側にいられたことを考えると、優耶さんは死神の糧にはなっていません。おそらく、呪いでは魂を得ることができないのでしょう」


 死の宣告を積極的に使わない理由は、そのあたりにあるのかもしれない。寧音は続ける。


「なので、死神はこの学園に来てから、一つも魂を得られていないことになります。そのため、他の学校に逃げるだけの力は残っていない……と信じたいですね」


 消滅した可能性は高いが、断言はできない……というのが結論みたいだった。


「そっか……」


 優耶だったら、どう考察するだろう? 寧音とは違った結論になるのだろうか? いや、優耶はもういないのだから……これからは、自分で考えて、自分で判断できるようになっていかないといけないんだ。


(優耶……)


「ん? 何だこれ?」


 踊り場を見て回っていた和十が、隅の方で立ち止まる。


「どうしたの?」


 僕が尋ねると和十は少しかがみ、壁際に落ちていた物を拾い上げた。それは黒と白が帯状に分かれた、五センチほどの鋭い金属だった。


「それは、死神が持っていた大鎌の破片だと思います」


 言ったのは寧音だった。死神と寧音がせめぎ合った時に欠けた、大鎌の先端だろう。


「えっ! マジかよ!?」


 和十は手の上に乗せていた破片を、指で摘まむようにして持ち直す。


「今は何の霊気も感じないので、普通に持ってても大丈夫ですよ」


 寧音は小さく笑いながら言った。


「いや、そんなこと言っても、変な怨念とかこもってそうでよ……」


 和十は怖そうにしながらも、まじまじと鎌の欠片を観察する。


「和十、ちょっとそれ貸して?」


 真知子が和十の側に歩いていく。


「えっ、大丈夫か? 寧音ちゃん、これ、本当に大丈夫か?」


 戸惑いながら寧音に再度確認する和十。


「ええ、心配いりません。それはもう、ただの金属です。でも……」


 寧音は何か気がかりなことがある様子で真知子に視線を向ける。


「大丈夫だよ、寧音ちゃん」


 真知子は表情を変えることなく寧音に向かって言った。


「そ、それならよ……真知子、尖ってるから気を付けろよ」


 和十はつまんだ鎌の破片を、真知子の手のひらの上にそっと乗せた。


「ありがと」


 言葉短くお礼を言うと、真知子はその破片に視線を落とした。


「……」


 鎌の破片に指先を乗せて軽く感触を確かめると、真知子は静かに目を閉じる。


(死神の鎌……)


 いったい、あの鎌で何人の命が奪われてきたんだろう。それは数人かもしれないし、数十、あるいは二桁では足りないかも知れない。多くの悲しみを生んできたであろう死神の鎌だ。そして何より、その死神が、まだどこかに存在しているかも知れない……。


 しばらくすると、真知子は小さなケースを取り出し、鎌の破片をその中に収めた。


「怪我したら危ないから、後できちんと捨てておかないとね」


 そう話す真知子の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「真知子?」


 僕が話しかけると、真知子は僕らに背を向けた。


 真知子の涙を見るのなんて、いつぶりだろう……幼い頃はよく笑ってよく泣いて、喜怒哀楽の感情が全身から溢れ出ているような子だった。最後に真知子の涙を見たのは、小学校低学年の頃まで遡るかも知れない。それくらい長い間、真知子の涙なんて見ていなかった。それなのに……。


 不意に真知子は踏み出すと、ゆっくりと階段を上り始めた。一段一段、踏みしめるように階段を上り続ける。真知子の顔は見えなかったが、まだ涙を浮かべているのだろうか……。


「……」


 真知子は何も言わず、ゆっくりと上っていく。僕も、和十も、寧音も、みんな何も言わず、ただただ真知子が階段を上る姿に目を奪われていた。


 階段を上り終えると、真知子の動きが止まった。そして、ふんわりとと柔らかな動きで振り返ると、優しく明るい笑顔で、僕らのいる階下を見下ろした。


「……大丈夫だよ」


 真知子の声は穏やかだった。その瞳には、もう涙はなかった。


「大丈夫って、どういうことだよ?」


 和十が真知子に問いかける。


「言葉通りの意味だよ。もう大丈夫。十三段目の死神は……この世から、消滅したよ」


 真知子は、確信めいた何かを言外に含ませながら、そう断言した。


「花園学園七不思議……これにて全て、解決しました!」


 明るい日差しが窓から差し込み、真知子を照らす。その陽気に負けないくらい元気で眩しい笑顔で、青山真知子は花園学園七不思議の解決を宣言した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