ep.41|乞食が往く|VS ダンディーアート1
「九尾ノ音楽堂」というこじんまりとした看板、無駄のない好感が持てる佇まい。商店街を一本裏道に入ると、静かな面持ちの楽器屋が姿を現した。
「連日すみませんね」
昨日の出来事を思い返し、竜之助は頭をかきながら暖簾をくぐった。
店内にはミコノが作ったと思われる琵琶が整然と並んでいる。そしてその一角には、場違いな壺や宝石品が何食わぬ顔で並んでいた。
「改めましてようこそ! ここが私たちのお店『九尾の音楽堂』です! 奥は工房になっています。普段は私がそこで琵琶を作っていて、カラマルには店番をしてもらってます……昔は職人さんも多かったんだけど……」
「職人を引き抜かれてしまったと……」
「そうなんです……『千勢屋』さんという大店に、皆さん移って行かれてしまいました。うちなんかよりお給金も高いみたいで……」
ミコノが目に見えてしょんぼりしていく中、カラマルは怒気を交えて続けた。
「姉ちゃんは悪くないよ! あいつらは金に目が眩んだどうしようもない奴らだ! お姉ちゃんが手取り足取り教えてあげたっていうのに、その恩を仇で返しやがって……全部、チセヤのせいだ!」
──エドモンドといいチセヤといい、どうやらこの少年はいろんなことが気に食わないらしい。確かに、こんなに綺麗なお姉ちゃんが苦労してたらそりゃなんとかしたくなるよなあ。思春期の男の子だもんな。いつだって男はヒーローじゃなきゃいけない。俺だってそうだ。男・竜之助、ここで立たずしてなんとする!
で、問題はどうやってこの姉弟たちの力になるか、なんだけど……
「ちょっとその、魔法の鏡、見せてもらって良いですか?」
竜之助は身に覚えのない魔法の鏡を手に持つ。
──手がかりはこれしかないんだよな。神様が力をくれたとして、「お前がコンビニで買った鏡に真実を映し出す力を授けよう!」とか言うんだっけ? そこはせめて、おばあちゃんからもらった形見の鏡、とかだったらあり得るのかなあ。まあ、持ってないんだけれど。
などと、竜之助が鏡を持ちながら唸っていると──突然、自分の腹の底にある何かとその鏡が、不思議な力でリンクするのを感じた。まるで二つの異なる存在が共鳴し合い、一つの調和を見つけたかのように。
竜之助の腹の底はチリチリとした感覚が広がり、手に取った鏡の冷たさが温かみに変わっていく。
「な、なんだなんだ!? ビビッときた! ビビッときたぞ!?」
突然の竜之助の奇行を、固唾を飲んで見守る姉弟。
(この感じ……この感じのまま集中すると何かが見える、そんな気がする……!)
竜之助は直感に従い、腹の底でチリチリと存在感を放つ不思議な感覚に意識を集中させ、目を閉じた。まるで何か暖かいものが腹の底から湧き出るような感覚に心が躍る。
「な、なんだこれ面白ええーー!」
目を開き、思わず口に出して叫んだ竜之助の眼前には、これまで見たことのない光景が広がっていた。
(──な、なんだこれ!? 天女様と、並んでいる琵琶たちが光り輝いて見える!! ──そして……あれは何だ、壺や宝石に黒い霧がかかっているように見える……気持ちが悪い!)
