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放課後心霊クライシス ~花園学園七不思議~  作者: 霧南
第四章:踊り場の鏡の怪
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■2■ 10月9日(木) 保科真理

 お礼もそこそこに別れてしまったため、解散する前に夕霧さんと保科先生に改めてお礼を言ってから帰ろうという話になったが、夕霧さんは既に帰宅してしまっていた。その足で保健室に向かい、ドアを開けると、保科先生は薬品棚を整理しているところだった。


「あら、みんなお揃いで。今はちょうど誰もいないから、中にお入り」


 くりっとした目に丸みを帯びた黒縁眼鏡の、どこか子供っぽさが残る先生だ。


「失礼します」


 軽く言いながら一人ずつに保健室へ入っていく。


「無事、解決できたみたいね。とりあえず座って話しましょうか」


 保科先生は保健室の奥、窓に近い場所にあるソファーへと僕たちを案内した。


 コの字型に並んだソファーの窓側にあたる奥に真知子と寧音が座り、僕と和十は後ろ側のベッド近くに座る。保科先生は寧音や真知子と向かい合う形で廊下側に座った。


「さて……いろいろ気になってることがあるみたいだから、質問に答える形で進めていきましょうか。何から聞きたい?」


 保科先生は会話の主導権をこちらに託してくる。


「それなら先生、なんであんなにタイミングよくヒトガタを持って来てくれたんスか?」


 最初に口を開いたのは、和十だった。


「まずはそれね。とある生徒から、踊り場の鏡で大変なことが起きてるって話を聞いたのよ。それで詳しく状況を聞いて、ヒトガタが必要になる可能性が高いかな、って思って」


 とある生徒って……あの場にいたのは僕たち四人と彼女……幸恵ちゃんか?


 霊を縛り付けた後、さっさと帰ってしまったと思っていたが、保科先生に相談しに行っていたのか。


「それで、たまたまあなた達が図書館に入っていくのを見かけたら、声をかけたってわけ」


 なんとなく経緯は分かった。でも、どうして保科先生に? 幸恵ちゃんと保科先生の関係は? など疑問は残るが、他人同士の関係を詮索するのは、少し抵抗があるな……。


「えーっと、私、鏡の中に閉じ込められてた間の記憶はないんだけど……先生は霊能者か何かなんですか? 霊を閉じ込められるようなヒトガタなんて、普通の人がすぐに準備できる物でもないですよね?」


 真知子が聞く。保健室へ来る道すがら、真知子を助け出すまでの経緯について、真知子には軽く説明してあった。もちろん、幸恵ちゃんのことは伏せて。


「そうね。わたし自身、霊感や霊能力があるのは確かだし、いわゆる霊能者と思ってもらって構わないわ」

「そうなんですか?」


 僕は思わず聞き返す。保科先生は僕に視線を向けると、小さく頷いた。


「えぇ。今はもう昔ほどの霊感も霊能力もないから、半分引退したようなものだけど。ただ、昔はそれなりに修羅場もくぐってきたから、心霊現象に対する経験だけなら少なからずあるわよ」


 保科先生は少し自信ありげに言う。幸恵ちゃんが先生に相談しに行ったのは、自分よりも経験豊富な先生を頼ったということか。少し前に抱いた疑問が、少し解消された。


「気になってることは、だいたい聞けたかしら?」


 保科先生は僕たち四人を見渡しながら言う。


 幸恵ちゃんと保科先生の関係は少し気になったが、この場で聞くのはやめた。幸恵ちゃん自身が明確に詮索されるのを嫌ってるし、それにも拘らず彼女は何度も僕たちを助けてくれている。今回も、できれば幸恵ちゃんは寧音や和十の前に姿を見せたくなかったはず……だと思う。その幸恵ちゃんに対して、陰から詮索するのは、一種の背徳行為に思えた。それに、真知子がいる前で幸恵ちゃんの名前を出すわけにもいかないし。幸恵ちゃんに関することは、機会があれば直接幸恵ちゃんから聞くことにしよう。話してくれれば……だけど。


「それじゃあ、わたしの方から大事な話……と言うよりお願い……いや、依頼があるのだけど、いいかしら?」


 そう言って保科先生は真面目な表情になる。


「依頼……ですか?」


 寧音が聞き返す。


「そう。あなたたちがしていること……この学園の七不思議を順番に調査して解決していってることは知ってるわ」

「そ、それは……」


 真知子が少しばつの悪そうな表情になる。


「先生として、生徒が危険なことに関わるのは避けてほしいと思ってはいるけど、今はあなた達のやっていることに口出しはしないわ」


 先生の口から出てきたのは意外な言葉だった。真知子も意外そうな顔で保科先生を見る。


「そうしますと、その依頼というのはどういったものなのでしょう?」


 寧音に尋ねられると、保科先生は困ったように手のひらを頬に当てて目を閉じる。


「その七不思議についてよ。この保健室の七不思議の解決を、あなたたちにお願いしたいと思って」

「えっ?」


 四人全員の驚きの声が被る。


「あなたたちも、この保健室の七不思議のことは知ってるわよね?」


 そう言って、保科先生は姿勢を正す。先生の真剣さが伝わってきた。


「はい」

「この学園の七不思議は数十年おきに周期的に発生するのだけど、その内容は変わることが多いのは知っているかしら?」

「いえ……」


 確かにプールの時は、音だけでなくて人影も出てきたけど。


「場所はほとんど変わらないのだけど、その内容はまったく別物になることも珍しくないのよ」


 保科先生は、過去の七不思議についても詳しく知っているようだった。


「今から三十年以上も前になるかしら。前回の周期の時に七不思議を解決したのは、当時この学園の生徒だった、わたしの母なの」

「そ、そうなんですか!?」


 思わず僕が言うと、保科先生は小さく頷く。


「だから、この学園の七不思議については、母からよく聞いていたのだけど……」


 一呼吸おいて保科先生は続ける。


「今年の七不思議は、過去にあった七不思議よりも、どうやら傾向として凶悪さが増してるみたいなのよ。この保健室に出る霊も、過去のものよりもより凶悪なものになってるわ。それに十三段目の……」


