ep.52|琵琶売り〼|朗報、琵琶が売れる2 ★キャラ画公開
「こんちはー! メンテお願いしまーす!」
九尾音楽堂の歴史に名を刻んだ『シバツーヤ受注』の歓喜も冷めやらぬ中、元気な声とともに店の引き戸が開いた。風鈴が賑やかに鳴り、店内に新しい活気が満ちる。おコマとおアイが颯爽と入ってくる様子は、まるで春風が吹き込んできたかのようだ。
カラマルが微笑みながら二人を迎え入れる。
「いらっしゃいませ! 今日もご機嫌ですね!」
「そりゃそうよ! 今日のお稽古では、キンオウ様に褒められちゃったんだぜぇ」
おコマの満面の笑みの横で、おアイはやれやれとため息をついている。そんなおアイは意外な言葉を続けた。
「ところで……さっき店から出てったの、サクマ・シバツーヤさんじゃない?」
「ああ、新規のお客さんだよ。そういえばキンオウさんと仲が良いって言ってたな……」
「そうだよね! シバツーヤ子爵様よね! くぅー! あと一歩早ければあの方と同じ空気を吸えたのかあ……惜しいことしたな。子爵とキンオウ様が並び立つと、美貌と洗練さが弾け飛んじゃって、それはもうマジ凶器だから」
「え? 子爵? シバツーヤさんって子爵だったの?」
竜之助は驚いて声を上げる。
カラマルも目を丸くする。
「知らなかった!すごいお客さんが来てくれたんだね!」
今度はおコマがは得意げに説明を始める。
「知らずに接客してたの!? ばっかねー。そうよ! シバツーヤ子爵様は文化財分科会の管掌貴族の一人でもあるんだから! 皇国の芸術文化浸透に尽力してる人。音楽活動を通じて芸術を体現している私たちにとっては、頭が上がらない存在ってわけ」
「へえー!」
(……ということは、カクゾウさんの上司でもあるのか。貴族でもあり芸術文化奨励の国家機関のお偉いさんでもある……相当なキーマンってわけだ)
カラマルとミコノが驚く横で、竜之助は冷静に人脈の分析に努めていた。そんな竜之助を他所におコマの解説が続く。
「『トゥクーセン文化芸術奨励財団』って知ってる? シバツーヤ子爵が立ち上げて、若手アーティストの支援をしてくれててね。私たちもそこから奨学金をいただいて日々生活させてもらってるってわけ」
「……私たち、とんでもないお客様を迎えてしまったんですね」
衝撃事実の発覚に、ミコノも驚きを隠せないでいる。
その話を聞いた竜之助の目は一層輝き、声が弾む。
「来たぞ上客! これこそが大繁盛のきっかけ! ミコノ先生! さっきのオーダー、いつもより気合を入れてお願いします!」
竜之助が興奮する横で、おアイの眉間にしわが寄る。心配そうな目で竜之助を見つめ、静かに口を開いた。
「全く調子がいいわね……でもね、こういうのはいい話ばっかりじゃないから。文化財分科会には曲者もいるって噂。シバツーヤ子爵みたいに素敵な貴族様の方が少ないんだから。竜之助が何考えてるのか知らないけど、世渡りは慎重にね」
竜之助は一瞬真剣な顔になるが、すぐに笑みを浮かべる。
「大丈夫、大丈夫! おアイ様、忠告感謝しますっ!」
そして竜之助は、ふと思い出したようにおコマに向き直った。その視線は店の隅へと向かい、そこにある雑に補修された大穴をじっと見つめる。唇が少しだけ曲がり、からかうような口調で話し始めた。
「……そういや、おコマ。こないだのお前の暴れん坊劇場。深夜の泥酔破壊工作。忘れてないよなあ? この壊れた壁、奨学金で文字通り穴埋めしてくれない? ほら、見てみろよあそこの大穴……」
おコマは顔を真っ赤に染め、もじもじしながら答える。
「うぅ……ごめんって。あの夜は、みんなに会いたくて……つい......」
「あんた何したの!?」
事情を知らないおアイはおコマに詰め寄る
「あのその……虎の尾亭で飲んだ後、みんなに会いたくなってここに来て、誰もいなくて……そして外から壁を蹴ったら、穴が空いちゃって……記憶は、ほぼない…」
絶句するおアイを見て竜之助が爆笑する。
「朝来たら、壁に大穴。その前には泥酔して横たわるおコマ。驚いたよ(笑)」
「め……めんぼくない」
「あっはっは(笑) 奨学金で修理費払えなんて冗談だよ! 臨時収入も入りそうだし、今回は俺たちでなんとかするさ! その代わり……」
「もう暴れない! 出世払いも約束!」
「よし、約束だぞ(笑)」
おコマは必死に頷き、おアイは呆れ顔で本日2回目のため息をついた。
「ほんとごめんなさいね……私からもキツーく言っておくわ」
「よろしくな(笑)」