竜之助はその光景に思わず息を飲んだ。琵琶が放つ神々しい光と、壺や宝石に纏わりつく禍々しいオーラが対照的で、まるで善と悪が小さな店の中で互いを牽制し、蠢き合っているように見える。
「ゴクリ……」
竜之助の百面相を固唾を飲んで見守る姉弟。
「あの……何か、わかりました……??」
「──あ、はい。えーっと……なんか、嘘を暴くっていうか……良いものは光って見えて、よくないものは濁って見える、みたいな感じっぽいです(笑)」
首を傾げる姉弟を見ながら、それよりもよっぽど深い角度で首を曲げる竜之助。
──集中を解くと景色はいつもの景色に変わっていた。
「まあ、その、私には不思議パワーは備わってるみたいです(笑)」
頼りなく笑う竜之助に、カラマルは眉をひそめる。
──そりゃそうだ。俺でも納得だ。怪しいったらありゃしない。「見ただけで善し悪しがわかる!」なんてセリフはグルメ漫画によく出てくる悪役と一緒だ。実際に食べてみなきゃわからんだろ。というかここは異世界、自分がいま何を食べようとしているのかもわからん。こんな適当なこと言ってて、俺もカラマル少年の悪者リストに入ったら困るどうしよう。
恩人たちに白い目で見られるわけにはいかない、といういささかの緊張感を持って竜之助は改めて店の中の商品を見渡す。
──さっきと一緒なんだよな。光ってるのはミコノさん本人と、あとはミコノさんが作ったという琵琶。凄くいいものなんだろうなあ。というか、この目はモノだけじゃなく人とかにも適応されるのか。ミコノさんってやっぱり天女……
「──ん……ひょっとして、これとそれとあっちの琵琶は……失敗作かなんかですか??」
竜之助が部屋の中をよく見ると、全ての琵琶が光を纏っているわけではないことに気がついた。
ミコノとカラマルは、驚いた表情を見せている。
「失敗……というわけじゃないんですけど、今ご指摘いただいた琵琶は、辞めていった職人たちが作ったものです。私が作ったものと比べると、確かにちょっと至らないところがあって……でも、値札をつけてるわけじゃないし、そもそも手にも取らずによくわかりましたね……?」
「あーー、なんか、光ってなかったんですよそっちは(笑)」
また阿呆のような物言いになってしまったが、どうやらこの目は本物なんじゃないか? いい感じのモノが光って見える、オーラがあるモノは教えてくれる、そんなスーパー鑑定眼なんじゃないか!?
自分なりに定義していく能力の可能性に、思わず心を躍らせる竜之助。
「──というかそもそも……どうしてこんなに素晴らしい琵琶が売れないですかね? これとか、めちゃくちゃ光ってますよ(笑)」
いくつかの琵琶は一際光って見え、素人目にもその素晴らしいさが伝わってくる。竜之助の疑問に姉弟は目を合わせ、難しそうな顔をして唸る。
「なんで、だろうね……」
「このお店、人通りがない裏路地にあるけど……宣伝とかしてます?」
「宣伝……?」
竜之助の発言に二人は首を傾げた。
──どうやら二人の辞書に宣伝やPRという言葉はないらしい。高速道路に乗った途端に「ルートを再検索しています」と言われた時のような嫌な予感を覚え、竜之助は恐る恐る質問を重ねる。
「顧客……リストとかは?」
「お得意さんのこと? チセヤに職人ごと持っていかれたんだよ……」
カラマルが悔しそうに答え、竜之助は矢継ぎ早に質問を重ねる。
「え、じゃあ新規開拓は?」
「開拓?? 新しいお客さんは……週に何人かお店を覗きにきてくれるけど……」
──ダメだ!こりゃダメだ! そりゃそうだ! 腕と性格のいい職人さんが一人と少年番頭さんが一人。人通りの少ない小さな店子でここは異世界。マーケティングのマの字もあったらいい方なんだろう。あんなに嫌いだった会社の上司の小言が恋しくてたまらない。
『いくら素晴らしい商品を作っても、伝えなければ無いのとおんなじ BY松下幸之助』
天高く拳を突き上げ、堂々と宣言する竜之助に唖然とする二人。
「……マツ、タコ??」
「──前まで俺は『人に伝える』仕事をしてたんだ。もうこの世界にきて、夢も希望も生きる意味もないと思ってたんだけど……自分の使命がわかった気がする。俺は二人の力になるよ! 俺が持ってる力と知識で、二人のことを幸せにするよ!」
突然の竜之助の決意に驚きを隠せないミコノとカラマル。
「本物を見抜く力と現代日本のマーケティングの力で、俺はこの世界でやり直すんだ!!」
竜之助は異世界の青い空に、そう高らかと宣言した。
───
竜之助のなんちゃってマーケターファイル01
「伝わらなければ存在しないのと同じだ」
松下幸之助
日本の実業家、発明家。パナソニックホールディングスを一代で築き上げた経営者。二つ名は「経営の神様」。PHP研究所を設立し、日本の倫理教育や出版活動にも活躍。晩年は松下政経塾を立ち上げ、政治家の育成にも力を入れた人物。
この格言は、どんなに良い商品、良いサービスであっても、顧客層にその価値がしっかりと伝わらなければ、それは存在しないのと同じだという、宣伝を中心としたマーケティング活動の重要性を表した言葉として広く知られています。