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婚約者様の職業

作者: stenn

よろしくおねがいします。


 これはよくある話だ。


 煌びやかな舞踏会。華やかなドレスを来た少女はさめざめと泣き崩れるのを私は見ていた。


 可哀相な少女だ。婚約破棄されて、相手の浮気相手である私から見下されるんだもの。聴衆の面前で。


 あぁ。申し訳ないな。と私は扇で顔を隠す。多分周りは私の表情なんて気にも止めてないけれど。


 でもお金のためには仕方ない。


 目指せ。借金返済、我が家の復興。


 そして皆と一緒にまた暮らしたいな。




「うぃ――。お疲れ。ユーレア」


 町の酒場で私は思いっきりぶどうジュースを煽っていた。仕方ないね。未成年だし。目の前で帳簿を見ながらご機嫌で麦芽酒を飲んでいるのは私のお兄様である。


 跳ねた黒い髪と私と同じ黒曜石の黒い目。美形であるのに整った顔立ちを隠すようにして汚い外套を付けてる。


 ま。そうだよね。整った顔立ちなんてこの町では浮くし。そう言う私も厚底の眼鏡とだぶついた服。黒い髪は背中で纏めている。こちらの方が私には気楽なんですが。


「お疲れ様です。兄さま。上手くいって良かったです。ただ、殿方が可哀相ですが」


「ま、調査によるといい奴だもんな。アイツ。ん。大丈夫。俺が適当な令嬢見繕って紹介してやるよ。顔もそこそこだし。お前に振られた傷なんて直るだろ?」


 そういうものなのだろうか。


 私たち兄妹は『婚約破棄請負』を生業としている。所謂『別れさせ屋』。しかも貴族専門の。下種なのは知っている。ても仕方ない。子供の頃貴族であった私たちの家は没落した。そりゃもうきれいに。借金の肩で売られそうなところを兄がぎりぎりでこの商売を思いついたのだ。子供の浅知恵でも仕方ないよね。だって基本お貴族様の子供で他は何にも出来ないから。生きていくためには仕方なかったし――当時『政略結婚』で泣いている男女は腐るほどいたし。いや、今もいるんだけとね。


 基本は私(又は兄)が恋人役となって破棄させる事だ。違約金がとかなんだかいろんな事情が重なって、偶に相手を堕とすと言う事もしている。両親が痛むので滅多にしないけれど。あと私たちの精神も病むしね。


 ちなみに新しい出会いを望む方も多いので、一応紹介と言うこともやっていたりする。アフターフォローまで確りとが私たちの座右の銘だ。


 まあ世の中きれいごとばかりではないので殺されかけたことは何度かある……。本当に死ぬかと思った。


「まぁ、でもいい加減足を洗わないとは思ってるんだよな。ある程度金もたまったし、紹介事業も上手くいっているしな。大体アリムもこんなことばかりしていたくないだろ?」


 一番したくないのはお兄様のくせに。私より繊細な人間が何を言っているんだろう。昔は妹の後ろに隠れるという暴挙を……げふん。


 ともかく本来は泣き虫で本の虫。きょどった性格なのに。相当無理をしているのは知っている。だから私も無理するしかない。


「――それは兄さまもでは? ともかくお金が溜まったとしても再興までとはまだいかないですよ。大体ローンソの学費もあるのに。あ、兄さま、あの子から連絡はありまして?」


 ローンソは末の弟。今は貴族のみが通える学校に無理やり入れた。落ちぶれようが何だろうが私たちは由緒正しき貴族。誇りだけは失わない。


 ……誇りだけで食べていけたらなぁ。明日のご飯は何にしよう?


