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フジコシノリュウ -異世界一〇八人群像叙述詩-  作者: ノムラハヤ
1.藤野謙吾|友情、成長、死化粧 〜異世界六十夜冒険譚〜
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ep.6|モリア家|伯爵家末弟との出会い2

 深夜の神祠での未知との遭遇は、アバスを好奇心よりも緊張感で包み込んでいた。月明かりに照らされた境内は、不気味なほどの静寂に包まれている。木々のざわめきさえ、この異様な空気に飲み込まれているかのようだ。


(こんな夜に、少年が一人でいるなんて……)


 ここは魔獣の被害が甚大な地域。魔族の活動が活発になる満月の夜に、少年が一人でいること自体が異常な光景だった。


 衝撃的な出会いの混乱の後、アバスは徐々に平静さを取り戻していった。しかしその警戒心は決して緩むことはない。むしろ、状況が把握できないことへの焦りが、彼の神経を一層研ぎ澄ませていく。


 ──そんな緊迫した空気の中、少年は静かに紫色の夜空を見上げた。その瞳には、何か深い悲しみのようなものが宿っているように見える。


 そして、かすかな声で少年は呟いた。

「……月が、2つある」


 

 ──今宵は『鎮りの月』と『神秘の月』が同時に満ちる、特別な夜。


 この現象は皇国全土で魔素濃度が上昇し、魔族の動きが活発化することを意味していた。今回の軍事作戦も、この満月の夜を避ける前提で作戦が立てられている。満月の夜は魔族との戦いは極力避ける、それは国民全員の常識であった。



(──やはり魔族の類か……?)


 アバスの警戒心は頂点に達した。彼は少年から目を離さず、テオの護衛方針をすぐさま検討する。万が一の事態に備え、いつでも戦えるよう戦闘体制に入った。


 月明かりを背にし、片目に不気味な紫色の光を纏う少年。その姿はまるで、異界からの来訪者のようだ。アバスは剣の柄を握り締め直し、緊張を込めて尋ねた。



「ここで……何をしている?」


「──ここは……どこですか? あなた、方は……?」


 少年は混乱を浮かべながら、焦点が定まらない様子だ。


(記憶がない……? それとも……?)


 アバスの頭の中で疑念が渦巻く。月明かりに照らされた少年の顔には影が落ち、その表情を読み難くしている。しかし、わずかに震える唇と迷いを含んだ瞳を見て、アバスはその困惑が演技ではないと直感した。


「我々はモリア家の騎士だ。お前は──」


 ──少年への問いかけは、突如として響き渡った爆音に遮られた。神祠の鳥居が轟音とともに崩れ落ちる。



「ジャクレインだ! でかいぞ!」


 後方から聞こえる騎士の叫び声は、祠が崩落する音にかき消される。


 この地に生息するという巨大な怪鳥、『()()()()()()』が突如として姿を現したのだ。


 特徴的な長い首と頭部にある赤い模様。翼を広げると空を覆い尽くすほどの大きさで、羽ばたくたびに風が唸りを上げ、それはまるで燃え上がる炎のように見える。坑夫たちが最も恐れていた魔獣の一種である。


(──こんな時に限って……!)


 アバスは混乱の中、騎士たちに素早く指示を出す。


「総員警戒! テオ様を守れ!」


「すげえ! あれが噂の怪鳥か!」


挿絵(By みてみん)


 興奮気味に叫ぶテオをアバスが焦燥と共に遮る。


「テオ様、下がって!」


 アバスを中心に、騎士たちはテオを守るようすぐに防戦の円陣を組む。 


 広場の先では依然として、不可思議な少年が呆然と立ち尽くしている。淡く紫色に光る彼の異様な風貌は物怪の類いとも見え、紫がかった月光の下でその奇妙な存在感を際立たせていた。


(なんなんだあいつは……逃げる気配もない……どうする? 助けるべきか?)


 ──アバスの思考と躊躇を、巨大な怪鳥の咆哮が遮る。

 

 怪鳥の奇怪な叫び声は夜空に反響し、樹木の間を駆け抜ける。口ばしには無数の牙が並び、まるで鋼の刃のように光っている──そんな怪鳥の影が、月明かりを背に不気味に伸びていく。


(あの目つき……間違いない! 少年を狙っている!)

