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フジコシノリュウ -異世界一〇八人群像叙述詩-  作者: ノムラハヤ
1.藤野謙吾|友情、成長、死化粧 〜異世界六十夜冒険譚〜
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ep.37|ミナト家|戦いの後は大粒の涙2

「此度のこと、感謝してもしきれん。里を救ってくれて、本当にありがとう」


 ドウカンはそう言って、布団の上からの非礼を詫びながら、仰々しく頭を下げた。その背後にはライコウとトモエが控えており、彼らもまた深々と頭を下げている。


(──ライコウとトモエさんも大きな怪我はなかったみたいだな……)

 謙吾はその姿に安堵しつつも、複雑な思いが胸に広がるのを感じた。



「私たちからも改めてお詫びします。モリア領の皆様に剣を向け、オー・ズヌに操られ多大なご迷惑をおかけしたこと、恥ずかしい限りです……」

 トモエが消え入りそうな声で再び深々と頭を下げる。


挿絵(By みてみん)



 隣のライコウの瞳にも涙が滲んでいる。その表情には深い後悔と痛み、罪の意識と償いの気持ちが込められているようだった。


 謙吾はその真摯な姿勢に心を打たれると同時に、自分の無力さを痛感した。何か言葉をかけたいと思ったが、適切な言葉が見つからない。胸に湧き上がる思いを形にできないまま、ただその場に立ち尽くす。ただその不甲斐なさの中で、何か強い意欲が心の奥底で静かに燃え始めたように思えた。


 ──そんな重苦しい空気を破るように、アバスが笑みを浮かべて切り出す。


「まさか、人を洗脳する魔法があるとはな……それにしても、トモエ殿の剣技は今も忘れられんよ(笑)」


 その軽快な口調に場が和らいでいく。


「アバスはトモエ殿にやられてばかりだったからな(笑)」


 悔しがるアバスの横でテオが笑い、一座の空気をさらにほぐす。まるで一連の壮絶な戦いを癒すかのように、テオの言葉は周囲を包み込んでいく。


 ──そして真剣な表情に戻り、テオは話を続けた。


「オー・ズヌは最終的に、洗脳魔法で鬼の里の人々を引き連れて、モリア領に攻め込もうとしていた。今回起きた一連の動きは、もっと大きな計画の一部だったんだ。里の周囲に()()()()が広がっていたのも、洗脳魔法を使って魔物や魔獣を使役し、人為的に作り出していたと考えるのが妥当だ」


 改めて整理されていく事態の重さに、皆の表情が固くなっていく。そしてテオの冷静な状況分析は続く。


「ただそれも、水属性の、特に五行の水式の術が有効であることがわかった。これは大きな収穫だったと思う。このことは早期に皇都や各国に共有して、同様の魔族の企みを阻止しなければならない。魔族の侵攻への脅威は鬼の里だけじゃなく、もちろんモリア領だけでもない、皇国全体で立ち向かっていかなければならない問題なんだ」


 テオの言葉にドウカンはゆっくりと頷いた。


「テオ殿、ありがとう。モリア家というよい隣人を持てたこと、そしてテオ殿という素晴らしい跡取りとご縁が持てたことを心から喜びに感じる。そして、全て貴殿の言う通りだ。我々は共に歩まねばならない。魔族の脅威に対して、神皇様のもと、改めて皇国全体が一つにならなければならない。魔族との戦争は、始まっていると考えたほうがいい」


 ──そしてドウカンは一つ一つの言葉を噛みしめ、まるで自らの魂に刻み込むかのように語った。


「テオ様、改めて鬼の里は、モリア家との間で相互協力及び安全保障条約の締結を進めようと思う。ご当主様に正式に御伝達いただけるだろうか?」


「ドウカン様……ご英断ありがとうございます! 正式に国のものを遣わせていただきます!」


 テオはその内に宿る決意と歓喜を、弾けるような笑みで表現した。新たな同胞との絆が形になった瞬間だった。


「──そしてテオ様、どうか、鬼族を代表してライコウを皆さんの旅に同行させてもらえないだろうか。鬼族の協力の証として。彼はきっと皆さんの力になる。そして、みなさんと旅に出ることでライコウ自身、そして我らの里にも良いものを持ち帰ってくれることになるだろう」 


 急な申し出に驚きを隠せない一同に、ドウカンは続けた──これまでの厳格な物言いの影は消え、その声には穏やかな柔らかさが感じられた。


「ライコウはな……ヨシヴの息子なんだ。ヨシヴがあんなことになってしまって、今では私が里長を代行しているが、ゆくゆくはライコウにその責を渡そうと思っている。それまでに、皆様と共に歩み、見聞を広げてきてほしい、そう思っている」


「──どうか、お願いいたします」


 ライコウは再び頭を下げた。彼の目には、先ほどまで浮かんでいた罪と贖罪の念ではない、新しい決意が灯されたように見えた。


 ──テオは一瞬の沈黙の後、豪快に微笑む。


「もちろんですよ! こんなに強い助っ人とご一緒できるなんて心強い! 魔族化に苦しんでいるヨシヴ殿を治療する術も探せるかもしれない。共に実りある旅にしよう!」



 ヨシヴは戦闘後に脅威的な回復を見せ、今は再びあの牢に戻っているとのことだった。謙吾の洗浄魔法は一時的な介入であり、根本的な解決には至らなかったのだろう、と、現時点での仮説をマラミが結論づけてくれた。


 里に留まっていては、現状を打破するのは確かに難しいのだろう。広い世界へと踏み出し、新たな出会いを重ねることで、ヨシヴの魔族化を止める術を見つけられるかもしれない。まるで、謙吾自身の不思議な力が徐々に明らかになっていくように。答えは旅の中にあるのだろう。