「まあね。楽しくやっているみたいだ。このままいけば復興は出来るだろうさ」


 しんと静まり返ってしまった。


 だって私たちは貴族席には戻れないから。こんな事生業にしていて戻れるとか思う方がどうかしている。色々誤魔化しているとはいえそろそろ顔も知れ渡ってきたような……。稀代の悪女とか言われているのは知ってる。まぁ本名は知らないだろうけど。それはお兄様もです。


 なので私たちは市井に紛れて生きるしか道はなく、最近は私掃除洗濯炊事と何でも出来ます。もちろんお兄様もどこに出しても恥ずかしくない婿になります。


 どうでしょうか。


「ともかく。辛くなったら言えよ。いつだって辞めても構わないんだ。俺が何とかしてやるから」


「兄さまのそれは不安しかないんだよね。昔自ら売りにいこうとしていたし……」


 それをみて取引現場に弟と二人なだれ込んだのはいい思い出。それから人さらいに会いそうになってひと悶着も……。結局お金を借りたんですがね。よく覚えて無いけど……子供じゃなかったっけ?


 ……何者……そのこ子とはあれから会っていないけど。そしてなんで貸してくれたんだろう。謎は謎のままだ。


 ともかくとして。兄さまは良い人すぎて借金を抱えた両親に一番似てます。あ、ちなみに両親は重労働で一発稼いでくるねー。なんて出かけたまま帰ってこないのはなんでだ。骨だけは帰ってきたけど……。そんな恨みもあって兄さまを見た。


 目を逸らしてもダメです。


「……いや、俺は男だし。顔が顔で高値で――」


 しかも子供。なに、怖い。その世界。


「もういいから。明日も私が打ち合わせあるんでしょう? 書類くださいませ。兄さま」


「はぁい」


 最初の勢いはとこへやら。兄さまは肩を落とし素直に鞄から書類を差し出していた。少しだけ、ほんの少しだけ後ろめたそうに視線を逸らしたのは気のせいだったか……。





「……これか。兄さま」


 私は大きな屋敷の前で頭を抱えていた。いや、貴族なのは知っている。元々婚約破棄は貴族にしかターゲットにしてないし。それはそう。あと、伯爵から上の貴族も受けてない。


 だって首が飛ぶから。


 物理的に。下手したら闇から闇迄流される可能性も無くは、ない。


 その筈なのに。


「イリ・リング公爵家」


 いやいやいや。なに。公爵家って。兄さま。聞いていませんが。それに書類には『子爵家』って……。一番下から一番上。ってどう言う事。


 貴族だった当時から会ったこともない雲の上の立場なんですけど。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」


 魂の抜けたまま、応接室に通される。今まで見たどの応接室より綺麗だな。あ、あの置物いくらでしょうか。と現実逃避当たり前。あ、お茶が美味しい。ではなく。


 思うことは一つ。


「早く帰りたい」


「それは困りますが」


「は? 現実」


 そう思うのは無理はないと。だって私は兄さまより綺麗な人を見たことが無かったから。口をあんぐり開けていると優雅にその人は座った。


 それだけで『おお』と感嘆が漏れる。拍手をした方が……良くないか。思わず立っていた私は軽く腰を折った。まじまじと見ていたのは気付かれたかなぁ。


「何か?」


 どこか何かを押し殺した声。ばっちり気付かれていたらしい。私は軽く息を飲む。


「い、いえ。何でも。お初にお目に掛かります。私サイウム商会から参りました『ユーレア』と申します。本日はお招き――」


「この間君を見つけたんだ」


「は、い?」


 貴族相手なので夜会はよく行くけれど、高貴な人が出ている夜会なんて知らない。そんな夜会は真っ先に商会されるものだけど、こんな綺麗な人は見たことない。


 てか、なぜ笑っている? こわいいいぃ。


 久しぶりのやばい人なのかも知れない。にいさまぁあああ。


 ともかく私は仕事に来た。仕事。私はプロ。プロですの。


 早く終わらせて帰ろう。咳払い一つ。


「座って?」


 はい。と私は座ると書類を手元に置く。よく見たら応接間の扉閉っているんですが……。


 なにもない、よね。上位貴族と言えば治外法権。ここで首と胴体がさよならしても文句は言えない。


 兄さまは恨む。弟は守護する。


「あの。私が来たと言うことは、婚約破棄したいお相手がいらっしゃるのですよね? 今日は大まかな計画をお伺いに参りました。逢引を装いながら計画を詰めてまいりますので以降宜しくお願いいたします。失礼ですが何と呼べば?」


「シュレンと」


「……」


 黙って書類に目を落とす。


 シュレン要素は何処だろう。描かれている名前は『ファブレス・イリ・リング』なのですが、それは。


 ……ん?


