■1■ 10月15日(水) サイコメトリー
死神との対決が終わった翌日。放課後になるとすぐに、花園アソートのメンバー四人は屋上階段の踊り場に集まっていた。幸恵ちゃんは少し遅れてから来るらしい。
「死神は、倒せたのかな?」
踊り場から屋上へと続く階段を見上げて確認する。紫雷炎の炎は建物にはまったく影響を与えておらず、古臭く汚れた壁があるだけで、昨日この場所で死神と戦ったのが嘘のようだった。
「今はもう何も感じないので、少なくともこの場にいないことは確かだと思います」
慎重に言葉を選びながら寧音は答えた。
この場にはいない……逃げられた可能性もある、ということだろうか。
「でも……」
少し考える仕草をしてから寧音は続ける。
「死神は、十三段目に踏み込んだ生徒をその鎌で殺めて糧にしています。優耶さんが死後、賢君の側にいられたことを考えると、優耶さんは死神の糧にはなっていません。おそらく、呪いでは魂を得ることができないのでしょう」
死の宣告を積極的に使わない理由は、そのあたりにあるのかもしれない。寧音は続ける。
「なので、死神はこの学園に来てから、一つも魂を得られていないことになります。そのため、他の学校に逃げるだけの力は残っていない……と信じたいですね」
消滅した可能性は高いが、断言はできない……というのが結論みたいだった。
「そっか……」
優耶だったら、どう考察するだろう? 寧音とは違った結論になるのだろうか? いや、優耶はもういないのだから……これからは、自分で考えて、自分で判断できるようになっていかないといけないんだ。
(優耶……)
「ん? 何だこれ?」
踊り場を見て回っていた和十が、隅の方で立ち止まる。
「どうしたの?」
僕が尋ねると和十は少しかがみ、壁際に落ちていた物を拾い上げた。それは黒と白が帯状に分かれた、五センチほどの鋭い金属だった。
「それは、死神が持っていた大鎌の破片だと思います」
言ったのは寧音だった。死神と寧音がせめぎ合った時に欠けた、大鎌の先端だろう。
「えっ! マジかよ!?」
和十は手の上に乗せていた破片を、指で摘まむようにして持ち直す。
「今は何の霊気も感じないので、普通に持ってても大丈夫ですよ」
寧音は小さく笑いながら言った。
「いや、そんなこと言っても、変な怨念とかこもってそうでよ……」
和十は怖そうにしながらも、まじまじと鎌の欠片を観察する。
「和十、ちょっとそれ貸して?」
真知子が和十の側に歩いていく。
「えっ、大丈夫か? 寧音ちゃん、これ、本当に大丈夫か?」
戸惑いながら寧音に再度確認する和十。
「ええ、心配いりません。それはもう、ただの金属です。でも……」
寧音は何か気がかりなことがある様子で真知子に視線を向ける。
「大丈夫だよ、寧音ちゃん」
真知子は表情を変えることなく寧音に向かって言った。
「そ、それならよ……真知子、尖ってるから気を付けろよ」
和十はつまんだ鎌の破片を、真知子の手のひらの上にそっと乗せた。
「ありがと」
言葉短くお礼を言うと、真知子はその破片に視線を落とした。
「……」
鎌の破片に指先を乗せて軽く感触を確かめると、真知子は静かに目を閉じる。
(死神の鎌……)
いったい、あの鎌で何人の命が奪われてきたんだろう。それは数人かもしれないし、数十、あるいは二桁では足りないかも知れない。多くの悲しみを生んできたであろう死神の鎌だ。そして何より、その死神が、まだどこかに存在しているかも知れない……。
しばらくすると、真知子は小さなケースを取り出し、鎌の破片をその中に収めた。
「怪我したら危ないから、後できちんと捨てておかないとね」
そう話す真知子の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「真知子?」
僕が話しかけると、真知子は僕らに背を向けた。
真知子の涙を見るのなんて、いつぶりだろう……幼い頃はよく笑ってよく泣いて、喜怒哀楽の感情が全身から溢れ出ているような子だった。最後に真知子の涙を見たのは、小学校低学年の頃まで遡るかも知れない。それくらい長い間、真知子の涙なんて見ていなかった。それなのに……。
不意に真知子は踏み出すと、ゆっくりと階段を上り始めた。一段一段、踏みしめるように階段を上り続ける。真知子の顔は見えなかったが、まだ涙を浮かべているのだろうか……。
「……」
真知子は何も言わず、ゆっくりと上っていく。僕も、和十も、寧音も、みんな何も言わず、ただただ真知子が階段を上る姿に目を奪われていた。
階段を上り終えると、真知子の動きが止まった。そして、ふんわりとと柔らかな動きで振り返ると、優しく明るい笑顔で、僕らのいる階下を見下ろした。
「……大丈夫だよ」
真知子の声は穏やかだった。その瞳には、もう涙はなかった。
「大丈夫って、どういうことだよ?」
和十が真知子に問いかける。
「言葉通りの意味だよ。もう大丈夫。十三段目の死神は……この世から、消滅したよ」
真知子は、確信めいた何かを言外に含ませながら、そう断言した。
「花園学園七不思議……これにて全て、解決しました!」
明るい日差しが窓から差し込み、真知子を照らす。その陽気に負けないくらい元気で眩しい笑顔で、青山真知子は花園学園七不思議の解決を宣言した。