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フジコシノリュウ -異世界一〇八人群像叙述詩-  作者: ノムラハヤ
2.吉田竜之助|泣いて、笑って、なんちゃって 〜異世界マーケティング戦略紀〜
50/54

*ep.50|琵琶売り〼|駆け出しおコマの苦難と幸運2 ★キャラ画公開

「お嬢さん、琵琶やるんですか?」


 その声に、アタシは涙目で顔を上げた。


 男のシルエットがぼんやりと見える。三人に見えたり一人に見えたり。ぐーるぐる。でもなぜか親しみやすい雰囲気。優しい感じ。まるで昔話に出てくる福の神か。


「そうなのよぉ。でもお……」

 言葉は勝手に濁り、酔いで舌がもつれる。


「誰も……聴いてくれないのよ。アタシの琵琶なんて。売れる日……来るのかなぁ……」

 心の奥底にある不安が滲み出る。メジャーデビューの夢。でも現実は酒場で酔いどれ。当然のように目に涙が溢れる。


「へへっ(笑)」

 男は()()()()()()()()()()()と、不思議と納得させられてしまいそうな顔で優しく笑う。その笑い声がアタシの酔った脳みそをくすぐる。


「でもきっと……大丈夫じゃないですかね! お姉さんの手、琵琶の撥を毎日持ってるのがわかる、頑張ってる手に見えますもん!」


「……う、ううるへえええ! 見知らぬお主に何がわかるうう……されえええ……」


 知らないおじさんに優しくされて泣いちゃうなんて、そんなダサいことはできないので自分から泣く。というかもう最初から泣いてた。お猪口からお酒も溢れ、もうカオス。この汁はどっちの汁だ?


 ──男はその後も何か話してたけれど、正直あんまり覚えていない。()()()()()()がなんだとか、()()()()()()()()()()()どうだとか。


 アタシは朦朧とした頭でその話を聞いていた。言葉の意味は半分も理解できなかったけれど、なぜかワクワクする気持ちが心に残る。まるでラーメン屋の前で匂いだけ嗅いでるみたいな、そんな感じ。いや、むしろ二日酔いの朝に()()()の味噌汁の香りを嗅いだ時の、あの感じか?


 ──男は多くを語らずに、名刺と楽器ケースを置いて店を出て行った。その後ろ姿は飲み屋街の灯りの奥へと消えていく。まるで夢だっったかのようにユラユラと。そしておアマが水を持って戻ってきた。


「はい、お水……ってあんた! こぼしたの?! びしょびしょじゃない!」


挿絵(By みてみん)


「お嬢、今日はいつもよりやばいな(笑)」

 店主が見かねて二人に声をかける。


「あ、すみません。この子お酒が少し入ってて......いえ、かなり入ってて......っていうか、ほぼお酒になってて」


 おアイはいつだって優しい。さすがアイドル志望。酒は飲んでも飲まれない。ファンの夢は壊さない。


「ん? おコマ、どうしたのそのケース? こっちは何? 名刺? 九尾音楽堂??」


 一部始終を見ていたらしい店主が説明する。

「ああ、さっき竜之助のやつと何か話してたな。裏通りの楽器屋だよ。最近ウチの店によく来てくれる奴だよ」


「楽器? え? なにこれ……すごい高そうなんだけど。もらったの?? ……え? 今回の『ラッキー・キャット(不思議な幸運を招く猫)』は大当たりってこと……?」


 おアマの目が丸くなる。まるで満月みたい。


「えーんえーん(涙) 訪れたラッキーも琵琶関連かよお……進んでも琵琶、退()いても琵琶、琵琶弾きだけにいぃぃ……」



 こうして、夢と魔法が交錯する夜は更けていった。


 店の外では2つの月が高く昇り、イエドの街を静かに見守っている。まるで、この夜の珍事件を面白がって見ている観客のように。アタシたちの運命は、この新しい琵琶とともに、どこへ向かうのかしら? どこにも向かわないのかしら?


