■1■ 10月14日(火) 十三段目の死神
放課後、日没の時刻。僕たち四人は、旧校舎の三階、屋上へ通じる階段の前にいた。廊下にある蛍光灯が、暗い階段を不気味に照らしている。
「死神のいる階段って、旧校舎の方だったんだね」
僕が言うと、真知子は小さく頷く。
「そうね。この階段は保科先生が手を回してくれて、今までずっと閉鎖されてたから」
死神のいる屋上階段は、真知子が七不思議を語った新校舎の方ではなく、旧校舎の方の階段だった。
「俺も手伝いたいところだけど、今回ばっかしは役に立てそうにないからな……賢も寧音ちゃんも、気をつけてな」
「うん、ありがとう」
今回、和十と真知子は三階で待機し、僕と寧音の二人だけが死神のところへ向かうことになった。
「賢、寧音ちゃん……無事に帰って来てね」
「ええ、必ず」
真知子の言葉に、寧音は力強く頷いた。
「それじゃあ、いくよ」
僕と寧音は縦に並び、ゆっくりと階段を一段ずつ上がり始めた。
踊り場までの階段は十二段、そこから屋上までが十二段というのは新校舎と同じだ。
(一、二、三……十一、十二)
踊り場に到着した。振り返ると、すぐ後ろに寧音がいて、三階には和十と真知子の姿が見えた。
「賢君、ちょっと待って」
「んっ?」
踊り場から屋上に向かおうとした時、寧音に引き留められ、僕はいったん立ち止まった。寧音はその場で目を閉じ、指を組み、小さな声で呪文を唱え始める。
「祓え給い、清め給え、神ながら守り給え……」
すると、暖かい風が僕と寧音の周囲を巡り、ふっと消えていくのを感じた。
「これは……?」
「霊力による障壁です。簡易なものではありますが、多少の攻撃は和らげてくれると思います」
「なるほど、ありがとう」
軽く深呼吸して、さらに屋上の階段を目指す。呼吸が荒くなっているのが自分でも分かる。心臓の鼓動も速くなっている。緊張しているようだった。しかし、不思議と恐怖はあまりなかった。感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
(一、二、三、四……)
踊り場から屋上に向かって上っていく。真知子と和十の姿が見えなくなった。
(……十一……十二…………)
そこには、もう一段あった。十三段目だ。目の前に突きつけられた現実は、なんだか現実感がなかった。でも、これは現実なのだ。見渡すと、十三段目があること以外、特に変わったところはない。ただただ段数が多い、それだけだった。縦横それぞれ四メートルほどのスペースが広がっており、奥には屋上へと通じる重々しい開き戸がある。放課後の旧校舎は静けさが漂い、屋上への扉はまるで地獄の門のように感じられた。
(しばらくこのまま、様子を見るか……?)