 まって。シュレン……。


 ……。珍しい藍色の両眼。赤い髪の整った顔。これを小さな子供にして。ぽよぽよの頬。そう言えばこんな顔だった。


 ……。


「あ」


「え?」


 私はソファから飛び降りると床に座った。


 思い出した。子供の頃お金を貸してくれた少年だ。返さなかったもんね。いや、正確には返す当てが分からなくて宙に居ていただけなんだけど。


 ももももも、もちろん。積み立てしてますとも。してますよね?


 ……お金の管理してなかった。


 私の家の財政厳しいから怪しい……。ともかくとしてここは誠心誠意お礼を言うべきでしょう。


 ごんっと私は思いっきり床に頭をこすりつける。鈍い音が響いたが、なんのこのくらい。感謝に比べれば。


「そそそそ、その節はどうもアリガトウございますっ。おかげで私たち兄姉弟は路頭に迷うこともなく今まで生きてくることが出来ましたっ。弟も学校に生かせることができ、私たちの仕事も順調で。すべて貴方のおかげです。私に出来ることなら何なりと――あっ。婚約破棄の舞台喜んで整えさせていただきますっ」


 ぱっと顔を上げると困惑気味の美形の顔がすぐ近くに。一瞬たじろいだが、私はファブレス様の顔を見返した。と言うよりは眩しすぎるのでその向こうの壁を。


「あ。私を『見つけた』と言うことはお金の返済でしょうか? もも、もちろん返済をさせていただきますが――耳を揃えて今すぐと言うのは」


「まって。まて。落ち着いて。私があの時金を貸したのは――」


 あたふたと手が泳いでいるがそんなこと無視して私は言葉を遮るようにして書類をかき集め立ち上がる。


「はいっ。落ち着いておりますっ。ととととと、ともかくととして計画を練って参りますので。この御恩は何としても返させていただきますっ」


 ご機嫌よう。


 これでも昔は立派な淑女教育を受けてきたのです。完璧な礼を取ると慌てて公爵家を後にしていた。まぁ、慌てる仕草は何処をどう取っても淑女では無いのてあるが。




 さて。私たちの協力者は多岐に渡る。例えば貴族の未亡人の人とか。元クライアントの大金持ちの子息とか。今回はある令嬢が駆け落ちした仕立屋に来ている。とは言っても作れるお金はないので借り物をアレンジするだけだけども。ふふふ。それでもバレない才能が怖い。


 ……なぜ冷たい目で見るのです?


「それでね、兄さまが言うには」


 服の端にチクチクとレースを縫いながら今日も愚痴を零す。あれから二日。兄さまを問いただせば確かにあの時の子供であり、前払い金迄頂いているとか。ちなみに借りたお金は返していないし、幾らか忘れただそう。なぜ笑える?


 ……うん。少し期待した私が馬鹿だった。


 ともかく、このお仕事のお金は頂けないでしょうが。何してるんだあの人。後で誠心誠意謝ってから金額を聞き出そう。この仕事のお金も返してっと……。


 あれ?


 暫く赤いドレスを見ながら違和感に顔を上げていた。


「そんなことより、このドレス妙に古い匂いを感じないんだけど」


 古い匂い……いや。あるでしょう? クローゼットの匂いが移ったと言うか埃っぽいというか。それに私が使うのは見栄えだけよければそれでいいので良い布地なんて使わない。こんな艶々な肌触りのいい――。


 高すぎて悲鳴を上げてしまうやつだ。これ。


「あ。え。うん。今回は公爵家でしょ? 目が肥えている人たちだからちゃんとしないと、って」


「でも今回も(・)平民設定で」


 なんだか怪しいんですけど。この元令嬢。目が泳いてるし。兄さまから何か言われているのかな。後で聞き出せばいいのかとは思うけど。


 汚したら幾らか気になって仕方ない。


「そそそ、それは愛情がある印だよ。印。かなり愛されてるって。……ね、鏡みてよ。立って」


 さすが仕立屋。鏡など部屋に常備している。その鏡に映るのはいつもの野暮ったい女だった。そう言えば、公爵家にもこの格好で行ったっけ?


