ep.38|乞食が往く|狐族姉弟との出会い1 ★キャラ画公開
乞食のような汚い男が店の前をフラフラとした足取りで歩いている。
「水を一杯いただけませんか……水を一杯いただけませんか……」そんなことを言いながら商店街の店を巡っているようだ。
──ただでさえ琵琶が売れないのに、変な物乞いをお店に入れたら売れるものも売れなくなってしまう。ここ『九尾の音楽堂』は姉の『ミコノ』と必死の思いで開店させた小さな楽器店だ。文字通り変な虫にたかられる前に追い払ってしまおう。寝る間も惜しんで琵琶を作っているお姉ちゃんに、これ以上余計な心配はさせられない。姉ちゃんは、俺が守らなきゃいけない……!
「──水を一杯いただけませんか………一杯だけぇ………」
乞食は虚な目に涙を浮かべ、懇願するように『カラマル』に近寄ってくる。およそ風呂になど入っていないであろう強烈な汚れが肌にへばりつき、独特の腐臭がする。飯も碌に食っていないのだろう、頬も痩けて吹けば飛ぶような印象を受ける。見た目は30を過ぎたくらいだろうか。本来は体格のいい青年であろうに、物乞い特有の腰の曲がりが板についてしまっている。
──なんて情けない……俺は絶対にこんな大人にはならない……! 男はいつだって雄々しく、女子を家族を一族を守る強い存在じゃないといけないんだ。鬼の英雄を知ってるか!? 頑張ってカッコつけてないと、生きてる意味なんてないんだ!
「何もやらねえよ! あっちいけ!!!」
カラマルが箒を振りかぶると、その物乞いは更に情けない声を出した。
「ひいぃぃぃ」
「──いけません! カラマル! その方はお困りなんですよ!」
そこに姉のミコノが店の奥から姿を現し、カラマルを諫めた。
──お姉ちゃんに見つかってしまった……見つかる前になんとかしたかった……どうせこの姉は乞食に対しても『困っているのはお互い様』とか言って施しをしてしまうのだろう。自分だって爪に火を点す思いで節制して、なんとかお店をやりくりしようとしているのに……長屋でも『天女様』というあだ名がつき始めているんだ。姉ちゃんはいい人すぎるんだ……
そもそも何で姉ちゃんの琵琶が売れないんだ!? 里でも一番の職人だったし、最初の頃は商売も上手くいってた。こっちで職人も雇えたし、念願の店を構えることだってできた。それなのに……『千勢屋』のバカに職人を引き抜かれて、うちの廉価版みたいな商品を出されて、終いにはお客も取られちまった。いいことなんて何一つないんだ。それなのに他人のことなんて……
「──はい、お兄さん。お水、飲んでください。もしよかったらこれも食べてくださいな」
そう言うとミコノは水と一緒に、自分が食べるはずだった塩おむすびを盆にのせ、物乞いに丁寧に差し出した。
「ああああありがとうございます!!!!」
その乞食は盆に襲いかかるように抱きつき、おにぎりを貪り、水を飲み干した。
「ありがとうございますありがとうございます!……こんなに美味しいものは食べたことがありませんありがとうございます!!」
物乞いは嗚咽し、よだれと涙を一緒に垂らしながらミコノの袖を掴み、これでもかというくらい感謝の意を表している。
「……ったく汚ねえなあ」
──姉ちゃんの着物を汚したらただじゃおかねえからな! 早く出ていってもらなわないと……そろそろエドモンドのやつんところに外商に行かないといけないんだ。うちの琵琶を買ってくれる数少ないお得意さんだけど……あいつも意地が悪いからなあ……こんな物乞いを店に入れてるなんて聞かれたら、またどんな難癖つけられるか分かったもんじゃない。
そもそもあいつは、時々姉ちゃんをいやらしい目で見てるのを俺は知ってるんだ。最初は金払いも良かったのに、最近じゃ物々交換だとか言って怪しい壺や宝石を置いていきやがる。これはなんちゃらが作った壺だとか、ほにゃららがつけてた由緒ある宝石だとか言ってるが、本当かどうかも分かったもんじゃない。現にエドモンドが琵琶の支払いの代わりに置いてった品物はちっとも売れしない。そのせいでここ3ヶ月は本当に売り上げがヤバイ。いいことなんて何一つないんだ……
カラマルの心配をよそに、物乞いはまだ店前を去らずにいる。そしてゴソゴソとポケットから銀色の小さな金属のようなものを取り出して言った。
「本当に、本当にありがとうございました……どうかお礼に……もう、持ってたものは捨てたり盗まれたり売ったりしちゃって、こんなものしかないんですけど……どうか、どうかお礼に受け取ってください」
「まあ、そんな……大切なものなのでしょう? 困った時はお互い様ですからいいんですよ」
ミコノは聖者のような笑顔で物乞いに微笑みかける。
「……いえ、本当に!本当にありがとうございました! ……あなたのおかげで、もう少しだけ、生きてみよう、頑張ってみようって思うことができました。そのお礼です。どうか……」
そう言って強引に渡そうとする物乞いだったが──その時、彼の手元とその金属片がうっすらと赤い光を放った。
「……これは……?」
驚くミコノとカラマルとその不思議な金属片を置いて、物乞いはヨロヨロと店先を去っていった。
Character File. 28
竜之助編スタートです!
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