 アバスの思考がさらに加速する。


 その目標は明確であり、紫色の光に包まれた少年に固定されていた。翼を激しく打ちながら、その魔獣は地上の獲物に向かって猛突撃を開始する。


「──危ない!」


 アバスは咄嗟に叫ぶが、その警告と同時に怪鳥の鋭い鍵爪が少年の右腕に食い込んだ──かに見えたその瞬間、空気が震え、時間が凝固する。


「なん……だと……?」

 その信じられない光景にアバスは息をのむ。



 ──少年はその右腕一つで巨大な怪鳥の突進を止めていた。


(人間業じゃない…!)

 

 立て続けに、更に信じられない光景をアバスは目の当たりにする──少年は軽く腕を振るうだけで、そのまま巨鳥を吹き飛ばして見せたのだ。


 怪鳥は空中で何度も回転しながら岩壁に激突し、巨大な羽を紙吹雪のように舞い散らせた。


 少年自身も状況を理解できていないのか、自身の右腕を見ながら困惑の表情を浮かべているようにも見える。

 

(──なんなんだ……こいつは?)


「うおおっ! 信じられねえ!」

 テオが興奮して叫ぶ。


「見たか、アバス! あの少年、すげえぞ!」


「テオ様、まだ安全ではありません! 下がって!」

 アバスは冷静さを保とうと努める。


(なんなんだこいつは!? 敵なのか!? 味方なのか!?)

  アバスは困惑し、全員が立ち尽くす。


 騎士たちの思考が停止した一瞬の静寂を破るように、岩壁に激突した怪鳥はよろめきながらも執拗に、再び少年に向かって飛来した。その猛々しい姿勢には、何かに取り憑かれたかのような執念が感じられる。



「──剣を抜け! 鳥を討て!」

 突然、テオが自らの剣を鞘ごと少年に投げ渡し、叫んだ。


 その声は命令というよりも懇願や願望に近い。


「テオ様! 何を⁈」

  アバスの制止を無視し、テオの剣は少年に向かって飛んでいく。


(まさか、あの少年に剣を……!)


 ──夜の神秘が森全体を覆う中、テオが投げた剣が少年の手元に届く。少年の指先がその剣柄を捕らえ、まるで流れる水のように剣は鞘から滑り出る。その挙動は、混沌の闇夜には場違いな美しさを放った。


 剣はその流麗のまま空を切り裂き、怪鳥の体を斜めに横切る一撃が放たれる。


(なんと流麗な……)

 その光景にアバスは息を呑む。


 ──その美しい剣の流れにより怪鳥の体は二分される。その断片からは血飛沫が舞い上がり、広場に再び静寂を生み出した。



 戦いが終わり、いつの間にか少年を包んでいた紫色の光も消え去り、周囲は再び平穏を取り戻していた。


「……す、すげええ! 何者だお前⁈」

 驚きと畏怖の混じったテオの声が戦場の静寂を破る。


 しかし少年は答えず、いや、答えられないように見えた。ただアバスたちを、淡い暗闇の中で見つめ続けていた。その瞳には、この世界の深淵を見据える何か別の力が宿っている、そんなようにも思えた。



(──そうだ……あの時テオ様は、城壁から落ちてしまいそうな雛鳥を助けようとしたんだった)


 この信じられない光景を他所に、アバスは遠い昔、テオがわがままを言い出した理由をふと思い出した。


 そんなテオは、この不思議な出会いに目を輝かせている。その瞳に好奇心と期待が満たして。一方アバスには、この出会いが不吉なもののように感じられた。

 

 二つの月が織りなす紫がかった光の中、少年の存在は現実と幻想の境界を曖昧にしていく。風が樹々を揺らし、その葉擦れの音が神秘的な調べとなって夜空に響く。未知なる冒険の予感と、漠然とした不安が、この夜の静寂に溶け込んでいった。


気苦労が絶えないアバスはちょっとかわいそうです><


ここまで読んでいただいてありがとうございます。ブックマークと☆のワンクリックが本当に励みになります! 楽しんで読んでいただけるように頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたしますmm

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