 ……。不審者ですね。


 よく門前払いにならなかったな。私。


「えー。別にいいよ。いつもの事だし」


 とは言いつつ鏡の前でドレスを当てられる。


 綺麗だな。ドレスが。昔は私だってこんなドレスを来て誰かと踊るのだと思っていたけど。そう言えば小さい頃そんなこともあったかな? お母様のドレスを引き摺りだして、星の下で踊った気がする。


 ……兄さまがいたんだっけ?


 よく思い出せないや。


 ……。


 怒られたことだけは覚えてる。


「これを着る時は最高に仕立てて上げるから。安心して。ユーレア」


「ううん。ありがと。でも大丈夫。私はあのドレスにするから」


 指したのはペラペラで安っぽい、時代遅れのドレスで。それでも私の腕をもってすれば何とかなる。そう思ったのです。


 え。だから残念な子を見る眼で見るのはどうかと思う。




 本日は少しまともな服の余所行きワンピース。髪はおさげにして。厚底眼鏡は少しだけ薄く。何処をどう見ても世間慣れしてません令嬢風で。言って置きますが私悪女風も出来ましてよ。胸は無いけど盛れば何とかなるし。……誰だ。寸胴なんて言ったのは……。


 ともかく公爵家に今日も通されるかと思ったらそのまま街へと連れ出されてしまった。うん。デート的な事はあった方が良いか。噂が広まるように。


 今をときめく小侯爵。 ファブレス・イリ・リング。二十一才。ちなみに私は十八で、兄は二十二才。いや、そんな事はどうでもいいのだけれど顔の良さと財産、地位、名誉とすべてを持つ青年。当然モテないはずはなく、色々なところからアタックを受けているらしい。その座を見事射止めたのは『リリィエ』と呼ばれる少女であるらしい。私と同じ年とか何とか。


 素性すべて謎。


 謎? いいの? え。平民?


 ……なに。どういう事。この人この少女に脅されていたりするのだろうか。何も話してくれないので未だどうしようもない。


 パカパカと規則的に響く足音を聞きながら書類を捲る。ちらりと整った横顔に目を向ける。


「あの、お相手様は? 一度牽制の為にお会いしたいのですが。後のフォローもございますし」


「そんなものいらないよ」


 なぜ、首を傾げる。


「鬼?」


 いや、相手が屑と言うパターンも。それを言うなら私も……。考えているとぱっと書類を奪われた。にっこりと微笑まれる。うーん。なんとなく分かり始めた気がするけど少し苛立っていらっしゃいます? 不機嫌と言うか。


「そんな事より喋ろうか? 恋人とはそう言うものだろう?」


「計画を知っているわけですからそんな必要は無いと思います」


「そうでもないさ。親密さが増せば周りも信じるだろう?」


 これまで完璧にこなしてきましたけど……。ああ。でも偶にバレると言うことはそう言う事なんだろうか。愛情が感じられないとか。


 ……。


 愛情……いる?


 ……。


 圧が怖いのでいるかな。いる。そう言うことにしよう。口元笑ってませんが?


 とは言え。何を話せばいいのか。


「そ、そうですね。では何を話しましょうか? あ。婚約者様は可愛らしい方ですか?」


「仕事の話だね。それ」


「……」


 ははははは。いや、だって。何を話せと言うんだろう。


 気まずい空間に溜息が落ちる。シュレンは視線を窓の外に向けると口を開いていた。その横顔はとても綺麗だな。と単純に思いました。


「――婚約者ねぇ。あの人と出会ったのは僕が六歳くらいのことだったかな? 僕の誕生日でね。その日はガーデーンパーティが開かれていたんだよ」


 ふわっと花の綻ぶように笑うのですが……。色気が……私の一つ上ですよね。どう言う事ですか? と小一時間問いただしたい。


「あ。貴族だったんですね?」


 貰った貴族名鑑を頭の中でパラパラするがリリィエの名前など何処にもない。というか。なんて幸せそうな顔。それはエッジがその娘を好きだと言うことを示しているのだけど……。