 仲間が増え、共に背負うものが増えることに、謙吾には不思議と抵抗感はなかった。むしろ、新たな出会いが自分の使命を鮮明に照らし出すように感じられた。世界の流れに導かれ、自らの役割が次第に形作られていく過程に、謙吾は胸の奥に小さな興奮を覚え、わずかに心が高鳴るのを感じていた。



* * *



 ──ドウカンとの会話から三日後の朝、旅立ちの時が訪れた。


 柔らかな朝日が里中を包み込み、空気は澄み渡り、全てが新しい始まりを予感させる。広場には見慣れた顔が集まり、別れの準備が整っていた。


「──お兄ちゃん、がんばってね」

 チズが涙を滲ませながら、そっと近寄ってきた。彼女の大きな瞳には、希望と一抹の不安が揺れ動いているようだった。


「ありがとう、チズ」

 謙吾は彼女の頭を優しく撫でた。


 ぎこちなく動かした手のひらから伝わるチズの温もりに、謙吾は自分の中で静かに何かが変わり始めたことに気づいた。守るものの尊さと、守ることの大切さ。謙吾はこの異世界に来たことで出会った新しい安らぎを、その胸にそっとしまった。


「テオお兄ちゃんが言ってたんだ。ケンゴお兄ちゃんは、不思議な力を探す旅に出てる途中だって。ライコウ兄ちゃんも、みんなとの冒険の中でその力を探すんだって──だから、みんなが無事でいますようにって、みんなのお願いが叶いますようにって、お守り作ったの。これ……持って行って」


 チズは小さな手の中に収めたお守りを差し出した。その中には厄災を払う護符が大切に収められていた。


「ありがとうね。頑張るよ」

 謙吾はチズからお守りを、新しい安らぎの感情と一緒に、大切に受け取った。


「──また、お笛教えてね、テオお兄ちゃん!」

 オオヒメが元気に声を上げ、テオにお守りを渡しながら、彼の目を真っ直ぐに見つめる。彼女の明るい笑顔が、広場にいる人々の顔にも自然と笑みを広げる。


「──アバス、テオ様をよろしく頼むぞ……(涙) テオ様……テオ様ぁぁ」

 未だ元気のないカタリーナ。


挿絵(By みてみん)



「──ライコウ様がご不在の間、里は我々にお任せください!」

 マレヨシも、トモエの肩を借りながら、元気そうに見送ってくれている。


 ──ラタンに肩を借りながらドウカンも口を開いた。

「皆さんの旅の無事を祈っている。これから行かれる狐の里とは、我々も長らく国交が途絶えてしまっている。昔はヨシヴを慕って、当主の娘さんが訪ねてきてくれていた時期もあったんだが……その交流も途絶えて久しい。細々と続いていた国境の村同士のやりとりも、今ではすっかり消えてしまったと聞く。モリア領と共に、鬼の里とも再び交流を持てるよう、どうか伝えていただけるだろうか」


「もちろん、抜かりなく」

 ライコウが静かに頷く。彼の声には、時期里長としての深い決意が込められているようだった。


 そしてドウカンが言葉を続けた。

「ああ、それとケンゴ殿、貴殿の仲間がフジワラ領にいるかもしれないとのことでしたな? フジワラには我々の親族の『()()()()』が留学している。久しぶりに里の飛脚を動かして、今回の騒動を含めてヨシツネと連絡を取っている。何かわかったら、こちらからも知らせるようにするよ」


「ありがとうございます!」


 謙吾は深く、長い時間礼をし、その言葉に心からの感謝を込めた。一歩一歩、前に進んでいることを実感しながら。旅の一つ一つが成果を結ぶであろうことに、喜びを感じながら。


 ──その様子を見ていたマラミが謙吾の肩を叩いて促す。

「ほら、もう行こうぜ。先は長いんだから」


「次の冒険に、しゅっぱあああつ!」

 テオが軽快に、そして声高らかに宣言した。


 その声は雲ひとつない鬼の里の青空に響き渡る。新しい舞台が希望に照らされるかのように。



 次に向かうは、ここから東、狐のお里。旅の中で答えを探しながら、謙吾は進む。仲間との絆を深め、新しい友を得て、心に新たな決意を秘めて、鬼の里を後にする。


 清々しい風が背中を押し、足取りは、軽やかだ。

 


 こうして、謙吾たちは新たな冒険に向けて歩みを進めた。朝日の中で彼らの影は長く伸び、次第にその輪郭をぼかしながらも新しい道へと続いてく。その背中には、見送る人々の温かい眼差しがまるで光の道筋を照らすかのように注がれていた。


ここまで読んでいただいてありがとうございます。ブックマークと☆のワンクリックが本当に励みになります! 楽しんで読んでいただけるように頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたしますmm


ここで『鬼の里』でのエピソードが完結しました。お付き合いいただきありがとうございました!


皆さんのおかげで『藤野謙吾編』は『第一章 モリア家(1)』、『第二章 ミナト家』まで進んだことになりました。


この後も『第三章 テイラー家』、『第四章 ダオラ家』、『第五章 ミナト家(2)』と続きますが、皆さんに作品の世界観をより楽しんでいただくため、この後は『吉田竜之助編』の連載に移っていきたいと思います。


またタイミングをみて『藤野謙吾編』に戻ってきたいと思います!ぜひ一緒に楽しんでいただければ幸いです!これからも応援よろしくお願いします!



※Xでキャラと遊んでいます。ぜひこちらもお立ち寄りください

@fujikoshinoryuu

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