 ただアタシの心の中で、小さな希望の火が灯った気がした。その火は、琵琶の音色のように小さく、でも確かに響いてる。明日はきっと、いい日になる。たとえ二日酔いで、頭の中で琵琶の大合奏が始まったとしても、その騒がしい音の中できっと、希望の音色が聞こえるはず。アタシの新しい物語が始まろうとしているんだ!それはきっと、笑いあり、涙あり、お酒ありの、とびきり楽しいものになるに違いない。


 ある日のイエドの飲み屋街。虎の尾亭の夜は今日もしっぽりと更けていく。



***



 翌朝。太陽の光が容赦なくアタシの目を刺す。頭の中では、まるで酔っ払った鬼たちが太鼓の競演をしているかのようだ。


「うぅ……神は私を見放したのか……」


 アタシは強烈な二日酔いに呻く。部屋が揺れている。いや、揺れているのは部屋じゃなくてアタシの脳みそか。


 ここはイエドの片隅、古びた長屋の二階奥。畳の上には琵琶が転がり、安酒の匂いが舞う、小さいながらも楽しい我が家──そこに、ふと目に入る見知らぬ楽器ケース。何やら丁寧な作りで、場違いな高級感が漂っている。


「で、なんだっけ……この琵琶? うっすらとしか覚えてないんだが……」


 記憶が霞んでいる。ただ、悠長に思い出している時間はない。朝はいつだって時間が足りていない。


「うーむ……ちょうどいつもの琵琶はメンテに出そうと思ってたし、というか今日はお稽古もないし……しょうがねえ、これ担いで行くか……」


 今日はプロダクションも交えて次のツアーの打ち合わせ。遅刻したら殺される…...ということで、今日もアタシは必死に出社。街に吐瀉物をぶちまけながら。道行く人々は、まるでゾンビでも見るかのようにアタシを避けていく。


「昨日の私を……恨みますよ……」



 ──這々の体でプロダクションに到着。「吉水座(よしみずざ)音楽事務所」の看板が、今日はまるで墓標のように見える。イエドの町でも珍しく、贅沢に使われたピカピカのガラス扉に映るアタシの顔は、まるで能面のように無表情だ。


 今日は撮影もあるらしいけど本当に大丈夫なのか?徐々に現実に戻されていく中で、キンオウ様の超怖い顔が頭に浮かぶ。怒られるのやだなあ……


 事務所内の撮影スタジオに入ると、そこはもう別世界。ピカピカの機材、キラキラしたメイク道具。ビシッとキメた楽団員の面々。おアイはすでに、完璧に仕上げた澄まし顔で立っている。さすがは一座のアイドル枠。アタシだけが、まるで墓場から這い出してきたみたいだ。ヤツの隣に立つのだけは止めておこう。部屋の隅で存在感を消していよう。


 そんなことを考えていると、稀代のカリスマ、吉水座・座長のキンオウ様が入ってきた。


「お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」

「──おさす」


 お疲れ様ですの大合唱の中、あんまり声を出すと、別のモノも口から出てきそうになるので省エネ挨拶。案外気づかれないものだなあ、とかぼんやり思っていると、カメラマンが声を上げる。


「最初に宣材撮りたいんですが、大丈夫ですか?」


「おう。メイク、早くしろ」


 キンオウ様の声が静かに響く。 まるで地獄の閻魔大王の命令のよう。彼はいつだってプロフェッショナル。ビジュアルへのこだわりも尋常ではない。そのこだわりは当然、自分だけではなく団員にも及ぶ。どこまでも見透かすような目を、一人一人に送る。