こんな時に優耶がいれば、どんなに心強かっただろう、と思う。
もう優耶はいない。しかし、優耶は死神についての情報を寧音に残してくれていた。まず、死神が現れるのは日没前後の時刻。そして、住処としている十三段目のエリアから外に出ることはできないらしい。基本攻撃は手にした大鎌による直接攻撃だが、死神と対峙した人が鎌による攻撃の範囲外に逃げようとすると、直接攻撃をやめて死の宣告に切り替える。そしてこの呪いをかけれられる範囲は、死神の視界が届く範囲に限られるらしい。優耶は一時撤退を試みたが、撤退に手間取ってしまい、この呪いを身体に刻み込まれた。勝てないと判断して逃げる場合も、死神の身動きを封じた上で速やかに撤退する必要がある、とのことだった。
耳を澄ますと、どこからか、ぴちゃん、ぴちゃん、という水の滴る音が聞こえた。僕は、再度ゆっくりと辺りを見回す。後ろを振り向くと、警戒の眼差しで周囲を窺う寧音の姿があった。
(この音はどこから……)
視線を十三段目の方に戻すと、いつの間にかそこは黒い液体で満たされていて、まるで沼のようになっていた。天井からその床に向かって、ぴちゃん、ぴちゃん、と水滴が落ちている。
「賢君……います。十三段目には絶対に踏み入れないでください」
そう言いながら、寧音も僕と同じ十二段目に上ってきた。
ぴしゃっ……その時、急に床の液体が弾けた。こぽこぽとまるで沸騰でもしているかのように大きな泡が底から沸いてくる。再びぴしゃっとはねた液体が僕の頬に当たった。不快な感触が頬を垂れる。手で頬をさすると、黒い液体が指についた。魔の十三段目に満たされた液体……それは血液だった。
(来る……)
本能が警鐘を鳴らす。何が来るのかは分かっている。覚悟もしてきたはずだった。しかし、その覚悟を試すように、重々しい威圧感が迫ってくる。僕はその場を動くことも出来ず、ただじっと見ていることしかできなくなっていた。そんな僕には構わず、血の沼には次から次へと泡が湧き上がっては跳ねる。ぱしゃっ、ぱしゃっと僕の服に繰り返し跳ねた血で、僕の服は赤黒く染まっていった。
こぽ、こぽ……血の泡が次々に弾けていく中、黒々とした布が水面に現れた。それが白い煙と共に、ゆっくりと上昇していく。一メートルほど水面から出たところで、その布がフード付きのマントであることが分かった。
(死神……)
絵画に宿った悪霊が具象化した存在──幸恵ちゃんの言葉が脳裏に蘇る。
はらりとフードが揺れ、隠れていた死神の輪郭が僅かに見えた。それは、白骨化した頭蓋骨だった。くぼんだ目に光はなく、深い闇を宿している。そのまま浮かび上がるようにしてゆっくりと全身が現れていく。その右手には、刃渡り一メートルはあろうかという、湾曲した巨大な鎌が握られていた。白い煙を発しながら少しずつ姿を現す死神に対して、ただただ見続けることしか出来なかった。最後に足からつま先まで現れると、そのままふわりと浮き上がり、血の沼に円形の波紋が広がる。体長は二メートルほど、全身に白い煙を纏い、人骨に布マントを身につけただけの無機質な死神が、僕と寧音を悠然と見下ろしていた。鎌の刃先からはぽたぽたと絶え間なく血が滴り落ち、血の沼に絶え間なく波紋を広げている。
(……)
完全に圧倒的されてしまっていた。血の沼から湧き上がってきたそれは、紛れもなく死を司る神の佇まいであった。
(神……じゃない、ただの悪霊っ……!)
必死に自分に言い聞かせたが、鼓動はますます早くなり、喉はカラカラに乾いていく。気休めにもならなかった。死神は、そのくぼんだ目で僕と寧音を順番に見ると、僕達に向かって大きく鎌を横に振った。
「……!」
僕の首を狙ったその鎌は、途中で僅かに軌道を変え、僕の目の前を通り過ぎていく。直後、その鎌は大きく弾き返された。
「賢君、しっかりっ!」
寧音が叫び、僕は我に返った。
(今……死んでた?)