 そこまで言って、保科先生の言葉が止まる。十三段目……保科先生も、屋上階段の死神のことは知っているのか。


「いえ、今はそれよりもこの保健室の話ね。この保健室に出る霊も、昔より凶悪なものになってるわ」

「……」


 微かに薬品の匂いが漂い、空調設備も整った、暖かみのある保健室。保科先生の言うような凶悪な霊がいるとはとても思えない、居心地のいい場所だった。


「あっ、今は護符で霊を封じているから、一切危険はないわ。安心してね」


 保科先生はにっこりと笑みを浮かべ、明るい声色で言う。僕たちを安心させようとしてくれているんだろう。


「ただ、少々問題が発生してしまって……」


 先生は少し声のトーンを落とす。


「問題、ですか」


 真知子が神妙な顔つきでつぶやく。


「あなたたち、この前の生徒新聞は見たかしら?」

「……」


 僕たちは顔を見合わせる。誰も見ていないようだった。そんな僕たちの様子を見て、先生は微苦笑する。


「新聞部の子達も頑張ってるから、たまには見てあげてね」


 そう言って真面目な顔に戻ると、保科先生は話を続ける。


「実は、一昨日の新聞に、学園七不思議の記事が特集されてしまったのよ」

「えっ?」


 全然知らなかった。一昨日と言えば火曜日……音楽室のピアノの一件を解決したのが月曜日だったから、その翌日か。


「学校全体に広まってるわけではないけど、一部の生徒の間では話題になり始めてるみたい。冷やかしや興味本位で、七不思議のスポットを訪れる人もちらほら出てきてるらしいの」


 そう言って、保科先生は小さくため息をつく。


「幸い、怪我や事故に巻き込まれた話はまだ聞かないけれど、この保健室にも、昨日から何人かの生徒が七不思議目的で訪れたわ」

「なるほど……」


 だんだんと先生の意図するところが見えてきた。


「さっきも話した通り、今この保健室は護符の効果もあって、安全を保ててるわ。でも、一部の生徒がその護符を見つけてしまったの。その時はうまく誤魔化したけど、この護符のことが生徒の間に広まるのも時間の問題だし、中には興味本位で剥がしてしまう人もいるかもしれない。それに……」


 まだ続きがあるようだった。


「不登校になってしまってる子で、保健室ならってことで学校に来てくれてた子も、七不思議や護符の話を聞いてしまったようで、保健室にはもう来たくないと言い出してしまって……」


 保科先生の顔がみるみる曇っていく。


「それで、この保健室の七不思議を、何とかして解決せざるを得なくなってしまったのよ」


 そう言って、保科先生は深くため息をついた。


「桂木さんや春日君の霊能力の話は聞いてるわ。危険を伴うことではあるけど、既に七不思議の半分を解決できたあなた達なら、おそらくこの保健室の霊にも対処できると思うの。だから……」


 保科先生は改まった真剣な表情になる。


「桂木さん、春日君……あなた達二人に、この保健室の霊を除霊してほしいの。お願い、できないかしら?」


 僕と寧音を交互に見ながら保科先生は言う。


「わたしは構いません」


 寧音は迷いなく答えると、僕に視線を向けてきた。


「僕も七不思議はもともと解決していく予定だったし、問題ないです」


 僕と寧音の答えを聞くと、保科先生の表情がパァッと明るくなる。


「ありがとう! それじゃあ、お願いするわね」

「んじゃ、俺も頑張って手伝わないとな!」

「あっ……」


 意気揚々と言う和十を見て、保科先生が気まずそうな表情を浮かべる。


「竜崎君、あと青山さん……悪いけど、今回はあなたたち二人を参加させるわけにはいかないわ」

「えっ、どうして!?」


 珍しくやる気に満ちた和十だったが、不満そうな表情で先生を見る。


「今まで経験してきて分かると思うけど、霊に対処するというのは大きな危険が伴うことなの。今回はやむを得ず桂木さんと春日君の手を借りることになってしまったけど、霊能力のない竜崎君と青山さんを危険な目に遭わせることはできないわ」


 やりきれない気持ちをぐっとこらえる和十と、静かに目を閉じる真知子。


「で、でもよ、そんなに危険ならなおさら、賢と寧音ちゃんの二人だけに任せておくのは心配っつーか……」

「安心して。春日君と桂木さんの二人だけじゃないわ。もう一人、心強い助っ人を頼んでいるから」


 そう言って保科先生は得意げに笑みを浮かべた。


「それにいざって時は、わたしがこの命に代えても、春日君と桂木さんの二人は必ず守ってみせるから」

「わ、わかったよ……」


 和十は納得したようだった。そんな和十を見て、真知子も静かに頷いた。


 保健室の除霊……真知子が語った七不思議だと、ベッドで寝てる霊というだけだったが。


 僕が思っている以上に、危険な悪霊退治になりそうだった。

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