 そのリリィエがを嫌っているのだろうか。


 そんなに思っているのに可哀相かもしれない。しかも権力を振りかざさないなんて、なんてけなげな人なんだろう。


 愛する人の為に……こんな感じだろうか。内に依頼する人は偶にこんなのもある。けれど悲しいんだよ。それ。


 ぶあっと涙が出そうになった。


 なるほど。謎なのは言いたくないという事だよね。


「あのっ」


「え? なに。突然」


 骨ばった手をぐっと握れば大きな双眸がぱちぱちと私を見る。うわぁ。睫長い。ではなく。とんと金く胸を叩いた。


 お任せあれ。


「頑張りますので。その人も貴方も(・・・)幸せにして見せますわ。アフターフォローが私たちの売りなのですから」


「……そうだね。僕も頑張らないと」


「なら、どんなご令嬢が好みですか?」


 ……恥ずかしがり屋さんなのかしら。暫く私をじっと眺めた後でさっと目を逸らした。小さな声で『元気な人』と言ったので私はそれを心に書き留めて、いくつかの人選をしていた。




 その日は適当に街をぶらついて、帰った。それからは私が公爵邸に訪れる形で打ち合わせと称するお茶会に数回参加した。途中なぜか公爵閣下夫妻に『よろしくしてくれたまえ』とか励まされたけど、この破棄は公認なのだろうか。


 ……。


 ……いいのでしようか。公爵家の名に傷が……付かないの? え、そう。


 何か怪しい匂いがする。


 ともかく。このお茶会は楽しくて時間はすぐに過ぎていったのたけど、まずい。婚約者様の情報何一つえられていないんですけど?


 今回は裏方の兄さまに聞いても『しらん』の一点張りだし。あれは何か隠している。そんな気がする。


 ままま。兄さまがそう言うなら後処理は何とかなるのだろう。多分。何とかならなかったことは無いから。


 にしても。


 薄い平民のドレスはどこ行った? 件の赤いドレスと、いつもなら素顔がバレないように鬘とヴェール。あと扇の三点セットがあるのだけどもたせてもらえなかった。


 気合の乗った化粧は厚くはなく、いつもの顔がそこにあった。


 仕事できなくなると困るのだけれど――。抗議したのだが迎えに来たエディに馬車に押し込まれたよう。


 ……にしても。


 ……王子様か? 王子はきちんといるのだけど。え、なに。この美形。ようやく慣れてきたのに三倍増しで輝いているんですけど。


「綺麗ですね。よく似合ってます」


 貴方がね。溜息しかでないよ。


「困りました。本当はもう少しお安いものを借りる予定でしたが……でも王宮の晩餐会ですので仕方ないのかも知れないですね」


 仕事が……あぁ。でも今日だけだったらなんとか……。


「僕が贈ったかいがあったよ。そのイヤリングとネックレスも」


「……は?」


 ネックレスとイヤリングは街のアクセサリー屋で貰ったものなんだけど……。ドレス? ドレス――。


 まつて。


 ぎぎぎと私はシュレンを見た。相変わらず満面の笑みでキラキラしている。なに? 何なの。売りつけるとか……。アクセサリーは何とか払えそうだけどドレスはさすがに。


「い……おいくらでしょうか?」


 震える声に肩を竦められる。


「さあ? 返さなくていいよ。それは君のものだ」


「は――?」


 いやいや。お金を借りている身でプレゼントとは。


 ……。


 あ。これを売って払えと? 何というマッチポンプ。


 ではなく。意味が無いでしょうが。それは。


「あの――」


 私の声を無視する様にして扉が開いていた。


「あ。着いたみたいだね」


 行こう――婚約者殿。


 伸ばされた手に私は目を瞬かせていた。正確には婚約者ではなく、婚約を丸潰しに来た人間なんですがなんとなく『違う』と言いづらい。無言のまま、その大きな手に自身の手を這わせていた。



 数々の夜会に出たこの私。さすがに王宮に、ましてや高位貴族に集まる場に出たことはない。気後れはしているが、何とか令嬢の姿は整えているだろうか。


 喉が乾いてごくりと持っていたワインを飲み干していた。もう一杯。え、ダメ?あ。グラスを持っていくのは……。『だめ』って何が?