明らかに僕の首を狙い、僕の首に届いていたであろう鎌は、僕の前を通り過ぎた後、寧音の霊薙によって弾き返されたようだった。当たる直前で軌道が変わったのは、おそらく寧音が事前に張ってくれた障壁のお陰だろう……それがなければ、僕は一瞬で死んでいたに違いない。
「祓え給い、清め給え……」
寧音が霊薙を横に振り流していくと、一筋の光が死神の前に現れ、死神がひるんだ。寧音は、そのまま僕の胸の前に霊薙をかざした。
「賢君、下がってください」
寧音に言われ、僕は死神に顔を向けたまま後ろ向きに一段ずつ下り、死神との距離をとる。
(隙をついて、紫雷炎を当てられれば……)
少しひるんだ死神は、寧音を視界に捉えると、寧音に向かって巨大な鎌を振り下ろした。寧音は霊薙を正面に構え、その場から動かずに鎌を弾き返す。
「神ながら守り給え……」
寧音が言いながら霊薙を自身の前で振り払う。直後に再び死神が鎌を振り下ろしてきたが、今度は寧音の少し手前で弾き返され、鋭く大きな音と共に火花が散った。
「賢君、守護結界を張りました。今のうちに紫雷炎を」
僕はこくりと頷いた。指先に神経を集中させる。少し前まで緊張で動けなかったが、一度死線をくぐったことで不思議と緊張がほぐれ、気分が落ち着いていくのが感じられた。
(うん、いける……)
左右の手の間に電撃が走り、黒紫の炎が一瞬で勢いよく現れる。前に出た時よりも明らかに大きい。サッカーボール大の核心を包むように、外炎が激しく燃え盛っている。そのまま両手を死神に向け、照準を合わせた。
(いけ……!)
指先で軽く勢いをつけて、死神に向けて紫雷炎を放った。黒と紫が入り乱れた炎は寧音の横を通り抜け、死神へと向かっていく。慣れてきたからか、スピードも以前より上がっている気がした。死神は少し下がって僕と寧音から距離を取ると、鎌でそれを切り裂こうとした。しかし、紫雷炎は微かに揺らめいただけで軌道は変わらず、そのまま死神へと向かっていく。
「臨狐闘狼倶現率在前!」
寧音が唱えると、死神の周囲に黄褐色の渦が生じ、死神の逃げ道を塞いだ。死神は逃げられないことを悟ったのか、全身をマントで覆い隠した。紫雷炎はそのまま死神のマントに直撃して燃え上がり、死神はその全身を炎に包まれた。
「やった!」
紫雷炎が死神に直撃し、思わず声が出る。激しく燃え続ける死神から、ポタポタと何か液体のようなものが床に落ちていくのが見えた。固唾を呑んでその様子を凝視する。炎の勢いはみるみる増していき、死神の姿は炎の中に消えて見えなくなった。その炎は勢いを保ったままゆっくりと高度を下げていくと、最後は血の沼に落ち、黄褐色の渦と共に静かに消えた。
「……終わった」
一気に緊張感が緩む。僕はその場で膝に手をつき、中腰になった。
「いえ、まだです!」
「え?」
寧音の言葉の直後、僕の頭上で風を切る音がして、僕の意識は一気に現実へと引き戻された。驚いて見上げると、ひらひらとマントを揺らし、目には深い闇を宿した死神が静かに僕を見下ろしていた。
「ど、どういうこと? 紫雷炎が直撃したんじゃ……」
確かに、確実に、直撃した。燃え盛る炎の中で、死神は消滅したはずだった。
しかし、一抹の不安が頭をよぎる。
(本当に、直撃してたか……?)
確かに、直撃はした。
(でも、どこに直撃した? まさか……マントで防がれた?)
