*ep.49|琵琶売り〼|駆け出しおコマの苦難と幸運1 ★キャラ画公開
ここはイエドの飲み屋街、提灯揺れる『虎の尾亭』。
煙管の煙と焼き鳥の香りが漂う中、アタシこと琵琶弾きの『おコマ』は、また今宵も盃を傾ける。イエドの、いや皇国NO.1の琵琶奏者になる夢を追いかけて追いかけて、つまずいて激しく転んでを繰り返し、なんなら最近はぶっ倒れ続けている。
隣では幼なじみの『おアイ』が、今夜もため息まじりにアタシを見守っている。彼女の髪からは桜の香りが漂い、この薄汚れた酒場にも春の風が吹き込んでくるみたいだ。さすがは私の同郷にして親友にして、稀代の琵琶弾き『キンオウ』様が座長を務めるイエドNO.1楽団『吉水座』のアイドルってわけ。今日も彼女の周りには、桜吹雪のように観客からの黄色い声が舞ってた。
「ねえおアイ?」
アタシは酔っ払いながらも、大切な琵琶を抱きしめる。
「アタシさ、キンオウ様に弟子入りして吉水座の一員になれたのは良かったけどさ、これじゃあさ、単独メジャーデビューなんて夢のまた夢じゃない? もはや夢の夢の夢ぐらいかな?」
「キンオウ様」は今代最高の琵琶演奏者として貴族、庶民ともに絶大な人気を誇るスーパーアーティスト。撥を使わずに指で弾く独自のスラップ奏法でイエドだけではなく皇国中から注目を集め、年間100本を越えるライブ公演に引っ張りだこのクール且つダーティー、変幻自在、天衣無縫、蓋世之才。その容姿からは想像もできないほど繊細でストイックな変態琵琶師にして私たちのお師匠だ。
──グデグデに酔っ払ったアタシの隣で、おアイが小さなため息をつく。その息で、目の前の枝豆が揺れている。ゆらりゆらり。
「まったく、おコマったら。キンオウ様は皇国でもスーパースターだけど、私たちはそうじゃないの。まだ駆け出しのペーペーなの。スターの横にいるから自分も成り上がれる、演奏が上手になるって思ってたら大間違いなんだからね! 苦しいから逃げるんじゃない、逃げるから苦しくなっちゃうんだよ!」
「うぅ......アタシなんて、アタシなんて......」
おアイのストレートな説教に思わずアタシの目から涙がポロリ。いつだっておアイは正しい。
「はいはい、おコマが人一倍練習しているのは私がよく知ってますよーっだ。ほら、もう飲むのやめな」
でも、アタシの右手は勝手に盃を掴んでる。まるで盃に魔法がかかってるみたい。えい、離れろこの小さな魔物め! 怪物め!
「あーあ、アタシはこのままおばあちゃんになるまでイエドの長屋に住んで、川のほとりで一人寂しく琵琶を弾きながら死んでいくんだ。そしたら琵琶を棺桶代わりにしてもらおうかな。ピッタリサイズの特注品を」
アタシの言葉に、隣のテーブルのおじさんが「おや? 何それ、悪くないアイデアじゃないか」みたいな顔をしながら盃を傾けてきた。冗談でも言わなきゃよかった。こっち向くなお前なんて知らねえよバカやろう!
「まあたおコマの嘆きコンサートが始まったわね……」
おアイが呆れ顔で言う。
「もういい加減にしな。激コワなキンオウ様だけど、根は優しいんだから私たちのデビューもしっかり考えてくれてるって。頑張ってればファンの人も見てくれてるって!」
そう言って、おアイはキラキラの目をこちらにむけてきた。まるでアイドルがステージに立った時のような輝き。いつだっておアイは眩しいくらいに可愛い。
「それに……最悪食うに困ったら用心棒にでもなればいいじゃない。私たちならそっちの方がずっと稼げるし(笑)」
「うぅ......アタシなんて......」
──おアイの優しさに屈することなく後ろを向き続けていたアタシの中で、何かが弾ける音がした。まるで琵琶の弦が切れたみたいに。
「うーーーん……『ラッキーキャット』ぉぉお!」
店内が一瞬にして黄金色に染まる。まるで巨大な猫が宇宙の砂場でひと暴れしたかのように、キラキラと輝く金粉が空中を舞う。その光は薄暗い居酒屋の隅々まで届き、古びた木の椅子も、くすんだ壁も、全てを眩いばかりの輝きで包み込む。
「げっ!」
おアイが驚いて叫び、客たちも驚きの声を次々と上げる。ある者は目を見開いて口をぽかんと開け、またある者は慌てて目を細めて顔を背ける。カウンターで酒を飲んでいた常連は、思わず盃を取り落とし、その音が静まり返った店内に鋭く響く。
「あ、あんた……また固有魔法使っちゃったの!?あんたの『ラッキーキャット』は発動したら小さな幸せを運ぶけど、その代償で明日は猛烈な二日酔いになるんでしょ!」
「う、う、うるへえええー……」
アタシは盃を傾けながら言い返す。もはや盃が傾いているのか私が傾いてるのかはわからん。酒はチョロチョロとこぼれている。
「こないだなんて『お店の人が間違って作っちゃったチキンナゲット一皿がタダになった』だけだったじゃない! 次の日の二日酔いで『もう2度とこの魔法使わない』って言ってたくせに!……これだからメンヘラの酔っ払いは……」
おアイが悪態と共にため息をつく。その息で、テーブルの上の蝋燭の炎が揺れる。まるでおアイの諦めの気持ちに同意するかのように。ゆらりゆらり。
「こりゃ明日は『頭の中で太鼓の達人フルコンボ』確定だね……」
アタシはもう頭がクラクラで、天井はぐるぐる。ベッドの感触が妙に気持ちいい。まるで雲の上にいるみたい……って、これってベッドじゃなくて床か。いつの間にか転げ落ちてたみたい。アタシの人生と同じように。
「ふにゃ~、アタシにもいい夢見させてくれよお。明日の自分なんて、今のアタシには他人だよお! 今はこの床との一体感と、来る幸運を楽しむんだよお〜〜〜!」
「……ちょっとお水もらってくるわ。バケツいっぱいね」
──おアイの足音が遠ざかる中、アタシは床に寝そべったまま天井の染みを眺めていた。その染みが、にやりと笑っているように見える。まるで明日の二日酔いを予告するかのように。
店内の喧騒が遠い波のように耳に届く。グラスが触れ合う音、誰かの笑い声。全てが不思議なハーモニーを奏でている。そこにふと、嗅ぎ慣れた琵琶のニスの匂いがした。
「大丈夫ですか? 完全に飲み過ぎですね(笑)」
優しく、不思議な落ち着きがある響きにアタシは顔をあげて、声の主を探す。
「うぅ...あんた、誰...?」
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酔いどれシーン好きです><
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