ep.43|乞食が往く|VS ダンディーアート3
「こちら、昨日から入ってくれた新しい職人の竜之助さんです」
──完全な部外者だと怪しまれるだろうということで、俺の設定は職人になっていた。従業員であろうという想いは一緒なので大きくは間違っていないはずだ。そして俺は腐っても営業職。取引先との「初めまして」は息を吸うより早く出てくる。
「初めまして! 九尾音楽堂の竜之助です! 今日は勉強させてください!」
「……初めましてエドモンドです。いやあ、新しい職人さんですか。驚きました! あんなことがあったから、もうお弟子さんなんて取らないと思っていましたよ(笑)」
竜之助の存在に、驚いた顔で挨拶を返すダンディ。ミコノとカラマルは苦虫を潰したような顔で堪えている。
「あんなこと」とは職人の引き抜きのことだろう。店の衰退を招く原因になった事件を笑いながら口にしてしまう辺り、完全にリスペクトがないことを物語っている。これはひょっとしたらひょっとするぞ。金の匂いに敏感な港区系ハイエナ投資家の要素も追加しといた方がいいな。
「──早速ですがエドモンドさん。ご発注いただいた琵琶をお持ちしました」
「おおおありがとうございますありがとうございます! お待ちしていたんですよ」
「今回のご用命は楽琵琶でしたので……」
「そうですよねそうですよね。ありがとうございます。今回も立派な出来だなあ。いやあ凄い!」
早速商品を納品しようとするミコノと、その琵琶を見て一際感嘆するエドモンド。
「──……なあカラマル君? 楽琵琶ってなに?」
「知らないですか? 祭事や式典などの公式な場で使われるもので、他の琵琶よりも一回り大きくて立派です。何より……高価です。これで支払いがなかったら、それこそ僕ら、首を括らなきゃいけませんよ……」
カラマルは気を張っているのだろう。小声で竜之助に耳打ちしつつもその視線は楽琵琶を嬲るエドモンドから離さない。
「いやあ、今回も素晴らしい琵琶だ。ありがとうミコノさん! ──して、今回のお支払いなんですが……こちらをご確認いただいて……」
カラマルはエドモンドから代金の入った巾着を取り上げ、目を見開きながら中に入った銀貨を数える。
「──半分……半分だ! 約束の半分しか入ってないじゃないか!?」
激昂するカラマル
「まあまあまあ、、そんなに慌てず……この不況だ。私たちも物入りでねえ……いつも申し訳ない。本当に申し訳なく思っているよ。もう半分の支払いは、いつもの現物支給ということで……この絵志野の茶碗で収めてくれないかね。見てくれこの薄く赤味を帯びた珍しい釉色が味わいを──」
どうやらカラマルが説明してくれた通りのようだ。こっちの顧客が少ないのを知ってて足元を見てやがる。売れるかどうか、なんなら本当の資産価値なんてわかりもしない茶碗で、代金の半分の支払いを済まそうとしている。ミコノさんもカラマル君も、こりゃ相当舐められてるなあ──なんてったって、あの茶碗、どす黒く光ってるわけだし……
カラマルは引き続きエドモンドと激しく口論しており、ミコノは悲しそうな顔を見せながら立ちすくんでいる。着物の端を持つ両手が震えているのが見え、竜之助の心は締め付けられる。
そして深い息をひとつ吐き、真実を見定める眼を持つ異世界から来た男は言葉を発する。
「あの──ちょいとよろしいですかね?」
「ん? なんだね見習いくん」
「その茶碗……大変素晴らしいものとお見受けします。ひょっとしたらエドモンドさんがこのお店で用意できる、最上のモノをご手配いただいたんですかね?」
「その通りだよ見習いくん! 君はいい目をしてるねえ! この志野茶碗は茶人子爵と呼び声高いブーマイ様の旧蔵の逸品! 今わたしの店で用意できる中では最上級のものだよ! しっかりした売り手さえ見つかれば、その琵琶の価値を遥かに凌ぐ金貨5枚はくだらないモノだよ!」
「そうですよね……ご配慮ありがとうございます!」
「そうだろうそうだろう。ほら、カラマル君。見習いくんもああ言ってるし、これは大変いいものなんだよ──」
竜之助の合いの手により、さらに勢いよく、無理矢理にでも商談を終わらせようとするエドモンド。
竜之助はニヤリと口角を上げながら続ける。
「──ただですね。それをいただくのはどうしても気が引けますよ。金貨5枚なんて恐れ多い。それよりも価値は下がるのでしょうが……こちらを所望させていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って竜之助は店の奥の黒い茶碗を指差した。
その黒茶碗は歪みのない端正な半筒形。強く張った腰や高台まわりに施されたかすかな起状、さらにやや幅広の高台畳付などの様子と、何より染み入るような悠然とした黒を纏ったその姿は見るものを魅了している。
「えっ……それは……」
それはエドモンドの秘蔵の品であるようだった。
「その赤い茶碗よりも価値は低いのでしょう? 我々はこの黒い方をいただきますよ」
「い、いや、それはいかん!」
焦りを隠さずに黒色の茶碗に執着するエドモンド。
「え、でもエドモンドさんには実利がある話ではないですか?いつもお世話になっているのですから、今回は我々が負担を背負いますよ。お互い様です」
不気味な笑みを浮かべる竜之助。
エドモンドと竜之助の攻防を、ミコノとカラマルは呆然と見守ることしかできない。
「こ……これはいかんのだ。そうだ……すまんが既に買う人が決まっているんだ。だから譲れないんだ!」
「そうですか……ではこちらは??」
今度は別の茶碗を指差し、交換を求める竜之助。
その茶碗は、漆黒の中に星を思わせる斑紋が瑠璃色の光彩をまといながら浮かび独特の文様を彩り、角度によって神々しい光彩が虹色に輝きを放っている。
「うっ……それは!?」
それもどうやら、エドモンドの秘蔵の品であるようだった。
「その茶碗よりも価値は低いのでしょう以下同文──」
「そ、それはいかん!」
「ダメと言ってばかりでは話が進みませんよ! エドモンドさん、あんたも商売人なんだろう、後出しが多すぎる! フェアにやらないといけませんな! まさかあなたはそうやって都合が悪くなるとお客を騙しているのではないですか!??」
竜之助はエドモンドを次々と問い詰めていく。
いつの間にか、その口論は店内の注目を集め、客たちによるヒソヒソと連なる小声の喧騒が次第に大きくなっていく。
「ううう……いかんと言ったらいかんのだ!」
この街に住む人間は、火事と喧嘩を最高の娯楽だと思っている。取り乱したエドモンドの様子を見て、店内にはヒソヒソ声がますます増えていき、気づけば店の外にも人だかりができているようだった。
「──わっはっは! 一部始終を拝見させていただいたよエドモンドさん。随分と旗色が悪そうじゃないか」
いつの間にか増えた店内の客。その一人が大きな声を上げた。
「あ……カクゾウ様」
良質な糸で丁寧に織られたであろう着物を纏った、カクゾウと呼ばれる小太りの男が、エドモンドと竜之助たちの間に割って入った。
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