僕は目の前の現実を受け入れられず、愕然とする。そんな僕の目の前で、死神は鎌を高く振り上げた。
(紫雷炎が効かない……勝てない……)
僕の頭を目掛け、死神は勢いよく鎌を振り下ろす。
「賢君、しっかりしてください!」
キィィンという甲高い音と共に、寧音は死神の鎌を霊薙で弾き返す。
「寧音……」
「紫雷炎……もう一度、いけますか?」
そう言って寧音は霊薙の切先で大きく円を描き、僕の目の前に楕円形の鏡壁を作る。これは寧音ではなく、僕を守るための鏡壁だ。
(寧音はまだ、諦めてない……)
紫雷炎を使った後の疲労はあったが、以前ほど激しくはなかった。これも慣れだろうか。
「うん。もう一発だけなら、いけると思う」
僕は少し気だるさの残る身体に鞭打ち、立ち上がった。
「それでしたら、しばらくわたしが防いでおきます。回復したら、機を見てもう一度放ってください。それで倒せても倒せなくても、紫雷炎を放ったら即座に撤退です」
「うん、分かった」
僕の首を狙って横薙ぎに振るわれた鎌を、寧音は勢いよく跳ね返す。
単に逃げるだけでは死の宣告を受けてしまう。死神を倒せなくても、紫雷炎で怯ませた上で撤退……僕と寧音が生還する道は、それしかなかった。
僕が紫雷炎の準備をしようとした時、振り下ろされた鎌を弾いた寧音が、一瞬バランスを崩した。それを見た死神はすーっと寧音から離れていき、距離をとる。そして鎌を持つ手とは反対側の手を高く掲げると、その手の周囲に黒い煙が渦巻き始めた。
(あれは……)
事前に聞かされていた動き……死の宣告だ。
「寧音、黒輪だっ!」
死神の手に集まった黒い煙が、少しずつ円形に収束していく。
「臨狐闘狼倶現率討是っ!」
寧音は早口で九字を唱えながら、霊薙の切先を死神の手へと向けた。それと同時に黄褐色のらせん状の渦が霊薙の切先から放たれる。その渦は死神の腕に直撃し、死神の腕から先が吹き飛ばされた。一度収束しかけた黒い煙も、それに伴って霧散していく。
(撤退しようとしたわけでもないのに、どうして……)
考える間もなく、死神は再び距離を詰めてきた。僕の首を目掛けて再び横薙ぎに振るわれた鎌を、寧音は強く上に弾き返す。片腕になっても、死神の攻撃の勢いが止まることはなかった。
(この死神、僕ばっかり……)
少し前から、死神の攻撃パターンが変化していた。悠然と構え、平静を保っているように見える死神だが、寧音よりも僕に対しての攻撃が増えている。撤退しようとしたわけでもないのに、死の宣告を使おうとしている。
(どうして……?)
死の宣告を次に使われたら、防げるかどうか分からない。寧音が防げない場合は、僕が紫雷炎で防がないといけなくなるかも知れない。
焦りと不安が心を覆う。気持ちが乱れる。こんな時に優耶がいてくれれば……優耶なら、この状況をどう考えるだろう……?
(優耶なら……)
そう思った時だった。
……死神は、紫雷炎を恐れている……
頭の中に、不思議な声が降りてきた。これは優耶の声だろうか、僕の声だろうか、区別がつかなかった。
(そっか……怖いんだな、紫雷炎が)
一度は防がれ、紫雷炎が効いていないと不安になった。しかし、そんなことはなかった。紫雷炎は、確実に効いている。そして、死神はもう一度紫雷炎を受けることを恐れている。片腕を吹き飛ばされても尚、寧音の攻撃よりも紫雷炎を恐れている。あのマントは、万能じゃない。
(勝ち目は……ある)
そう思うと、すーっと心が静まり落ち着いていくのを感じた。焦りも不安も戸惑いも、全てなくなった。
(明鏡止水……次は、確実に……)
目を閉じて全身の感覚を探る。微かではあるが、頭のてっぺんから足の指先まで、全身を流れて循環する力を感じる。これが、いわゆる霊力というものなのだろうか。何度か紫雷炎を出したことはあるが、こんな感覚は初めてだった。
(まだ足りない)
先ほどの紫雷炎よりも強く……次はマント如きで防がれるわけにはいかない。どれだけ強いマントなのかは知らないが、それも含めて全て焼き尽くすくらいの勢いが欲しい。
(まだ……)
うっすらと目を開ける。死神はその鎌で僕の首を狙ってきているが、寧音が薙ぎ払い、弾き、更に反撃を加えている。しかし、寧音は死神に押され始めていた。額に汗を浮かべ、呼吸も荒い。僕の目の前にある鏡壁も、寧音が防ぎきれなかった死神の攻撃で少しずつ削られている。死神は寧音を狙うのではなく、ひたすらに僕だけを狙ってきている。僕だけに、固執している。死神にとって、よっぽど紫雷炎がトラウマになったんだろうな。
(一、二、三……あと少し……)
その時、パリンと割れる音がして、僕の前に張られていた鏡壁が完全に破られた。僕と死神の間の障害が何もなくなり、死神はひらりと大きくマントを揺らす。
「賢君……」
肩で息をしながら、寧音が僕の方を見る。
「うん、大丈夫」
両手を広げると、いつものようにバチッと電気が走る。しかし、紫雷炎は出てこない。
「えっ!?」
僕の様子を見た死神は、僕が再び紫雷炎を出そうとしているのが分かったのか、鎌を今までよりも高く高く振り上げると、そのまま勢いをつけて振り下ろした。
「……っ!」
寧音は死神の鎌を霊薙で受けたが、弾き返すことができない。僅かに力負けしており、もう限界が近いようだった。
死神は力押しで寧音の霊薙を破壊しようとする。鋭く甲高い音がしたかと思うと、死神の鎌の先端が折れ、地面に欠片が落ちた。それにも構わず、死神はその先端の欠けた鎌で、強引に寧音の霊薙を破壊しようとより一層強く鎌を押し込んでくる。
(出ろ……出ろっ!)