 意地悪良くない。


「そう言えば、婚約者様は本日来られてますの?」


「まね」


 そうなのだろうか。まま。私に視線が集まっているからそうなのかもしれない。きょろきょろするがそれらしい人は見当たらないし……本当に興味が無いのだろうか。


 可哀相に。知ってる限りは良い人。いや、私たちにお金を貸してくれるくらい子供の頃から良い人なのに。


 顔だって非の打ちようがないと思います。……ひっく。飲み過ぎた。


「あらあら。久しぶりですね。小公爵様。珍しくお連れ様を連れてらっしゃいますね。その可愛らしいお嬢様は?」


 あら。蝶のような貴婦人。綺麗です。この人がリリィエでは無いな。年の頃は中年くらいだけれど十分美人だ。


「僕の婚約者です」


 ……違うんです。ちが……。


 あの。腰を抱くのはちよっと。酔っているせいかジンワリ頬が熱くなる。だってすごく嬉しそうなんだもの。


 なんで?


「あら? あら、あらあらあら。あなたが噂の?」


「噂、ですか?」


 人間って。こんなに綺麗に笑うものなんだ。


「ええ、ええ。子供の頃からの婚約者だと言ってましたのに、全く姿を見せないので実在しているのか皆様は不安になっていましたのよ? 私は実在していると知っていましたけれどもね。ふふふ。可愛い。こんな可愛い方だとは――。よくお似合いでしてよ。あぁ。私は――」


「妃殿下」


 どこかで処刑の音が聞こえた気がした。無機質な鐘の音。エディが頭を垂れるのを見て慌てて私もそれに続いた。違う。淑女の礼だとは思ったけどもう無理だな。


 お妃様って……王様の配偶者……なぜここに。と思ったけどよく考えれば王宮だったよね。


 ですよね。


「確か――南のサザ子爵の娘さんでしたかしら?」


「はいっ。父をご存じですか?」


 今まで父を知っている物には会ったことが無くて私は顔を上げていた。ミラー・サザ。父親の名前です。ついでに我が家はこの国でも古いのです。古いだけで何もありませんけど……。土地すら無いのです。


 誰も知らないと思ってた。


「ふふふ。当たり前ですよ。お優しい方でいらしたわ。その上顔がお綺麗でしたでしょう? 皆様の憧れの的でしたわよ」


 ポンと方に置かれた手が温かくてジワリと涙が出てきた。なんでだろう。


「ご兄弟ともども頑張りましたわね? 小公爵。大事にしてやってくださいまし」


 あぁ。私たちの家事情まで知っているのか。まあ貴族名鑑には確り書いてあるしね。『除籍』と。


 ……仕事まで知られてないと思いたい。


 そんな事を考えていたら方をぐっと引き寄せらけれていた。見上げると綺麗な笑顔がそこにある。一瞬心臓が一つ鳴った。


「もちろんですよ――ご両親の分まで」


「……」


 ひらひらと手を振りながら去っていくお妃さま。綺麗だな。優雅だな。まるで夢の中にいるよう――ん?


 まって。話を聞いていれば『婚約者は私で決定事項』みたいな感じじゃないでしょうか。気のせいだったら恥ずかしいのですが。


「あの、私たち別に婚約者では無いですよね? リリィエ様は何処へ?」


「ここにいるじゃないか?」


 良い笑顔やめよう。


「まってくだ……」


「じゃあ、お金返してくれる? 確か兄上と十一で契約を」


 ……。


 ……。


 返さなくていいと言わなかっ……。十一? 十一?