 当然その目は、このボロボロのアタイにも突き刺さる。や、やばいかも……


「つーかおコマ、なんだお前また二日酔いか!?」


「は、はいぃぃ」


「…… 俺の画角を汚したら、お前、破門だからな」


「は、は、はいいいいぃぃ」

 心の中で叫ぶ。マジこええ……



「──では皆さん並んでくださいね。琵琶はそう、楽に構えてもらって」


 カメラマンの指示が飛ぶ中──突然、空気が凍りつく。


「待て……おコマ、なんだお前、その琵琶は」


 いつもより2トーンは低いキンオウ様の声。こんなにも静かに雷は落ちるのか。


「え、えっと……」


「見せてみろ」


 その命令は、拒否の余地がない。アタシは、まるで死刑囚。処刑人に首を差し出すように琵琶を渡す。


「な、なんだこりゃ、どうした!? どこからかっぱらってきた!」


「え、え、え??」


 キンオウ様の声がスタジオ中に響き渡り、()()()まくるアタシの言葉は、まるで壊れたレコード。「えええええおおおおぉぉ?」──そこにおアイが割って入る。


「待ってくださいキンオウ様! これは昨日、こいつ、『ラッキー・キャット(不思議な幸運を招く猫)』使って、飲み屋でもらったんですよ。知らない男に。そしたらそれが、どうやら大当たりだったみたいで‥‥」


「飲み屋でもらった? 知らない男? ふざけんな──竜松脂のニスが塗ってあるじゃねえか……」


 キンオウ様の目が静かに琵琶を見つめる。その目は、琵琶の中身まで見通してるように。


「竜のニス? 確かに変な色してますね??」

 おアイが首を傾げる。


「変な色とかじゃねえ。こりゃあ……出るとこに出たら大金貨10枚じゃ足りねえぞ……」


「えええええぇぇーーー??!!!」


 アタシだけではなく、スタジオ中がまるでコーラスのように声を揃える。


「……今すぐそいつに会わせろ。今すぐだ」


 キンオウ様の声に、誰も逆らえない。撮影は中止、全員解散。アタシ、大丈夫か??



 ──まるで夢の中を歩いているかのように、キンオウ様を連れてアタシとおアイは昨日の名刺の店に向かう。


 街の喧騒がアタシの頭痛をさらに悪化させる。人通りのないイエドの裏通りを進むにつれ、町並みが変わっていく。古びた建物が立ち並ぶ中「九尾ノ音楽堂」というこじんまりとした看板が姿を現した。


 店に入ると、そこには昨日会った男と狐族の姉弟とがいた。まるで、この展開を予期していたかのように。狐族の姉は、長い尻尾を優雅に揺らしながらアタシたちを優しく見つめ、弟は好奇心に満ちた目でキンオウ様を見ている。


 ヨロヨロと使い物にならない私を他所に、キンオウ様とおアイ、そして男が話し込んでいる。その会話はまるで異次元の言語のよう。「竜松脂のニス」「ドラゴンブルー」「NINEシリーズ」。アタシには全く理解できない言葉が飛び交う。二日酔いのせいなのか、それとも現実離れした状況のせいなのか。ああ頭痛が痛い。目の前は虹色のレインボー。


「──すみません、お水をいっぱい、いただけませんかね……?」


 空気を読んで静かにしてるのも限界を迎え、思い切ってお願いしてみる。キンオウ様からは必殺の視線を向けられたが、狐族の姉がにっこりと微笑んで、水を差し出してくれた。その仕草は実に神々しかった。


 ──水を飲み干しても一行に回復しない体調に、無念ここまでと思ってたら、どうやら話がひと段落ついたらしい。おアイがこちらに寄ってきた。


「あんた……おコマ……昨日の『ラッキー・キャット(不思議な幸運を招く猫)』で、すげえもん引いたかも」


「……琵琶弾きだけに???」


 アタシは、最後の力を振り絞って答える。そう、琵琶弾きだけに、引いたのは運命の琵琶なのかもしれない。


 そうして、意識が闇に沈んでいく。


 この意識不明の藻屑の中で、アタシは考える。これが運命の分岐点なのか、それとも単なる二日酔いの悪夢なのか.……答えはきっと、目覚めた時にわかるはず。それまでは、この心地よい闇の中で、しばし休息を取らせてもらおう……そして、目覚めた時には、きっと新しい物語が始まっているはず。琵琶の音色とともに。


Character File. 34

挿絵(By みてみん)


おコマには頑張ってほしいです(笑)!


ここまで読んでいただいてありがとうございます。ブックマークと☆のワンクリックが本当に励みになります! 楽しんで読んでいただけるように頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたしますmm

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