ep.7|モリア家|伯爵家末弟との出会い3 ★キャラ画公開
謙吾は自分でも驚くほど冷静に、馬の背に揺られていた。
(──こんな時にも腹は減るのか……この世界の人たちは何を食べてるんだろう。こんな事になるなら紗英のサンドイッチ、食べておけばよかったな……)
怪鳥に襲われた先ほどの出来事よりも、富士山中腹での仲間との情景が頭をよぎる。紗英が作ってくれたランチ、ちょっとした笑い声、そして風に乗って運ばれる山の匂い。あの現実が今では文字通り、遠い世界のように感じられる。
「──は、腹は減ってないか⁉︎ 俺たちと飯でも食いながら話をしないか⁉︎」
それはテオと呼ばれる青年からの突然の提案だった。
怪鳥の残骸を前に茫然としていた謙吾。自分が空腹であることをぼんやりと思い出し、青年の提案に考えなしに頷いてしまった。初めて乗る馬の背も、この空腹も、夜空に浮かぶ大きさが違う2つの月も、映画のワンシーンのように現実味を失っていた。
「さあ、行こう。また魔獣が襲ってきちまうかもしれない」
テオの言葉に従い、謙吾は力ない足どりで異世界での一歩を歩み出す。そして謙吾は馬の背中に揺られながら、自分の置かれた状況を振り返っていた。
──あの時、富士山で、閃光のような何かが頭に入ってきた。それはまるで、光と自分が一体になるかのような感覚だった。
その光のような何かにインプットさせられたのだろう。ここが異世界であることは理解できていた。そして自分の身には超常の力が宿ったことも。
(突然、すぎるよなあ……)
謙吾はこの奇怪な事実を受け入れつつも、聞きなれない馬の蹄が鳴る音に、思考をまとめられないでいた。
──まずはこの世界について知らなければならない。目が覚めた場所が、魔獣と呼ばれるモンスターの群れの真ん中や、文明から遠く離れた荒野ではなかったのは、幸運だったのかもしれない。少なくとも、友好的で話がわかる、見た目からは教養と社会的地位があるであろう人類と最初に出会えたのだから。(怪鳥に襲われはしたが……)
そして、この不思議な力についても確認しなければならない。
謙吾は右腕を見つめ、剣を握った時の感触を思い出す。
怪鳥を難なく振り払い、力無く振るった剣は、恐るべき斬撃となった。その瞬間、自分の腕を通じて力が伝わり、剣がまるで生き物のように応えた。その手応えは生々しく謙吾の心に深く刻まれている。
光の存在は「力ヲ与える」と言った。身体能力が向上しているのが自分でもわかる。筋肉の一つ一つがまるで別の意志を持っているかのように動き、その躍動は驚くほど滑らかであり、反応速度も格段に上がっていた。
(この力で、新しく生き抜けってことか…?)
──困惑の中にありながらも、頭もいつもの冷静さを取り戻しつつある。
前の世界では、高校の次は大学に進学して、いい会社に就職してお金を稼いで、結婚して子供を作って家を買って──そんな、社会一般で豊かな暮らしと呼ばれるものを追求するという漠然とした、ただ確かなロールモデルのあるレールが、自分の中でも常識として染み付いていたことを改めて理解させられた。
この新しい世界に放り出され、自分が抜け出したいと思っていた、辟易としていたレールが、突如としてなくなったことに気づく。自分は何をすればいいのか。レールの上にあるいくつかの選択肢の話ではなく、根源的に、自分は何のために生まれて、何をするべきなのか?
世界という名の環境が変わっただけで、そんな根源から考え直さなければいけないらしい。これまでの世界や常識が実は定義という名の鎖であり、その鎖から解放された(守られなくなった)今、改めて自分の生き方を問い直さなければならないことに気づかされた。
(ひどい話だよなあ…(笑))
馬の背に揺られ、謙吾はどこか他人事のように笑った。
──光のような何かは謙吾に「役割ヲ精一杯全うしテクれ」と言った。この世界での役割とは一体何なのか?
前の世界でも自分の役割を理解していたわけではない。そもそも人の生に役割などあるのか? その役割を探せというのか? 精一杯を生きる先に何かが見えてくるのか?
大きな困惑を前に、根源的な問いへの答えは当然見つからない。
(紗英は、他の仲間たちは無事だろうか?)
同じ世界にいる、その確信はある。ただやはり自分の身の安全の確保が先か? それともすぐに仲間を探す方がいいのか? または別の役割とやらに出会ってしまうのか? ──思考が巡る中、ふと遠くに明かりが見えた。目的地であろう陣地の明かりが薄暗い中で輝いている。
心が固まらないまま、状況は当然のように進んでいく。
* * *
テオ第四王子と呼ばれる青年が率いる分隊は、鉱山から少し離れた村を間借りして陣を敷いていた。
焚火の煙が立ち昇り、兵士たちの影が長く伸びている。
「──テオさん! また無断で! 規則違反ですよ!」
陣に着くや否や、女官が待ってましたと言わんばかりにテオを呼び止めた。
「わかった! わかってる! ただ、まずは飯だ! ケンゴに飯を出せ!」
テオが荒々しく女官をあしらう。
「総攻撃前夜! 無断離陣! そしてなんですかその少年は⁈ 今日という今日はお説教ですよ‼︎」
怒る女官に対してアバスが「アコシア、諦めろ」と小さく呟き、首を振っていた。
「全くもう! 説明してもらいますからね!」
アコシアという女官はぷりぷりと怒りながら陣地の奥に消えていった。
「気にすんなケンゴ! アコシアはいつもああなんだよ(笑)」
テオは笑いながら鎧を脱ぎ始めた。
怪鳥の襲撃からの帰路、テオは饒舌にこの世界について教えてくれた。
ここは『ウェトマ皇国』のウェスト地方にあたる事、そしてこの地域はモリア伯爵家の領地であること、ここワミ鉱山は銀が豊富に採掘できる貴重な資源であること、近年の魔族の活性化によりその採掘が止まってしまっていること、近い将来予想されている魔族との大規模戦闘に備えて、ワミ鉱山の銀資源の確保が急務であること。
正直、どこまで頭に入ったかというと自信がない。考えなければならないことが多すぎる。困惑の最中に異世界の新常識を詰め込まれても、しかも馬に揺られながら……
ただ自分が、ここでは歓迎されていない存在だということはわかった。
装備の手入れに余念がない騎士たちの目は鋭く、得体の知れない存在を明らかに値踏みしている。それもそのはずだ。半分ほどしか理解できなかったテオの説明の中で、明日の魔族との戦いの重要性は認識できた。文字通り、自分の肉体を賭して大変な戦闘をするのだろう。自分の背を守る仲間の中に、得体のしれない存在がいることになるのだとしたら、彼らの胸中は容易に想像できた。
不安に包まれる謙吾だったが、陣に着き、人の姿と仄かな灯り、提供された暖かそうな食事が目の前に供され、その緊張感も少し和らいでいるのが自分でもわかる。
(歓迎されていないとはいえ、人とご飯の温もりには勝てないな……)
──テオが笑顔で料理を運んできた。
モリア軍自慢の陣中食だと言って並んだ料理を説明してくれる。『餅兵糧』『根菜とワイルドボア肉の汁物』、それにこの村で作られた『干し大根を使った煮物』だそうだ。
謙吾はひどく空腹であったことを思い出し、皿の上の料理を眺めていた。
Character File. 08
アコシア登場です!かわいい!
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