「うん、──そして私たち、そろそろ行かなきゃ。メンテはよろしくね!」
「お任せください!」
この軽快なやり取りも楽しくてしょうがないのだろう。ミコノが天女のような笑顔で二人のメンテナンスを承った。
「じゃあねー!」
二人の溌剌とした声が重なる。風鈴が鳴り、おコマとおアイの姿が門の向こうに消えていった。
***
翌日、竜之助は店の中を落ち着かない様子でグルグルと歩き回っていた。暖簾の隙間から通りを行き交う人々を眺め、昨日の出来事を反芻する。その姿は、まるで恋人を待ち焦がれる乙女のよう──いや、むしろ高額商品の入荷を待つ質屋の主人といった方が正確かもしれない。
シバツーヤ子爵家からの大型注文。これは間違いなく、九尾音楽堂にとっての転機のはずだ。竜之助の目は、まるで大当たりしたパチンコ玉のように輝いている。
「絶対流れはキテるよ! 今日も誰か来るかもしれないぞ! みんな、気を引き締めていこう!」
竜之助が自分を鼓舞するかのように気合を入れ直した瞬間──まるでその言葉に応えるかのように、店の暖簾が揺れた。
「──カビ臭い店だな」
低い、不快な声が店内に響き渡った。
声の主は、幽世から迷い出たかのような白髪の老人だった。長身で骨ばった体つき、極端にこけたほお、長い髭。深くくぼんだ細い目からは青白い光が覗き、魂を見通すような鋭い視線を放っていた。
「ここが『NINEシリーズ』とやらの琵琶を売っている楽器屋か?」
「はい、そうですが……」
竜之助の返事を遮るように、老人は続けた。
「申し上げます。私は『ヌタマ伯爵家』の使いです」
その言葉に、店内の空気が一瞬で凍りついた。ミコノの尻尾が驚いて逆立ち、カラマルは思わず息を呑んだ。
「貴殿らの噂はヌタマ様のお耳にまで入っています。この店で一番いい琵琶を出してください」
老人の冷徹な物言いに竜之助は慌てて応じる。
「あ、ありがとうございます! この店で一番となるとハイエンドモデルでございます。この琵琶は奏者様に合わせてフルカスタマイズを行わせていただいております。そのために採寸や利用シーンなどのヒアリングから……」
「ややこしいことはいいのです」
再び竜之助の発言を遮るように老人は冷たく言い放った。
「一番の琵琶を出せばそれでいいのです。予算はいかほどですか?」
竜之助は一瞬戸惑ったが、すぐに心を落ち着かせる。
(あ、はい……昨日のシバツーヤ子爵さんがイレギュラーなだけで、貴族ってこんなもんだよな。うん。でもいいんだ。売れれば。まずは売れればいいのよ)
「わかりました! 今なら2週間ほどいただければお届けできると思います。お値段は……大金貨3枚ですね。お会計は商品受け渡しの際に」
老人は無表情で頷いた。
「わかりました。費用は前払いで置いていきましょう。期待していますよ」
そう言うと、老人は大金貨4枚を置いて、来た時と同じように無愛想に店を出て行った。
「あ、お客様! これは多すぎます!」
カラマルは慌てて声をかけたが、老人は一瞥もせずに言い放った。
「良いのです。ヌタマ様は腕のいい若い職人を、積極的に支援されようとされています。その寛大なお心に感謝しながら、ありがたく受け取りなさい」
「へ、へへえええ」
竜之助は阿呆のような声をあげ、支払われた金貨を抱き、深々と頭を下げた。店の中はそれこそ狐に包まれたような静寂が満ちている。
──老人が立ち去った後、カラマルは興奮気味に喋り始めた。
「す、すごい! まさか伯爵家からも注文が来るなんて! これでシバツーヤ子爵家と合わせて2件だよ!」
「ああ、ホントだな! しっかしこの土地の貴族様たちは、本当に芸術に理解があるんだな。ミコノさん、あなたの腕前が認められたってことだよ!(あと俺のマーケティング戦略も!)」
ミコノは照れくさそうに尻尾を揺らし、カラマルは誇らしげに胸を張った。
「そりゃそうだよ! 姉ちゃんの琵琶は最高なんだから!」
竜之助の頭の中では、成功への道筋が鮮やかに描かれ始めていた。九尾音楽堂の名が広まり、貴族たちが次々と訪れる様子が目に浮かぶ。
「よーし!これからもっともっと頑張っちゃうよ!」
竜之助の声が店内に響き渡った。その声には希望と自信が満ちあふれていた。イエドの街に吹く風が、少しだけその方向を変えていることも知らずに。
Character File. 36
無事に売れ始めました!
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