■2■ 10月14日(火) 保健室
「これで終わった……ってことでいいのか?」
和十が口を開く。三階から一階に降りた僕達は、しばらく保健室で休むことになった。いつものように、コの字型に並ぶソファにみんなで座る。
「今はまだ分かりません……明日、明るいうちにみんなで確認しに行きましょう」
寧音が言うと、みんな小さく頷いた。疲労の激しかった寧音だが、だいぶ回復してきたみたいだ。僕も自分で歩けるくらいには回復したが、まだ全身が鉛のように重く、動くのはしんどかった。
「みんな、お疲れ様」
保科先生が、ホットミルクの入ったマグカップをみんなの前に順番に置いていく。
「はい、幸恵さんも頑張ったわね」
「ありがとうございます」
幸恵ちゃんだけ、保科先生から直接マグカップを受け取る。そのまま全員分のマグカップを真ん中のテーブルに置き終えると、保科先生も静かにソファに座った。
「幸恵ちゃんが来てくれて助かったよ、ありがとう」
「いえ……」
僕が言うと、幸恵ちゃんは表情一つ変えることなく、手にしたマグカップにそっと口をつけた。
「……」
みんな何を話せばいいのか分からないのか、一瞬の沈黙が流れる。
「そういえば幸恵ちゃんの護符、初めて見るものだったね」
僕は再び幸恵ちゃんに話題を振った。
「はい。あれは縛雷符の強化版で、縛雷符と同じく捕縛に特化した霊符です」
マグカップを大事そうに手に持ったまま、幸恵ちゃんは淡々と説明する。
「縛雷符より強力な分、扱いも難しいので、そう多く使えるものではありませんが」
そう言って、幸恵ちゃんは再びマグカップに口をつけた。
「あっ、そうそう! 護符を投げる時ってすごくカッコいいよね! こう、縛雷符ー!って。なんか必殺技みたい!」
話題に乗ってきた真知子は楽しそうに言う。
「霊符の名前を言うのは、使用する上で必須ではないのですが」
「えっ、そうなの?」
真知子が聞く。確かに寧音の呪文とは違って、言葉に出したから何かあるというわけでもなさそうだけど。
「言葉で言わないと、他の人には使用された霊符の種類が分からないと思うので……」
「んー、どういうこと?」
真知子は興味津々と言った表情で幸恵ちゃんを見る。幸恵ちゃんはそんな真知子を一瞥すると、マグカップをそっとテーブルの上に置いた。
「悪霊と戦う時は、一刻一秒を争う場面も多くなります。霊符により霊が今どんな状態に陥ったのか、そして次の挙動をどうするのか……それを各々に瞬時に判断してもらう必要があります。何の霊符を使ったのかが分からないと、霊が今どんな状態にあり、この後どう連携すればいいのか、他の人が瞬時に判断できません。なので、使った霊符の種類は周囲に伝えなければいけません。私の場合は、既に半分癖みたいになってますけどね」
幸恵ちゃんは淡々と説明してくれた。こんなに話してくれたのは初めてかも。
「そっかー、てっきりカッコいいからって理由で言ってるのかと思ってたよ」
「真知子先輩の感覚を私に当てはめないでください」
驚いて目を見開く真知子に対して、幸恵ちゃんはやや冷たい視線を向けた。
「前から気になってたんだが……真知子と幸恵ちゃんって、どーいう関係なんだ?」
それまで二人のやりとりを黙って見ていた和十が口を開く。
「なんか妙に親しげっつーか……呼び方だって、真知子はさっちゃんなんて呼んでるし、幸恵ちゃんも真知子のことだけは真知子先輩って名前で呼ぶよな?」
和十は真知子と幸恵ちゃんを見比べながら言った。
「さっちゃんと私? 従姉妹だよ」
「マジで!?」
「うん、マジマジ。みんなには言ってなかったっけ?」
「ハハッ、聞いてねーよ」
朗らかに笑いながら言う和十。
保健室に来た時はみんな緊張した面持ちだったが、別れる頃には明るい笑顔も見せるようになり、その日の僕達は和やかな雰囲気で解散した。