指先に神経を集中し、何度も紫雷炎を出そうと試みる。しかし、いつもなら既に出ているはずの紫雷炎が、なかなか出てこない。こんなことは初めてだった。
(どうして……!)
「賢……君……!」
寧音は既に限界のようだった。死神の鎌が、徐々に僕に近づいてくる。寧音も僕も、ここで死神に殺されるのか……悔しさがこみあげてくる。
(せめて、寧音だけでも……)
そう思った時だった。
「蛛雷符っ!」
聞き慣れた声と共に背後から飛んできた護符が、死神の頭に張り付いた。その直後、死神を中心として壁や天井に届くほどの広範囲に細かい網目状の電撃が発生し、死神は攻撃の手を止めて苦しみ始めた。
そしてその直後、バチバチバチッというけたたましい音と共に、天井に届きそうなくらいに高く激しく燃え盛る、今までとは比較にならないほど巨大な紫雷炎が出現した。
「動きは止めましたが、十秒持つかどうか……急ぎ撤退しましょう」
背後から聞こえる声……幸恵ちゃんだ。
(十秒……いけるか)
僕は静かに両手を死神に向ける。これが最後だ。これで、確実に仕留める。
「いけ……!」
僕の手から放たれた紫雷炎は、前回よりも更に速い速度で死神へ向かっていった。同時に、全身の力が一気に抜ける。
「あ……」
そのまま後ろに倒れてしまいそうになったが、背中をしっかりと支えられた。
「幸恵ちゃん……ありがとう」
紫雷炎は死神の胸の真ん中に直撃し、巨大な炎が立ち上った。その炎は血の沼全体に燃え移り、一斉に広がって激しく燃え上がる。
「春日先輩、歩けますか?」
「ごめん、ちょっと無理かも……」
「分かりました、肩を貸します。桂木先輩は?」
「わたしは、大丈夫」
幸恵ちゃんの言葉に寧音は力強く頷く。寧音も満身創痍だったが、自分で動く余力はあるようだった。
「賢君、私も肩を貸します。急ぎましょう」
「うん、ありがとう」
寧音に促され、寧音と幸恵ちゃんに支えられながら、僕は辛うじて階段を下り始めた。
踊り場に辿り着き、そこからさらに下っていく時、ふと十三段目を見る。紫雷炎の炎は天井まで覆いつくすほど激しく燃え盛っていた。死神の姿は見えない。
(倒せた……のか?)
しかし、確認している暇はない。早く逃げないと……。
三階に視線を向けると、心配そうな顔をした真知子、和十、そして保科先生がいた。
「賢! 寧音ちゃん! さっちゃん!」
真知子の声を聞いて、生還できた実感が湧いてくる。
(帰れたんだ……)
僕は寧音と幸恵ちゃんに支えられながら、一段一段、階段を下りていった。