ep.45|乞食が往く|異世界で再就職2 ★キャラ画公開
「おおお! あんたこりゃ『クニヨシ』の肉筆画じゃないか!」
店主の大柄な女性が、狭い店内に響き渡るように声をあげる。
一行はカクゾウの紹介で、彼が信頼できるという美術商を訪れていた。
そして、先ほどエドモンドの店で手に入れた大量の版画を店主に見せると、それはそれは大きな声が上がったのだ。
「木版で大量に刷る版画と違って、肉筆画は浮世絵師が一筆ずつ丁寧に描いたもののことですよ。しかも絵師は当代随一の呼び声高いクニヨシの作ですか。そして人気の『猫飼シリーズ』じゃないですか。貴族にもファンが多い作家ですからね……これはすごいな……」
カクゾウの説明をぽかんと聞いているミコノとカラマル。
「そうだなあ……この猫飼の肉筆画だけで……大金貨4枚ってところかな」
「えええええ!!」
美術商の女主人が提示した買取金額に驚きの声をあげるミコノ。
「だ、だ、大金貨4枚!!! い、1年暮らせる……!!!」
尻尾まで逆立てて震えているカラマル。
──うん。金貨の価値ってあんまり分かってないんだけど、1年分の生活費ってのはすごいな(笑) そして、この2人に商いの才能、少なくとも商売の常識がないことはよく分かったな(笑) 得意先からの金額提示が好条件すぎて目の前で震えちゃうとか、小学生じゃないか。こんなんじゃ儲かるものも儲かりまへんで。あ、カラマル少年は年齢相当ってことか。
竜之助はそっとカクゾウに視線を向けた。その鋭い目で、この取引が適正なのかを確認する。カクゾウもその意思を受け取ったのか、静かに微笑みながら頷いた。
どうやら肉筆画? の金額はこれで適正のようだ──ミコノさんが納めた楽琵琶? の適正価格がわからないけれど……本当に「1年分の生活費」に化けたのだとしたらすごいことじゃないか(笑)。ストラディバリウスのバイオリンとまではいかないけれど、スタンウェイのグランドピアノを1台売ったみたいな感覚だろうか。だとしても……すごいな(笑)
「二人とも、この金額でお譲りしていいか?」
「も、もちろんです!!」
念の為、売却意思を二人に確認した竜之助。ミコノとカラマルは取れてしまうんじゃないかというくらい首を縦に振っている。
「──あ……カクゾウさん、、そういえば、この売買にかかる税金って……」
「法人所得税のことですか? そうですね。普通に3%相当をお納めいただくことになると思いますが?」
「ああ、そうですよね3%! はい! もちろんですね3%!」
「ちゃんと役人である私の前で、納税の意思を示していただけるとはありがたいですな(笑)」
竜之助の質問に笑って答えるカクゾウ。
──3%! 3%だって! みなさん聞きましたか3%ですよ! 拭いて飛ぶような税率で草です。現代日本の法定実行税率なんて31%だよ。未発達の社会のダイナミックなところだなあ。その分、社会福祉とかは全く充実していないのだろうけれど、それでも感激の数字だ。商売し放題だなあ、夢が広がるなあ。小説や漫画で「剣と魔法の国」に放り出されてよくみんな前向きに頑張ってるなあと思ってたけど、こういう空気がそうさせるんだろうなあ。発展途上社会特有のギラギラしたダイナミズというか。閉塞感のない感じが最高だなよくわかった!!
ブツブツと独り言を言っている竜之助に眉を顰めながら話しかけるカクゾウ。
「あの……そろそろ種明かしをしていただいてもよろしいですか? 竜之助さんはなぜ、商品を確かめもせず、あの束の中の肉筆画を言い当てたんですか? 失礼かもしれないが……何か固有魔法をお使いになられたのですか?」
「(……固有魔法……?)」
聞きなれない単語に思わず押し黙る竜之助。
「そうだよ! 兄ちゃんは特別な力を持っているのさ! 不思議パワーを持った仙人様なんだ!」
目を輝かせながら熱弁するカラマル。
「不思議、パワー(笑)??」
笑いながら聞き返すカクゾウ。
「そ、そうなんです。不思議パワーです(笑)──万能ではありませんがね、芸術を扱うものとしては重宝する力ですよ。ただこれは言わぬが華。全てをここでご紹介するのは時期尚早でしょう」
適当に誤魔化そうとする竜之助。
「もう少し詳しくお聞きしたいですな!」
目を見開き、力強い瞳で圧をかけるカクゾウ。
「うむむ……そうですね。確かに、今回カクゾウさんには助けていただきました。ですので……今後、あなたが困った時に一度だけ、助けになることをお約束しましょう。何か『迷いごと』があった時は九尾の音楽堂をお訪ねください。確実に、とはお約束できませんが、きっとあなたのお力になります」
ゆっくりと目を瞑り、空中に手を合わせ合唱する竜之助。
「うむむ……そうですか。そうですよね。仮にその力が固有魔法のそれだったとして、それは当然、秘伝として秘匿すべきものだ。わかりました──私は仕事柄、真贋の定義に困ることばかりです。困った時に頼れる存在ができて私も大変良い収穫になりました。貴方たちも何かお困りの際はぜひ私をお尋ねください。この出会いに感謝を! ではまた……」
そう言ってカクゾウは店を出て行った。
──うーん……我ながら適当すぎたな。まあしょうがないか。確かに世話にはなったけど、役人とか政治家なんて基本的には碌な連中じゃないからな。権力とルールを盾に、時にはそのルールを改変して自分の都合を押し通してくるバランスがぶっ壊れたゲームチェンジャーだ。そんな人たちに、まだ俺自身もよく分かってないこの能力のことなんて知られよう日には何に利用されるかも分かったもんじゃないからな。「迷いごと」なんて咄嗟に適当な言葉を並べて合唱したのは我ながら大変素晴らしい機転だった(笑) 宗教の匂いを含ませつつ、占い師のような神秘を秘めた、なんだか霊験あらたかな、近寄り難い仙人。不確定要素が強すぎる今、あらゆることから一定の距離を置くには最高の対応だったな!
「……」
独り言の止まない竜之助を無言で見つめるミコノとカラマル、と美術商の女主人。
「あ……、大丈夫! 大丈夫ですからねー! 元気溌剌! 商売繁盛! あっはっは!」
必死に取り繕う竜之助。少しだけ、ミコノとカラマルとの距離を遠くなに感じるのは気のせいだろうか。
Character File. 33