ep.39|乞食が往く|狐族姉弟との出会い2 ★キャラ画公開
「うぅ……これが東京に帰るための、世界の試練なのか……」
吉田竜之助は一人、臭い口から出る軽口と共に目を覚ました。
硬い地面に敷いたござの感触に背中が悲鳴を上げている。まるで、昨日見た悪夢が現実だったかのような痛み。そして、夢ならまだしも現実のほうが痛いとは何たる皮肉か。
「まあ、これで腰痛が気にならなくなるなら、実質……治療費はタダだな……」
竜之助は自嘲気味に笑い、体を伸ばして背中の痛みを少しでも和らげようとする。
異世界に転移してからというもの、生活はまるでジェットコースター……いや、ジェットコースターならまだマシだ。こっちは終点が見えない分よっぽどタチが悪い。朝の光が頬を撫で霧が立ち込める中、ヨロヨロとなんとか立ち上がる。
異世界でのサバイバルゲームが今日も続く。転移してから今日で3ヶ月。竜之助は乞食生活がすっかり板についてしまった。
「──まるで『天女』だった」
忘れられない昨日の情景……こちらに転移してからというもの辛酸を舐め尽くしてきたが、あの出来事はまさに奇跡か幻かのように思い出される。
彼女が手渡してくれたおにぎりは、まるで宝石のように輝いて見え、おにぎりがこんなに眩しく見えるなんて俺の目は相当疲れてるんだなとその瞬間は本気で思った。ただ彼女の手から渡された水を飲んだ時、喉の渇きだけではなく心の渇きも一気に癒され、おにぎりを口に入れた瞬間は感動と唾液の洪水で溺れそうになった。
狐の少女の救いの手……それはこの荒涼とした異世界の大都会という砂漠に突如現れた、美しい泉だったのだ。
「──おにぎり一つでこんなに感動するなんて、俺も随分と心が弱くなったもんだ……」
自嘲しながらもその記憶は竜之助の心を癒していた。狐の女の子の優しさが、彼の疲れた魂に少しの安らぎを与えてくれた──もう少しこの転移した異世界で頑張ってみようと、折れかけた竜之助の心をなんとか繋ぎ止めてくれた。
「……昨日決めたんだ……俺はもう少し、この世界で頑張ってみるんだ!」
昨日の決意を脳内に呼び戻し、拳を握り締めながら竜之助は自分に言い聞かせた。
「俺が俺自身を諦めるわけにはいかない! まだやれることはたくさんあるんだ!」
──竜之助は気分も新たに、日課となった「残飯あさり」に飲食街に行く。
「さあて、今日のメニューは何だろな?」
心なしかいつもより軽快に飲食街に足を運ぶと、竜之助の胃袋は期待に応えて大きな音を立てた。彼にとっての「ビュッフェ」は、店の裏手に積まれたゴミ袋だ。焼き魚の切れ端を見つけると、まるで宝物でも発見したかのように微笑みが溢れる。
「これが俺のデリシャスな朝ごはんだ……賞味期限なんてただの数字……飛べない豚はただの豚!」
自分を奮い立たせるような軽口を叩き、生臭い肉片を口に運ぼうとしたその瞬間──不意に冷たい声が背後から飛んできた。
「──おいおいおいおい、何してんだ乞食野郎! もう来るなっつったろがい!」
振り返ると、数人のゴロつきが立っている。彼らの目はまるで腐った魚のように冷たく、軽蔑と敵意に満ちた目でこちらを見ていた。最近飲食街が街の治安維持と衛生環境改善のために雇った超積極的肉体派清掃業者の面々だ。見えないところまで手が届く、とても優秀な業者なのであろう、先日知り合った乞食仲間も物理的にお掃除された。その成果は日に日に最大化され、街はどんどんキレイになっていっている。
「この社会のクズが!」
罵声と共に拳が飛んできた。竜之助はスローモーションの映画のようにそれを避ける……ことができず直撃をくらい、二撃目の前蹴りで裏道へ吹っ飛ばされた。
「お前みたいなゴミがこの街を汚してるんでい!」
ヤンキーたちは次々と拳を振り下ろした。痛みが全身に広がり竜之助の視界がぼやける。まるでペットボトルを潰すように足蹴にしてくる彼らに、竜之助は自分が本当にゴミの一部になったかのような感覚に囚われる。
「もうだめだ……やっぱりもうダメでしょ……い、いいことなんてないんだ……」
朝の決意を風のように素早く翻意し、竜之助を絶望が覆い尽くす。不思議と痛みはない。ただその恐怖で、彼は完全に諦めかけていた。希望を、人生を、生きる意味を。
──その時、突如として鋭い声が響いた。
「いい加減にしなさい!!」
目を開けると、そこには昨日の狐の少女が立っていた。肉体派清掃業者の一同を前に、毅然とした態度で止めに入ってくれている。
(天女だ……)
そして竜之助が感動に涙するよりも早く、清掃業者の皆さんが天女を恫喝する。
「なんだと?! コンコンうるせえぞ狐!」
その恫喝を聞いた瞬間、狐の少女の目には鋭い光が宿る。これまで上手に隠してきた巨大な牙が顕になり、剥き出しになった歯茎は紅蓮の炎のように鮮やかに染まっている。まるで般若のような形相で全身の毛を逆立て、世界を震わせる。彼女の怒りは嵐のように周囲に吹き荒れ、竜之助はその迫力に思わず硬直した。
「お前ら、モウいい加減にしろ!!!!」
彼女の声はまるで雷鳴のように鋭く響き、空気を切り裂き、その見えない刃で業者のみなさんを一瞬で失神させた──かに見えるほどだった。その姿はまさに地獄の番犬。
ゴロつきたちは顔を青ざめさせ、次第に後ずさりを始めた。彼女の一睨みで、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。竜之助はまだ硬直している。
「大丈夫?? やっと見つけました……」
彼女は再び優しい声に戻り竜之助に手を差し伸べた。その手を取ると、まるで先ほどの出来事が嘘だったかのような人の温もりが伝わってくる。
「ありがとう……本当にありがとう。君はまるで天使だ、いや、女神、天女だ……君がいなければ、俺は、今頃、どうなっていたか……」
大粒の涙と嗚咽を垂れ流しながら、竜之助は先ほどの恐怖も忘れ、心からの感謝の言葉を口にする。
ミコノは天女のような笑顔で竜之助を包み込む。カラマルは姉の本気にまだ足が震えている。
Character File. 29
ミコノさん激コワです><
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