 ……。すぅつと大きく息を吸って、近くのワインを一気飲みする。うん。味が分からない。


「お、お話をしませんか?」


「ええ」


 溶けそうに笑うのは止めていただきたい。




 テラスに出て空を見上げると満天の星空が広がっていた。見上げる天は子供の頃から変わりなく、でもどこか違うように見えた。


 冷たい空気。お酒の為なのか何なのか熱くなった頬には心地よかった。


「それで端直に聞きますが、リリィエ様は存在しているのですか?」


「それは君だよ」


 良い人だと思ったのにもしかしてヤバイ人だったらしいです。兄さま。どうしたら良いですか? 『頑張れよ~』って暢気に送り出してくれた兄さまの顔が憎らしい。


「? 私はそんな名前ではありませんが」


「うん。偽名で僕のガーデーンパーティに来てたから」


 さらっと犯罪が。いや、そんな記憶は無いのです。そんな記憶は。


 ……。


 そう言えばおっきな屋敷で子供たちの楽しそうな声とおいしそうな匂いがしてたので乱入したような、しないような……。


 いやいやいや。


 まさかね。


「で、いろいろあって婚約者になってやると上から目線で」


「……」


 色々ってなに?


 いや。それ私ではない。と思う。思う気がする。私だったら申し訳なさすぎるんですが……。どんだけ破天荒な――いや。破天荒で我儘娘だったわ。私ったら。ははははは。


 はぁ。


「縦しんばそうだとしても。子供同士のお話ですし。あ、その縁もあってお金を貸してくれたのですか?」


「まぁね。でも君は僕に『友達』と言ってくれたから。当時病気で痩せてて賓そな子供でね。僕の周りには誰も居なかったんだよ。あの場には従弟もいたのに」


「なる、ほど」


 ちょろいのだろうか。うーん。酔っているせいかその双眸が暗い空と星を映している気がした。そして思い出せない。


「だから君は当時からずっと婚約者だよ。僕の」


 なるほど。そうなんだ。なんて納得できると思いますか? 頭痛がする。


「いや、だからじゃなくて。私はダメですよ。平民なので。あと、この仕事もあるので、私は貴方に相応しくありませんよ」


「ふ。義兄上様はこの仕事から足は洗うと仰ってましたが?」


「……初めて聞きましたが――まぁ。でも事実は消えませんし。私を娶るのは笑いものですよ?」


「君は僕が嫌い?」


 近い、ちかい。ちかい。ぐっと顔を近づけるのはやめてくださいましっ。ぐつと胸板を押すがビクともしない。病弱の面影どこ行ったのでしょう。じわじわと頬の熱が上がっている。大体こんな仕事しておりますがあくまでも仕事ですのでこんなことが無かったとは言わないですが。


 ですが。


「いえ、そう言うことではなくてですね」


「じゃ、問題ないね。結婚しよう」


「……ん?」


 婚約期間が無いのですが。何言ってるの? しとりと見ればやっぱり良い笑顔がある。


「十一」


 ……。踏み倒して逃げれば本当に首と胴がさよならしそうな気がする。今度は兄妹弟揃って。そんな鬼気迫るものが後ろに見えた気がするんですがそれは。


 カタカタと震えていたが、ふわりと頬に手が触れた。優しいけれどどこか怯えているようなそんな手。すっと見上げるる双眸は不安に濡れて。


 だから私はきっとこう言うしか無かったのだと思う。


 観念するしか無いのかも知れない。


 十一も嫌ですが。


「……はい、させていただきます」


 『ありがとう』そんな綻ぶような笑顔に思わず息を飲む。


「結婚してから好きになってもらったらいいから」


 君に愛と信頼を。と呟いて指に軽くキスを落としていた。じわじわとそこから熱が這い上がり私はぐっと口元を結んでいた。


 すうっと大きく吸って大きく息を吐く。


「こ、こうなったからには、公爵家に傷を付けないように頑張って見せますのでお任せくださいっ」


 だんと胸を叩けばシュレンは嬉しそうに笑って見せた。

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[一言] 捕まっちゃったね…………。
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