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フジコシノリュウ -異世界一〇八人群像叙述詩-  作者: ノムラハヤ
1.藤野謙吾|友情、成長、死化粧 〜異世界六十夜冒険譚〜
33/54

ep.33|ミナト家|鬼の英雄1 ★キャラ画公開

 里長は、ヨシヴを匿っているという、里外れの洞窟へと謙吾たちを案内してくれた。その足取りは重く、沈鬱な空気が一向を包んでいる。



 ──そして、洞窟の前にはチズの姿があった。

「あっ……お兄ちゃんたち……」


 里全体で秘密にしていた英雄の姿。ヨシヴの魔人化は、解決できない問題を先送りし続けた里全体の罪として、住民全員が後ろめたい気持ちを抱いていたのだろう。見られてはいけないものを見られ──そんな表情をしているチズを見て、謙吾は胸が痛んだ。


「今日はチズが、ヨシヴに笛を聞かせてくれていたんだね。いつもありがとうな」

 ドウカンが、怯えるチズの頭を優しく撫でる。


「子どもたちの笛の音を聞くと、身体が休まるようでな。交代で笛を吹いてくれているんだよ……」

 ドウカンが静かに笑った。謙吾にはそれが、歪な光景に思えた。


 薄暗い洞窟の中を斜めに降り進むと、次第に海の音と潮の香りが漂ってきた。そのまま洞窟を下ると突然視界が開け、謙吾たちの前に美しい海が広がった。奇岩の壁が不規則に並ぶ海岸線に、潮が引いて現れたであろう砂浜が続いている。


 海と岩が織りなす不気味な彫刻のその先に、天然の牢が静かに佇んでいた。



 「──ここです」

 お勤めだと言って、案内を買ってでてくれたチズが静かに言う。


 牢の中には異様な風体の角を持つ怪物が、まるで人形のように座っていた。得体の知れないその姿には、言いようのない嫌悪感が漂う。謙吾は唾を飲み込み、その光景に息を呑んだ。


 天然の牢──美しい海と奇岩の静けさが際立たせるかのように、その怪物の存在は一際不気味で、圧倒的だった。美しさの中に潜む闇、その対比が謙吾の心に深い不安を刻む。


「──こんなん……魔人じゃん。戻すとか戻さないとかじゃ、ないよ……」

 マラミが呟いた。


 謙吾にも、禍々しいオーラが見えるようだった。まるで視界全体が歪むような感覚を覚える。


 驚きを隠せない謙吾の横で、マラミが低く囁いた。

「アンタには見えるんじゃない? これが五行の力と相反する、魔物の魔素の力だよ」


 そして、険しい顔をしたオー・ズヌが静かに続けた。

「これは……もう手遅れかもしれない……」


 広がる海の美しさとは対照的に、絶望の闇が一同を包む。


「体と心が徐々に蝕まれていく中で、ヨシヴは自分の意思でここに入ったんだ。年々悪化している。里の中には彼を怖がる者も増えた。我々が、里の外の人間を歓迎することも、徐々になくなっていった……」

 ドウカンの言葉には、重い悲壮感が滲んでいた。


 その声が洞窟内に反響し、まるで重厚な闇がじわじわと押し寄せるように、空気を冷たく押しつぶしていく。


 

 ──そして、オー・ズヌが意を決した顔で言った。

「みなさん、これから私が治療を始めます。祠から、出てください!」


 マラミが驚いた顔で声を上げる。

「……え? ここから何かできると思ってるの?」


 オー・ズヌは真剣な眼差しを向けた。

「無駄かもしれない。ただ、セイメイ直筆の苻を使えば、彼に纏わりつく魔素を取り除けるかもしれない」


 ──そう言いながら、オー・ズヌは袋から慎重にいくつかの札を取り出し、床に並べ始めた。


 マラミは釈然としない様子だが、オー・ズヌは構わずに続けた。

「そしてここは、魔素が強すぎる……皆さんにも影響がある! 事態は一刻を争う! この牢から、いや、洞窟の外に出てくダさい!」


 オー・ズヌは既に、術式の準備を始めているようだった。


 ──ドウカンは深く息を吐いて頷く。

「そうだな……オー・ズヌ殿の言うとおりにしよう。一縷の望みがあるのなら、我々はそれを受け入れよう……」


 一同は互いに不安げな視線を交わしながら、オー・ズヌを残し、外へ向かうために動き始めた。

 


 洞窟を上り外界へと戻る道中、湿った空気が冷たく肌にまとわりつく。足元に散らばる小石が微かに音を立てる。謙吾は暗闇の中で、一歩一歩を慎重に進んでいった。


「──ふう……」


 そんな中、謙吾の横を歩くマラミが深い息をついて、決意を固めた表情で口を開いた。


「……ちょっと、やっぱり、手伝ってくるわ。陰陽師の術式を知ってるのは、この中だと私だけだし」


 そう言って彼女は、足早に洞窟の中を引き返していった。

 

 その暗闇に彼女の姿が飲み込まれるまで、謙吾はその背中をじっと見つめていた。



* * *



 一向が洞窟前の広場に到着すると、夕暮れの薄明かりが辺りを淡く染めていた。


 冷たい風が吹き抜け、潮の香りが漂う中、ドウカンが疲れた様子で口を開いた。

「ここで、オー・ズヌ殿とマラミ殿をお待ちするか……ヨシヴ……どうか……」


 その声は長年の苦労と懇願とが混ざり合っているように聞こえた。里の英雄の復活は一族の悲願であり、希望なのだということが、その切実な様子から謙吾も見てとることができた。


 ──テオが不安げに周囲を見回しながら言った。

「ん……チズがいない? チズーー?」


「まさか……あいつも引き返したのか? ったくしょうがない、連れてくるか」

 マレヨシが眉をひそめながら答えた。


 マレヨシが洞窟の中に足を踏み入れようとすると、それをライコウとトモエが無言で立ち塞いだ。



 二人の表情は険しく、異様な緊張感が漂っている。



「どうしたってんだよ?」

 マレヨシが苛立ち混じりに問いかけた。


 ──その時、洞窟の暗がりから突然、鋭い音を立てて何かが飛び出してきた。


 人型の紙切れが、ライコウとトモエの間を素早くすり抜け、宙を舞いながらテオの肩に止まった。


「これは……? 式神……?」

 テオが驚きながらその紙切れを見つめた。


 紙の質感は古びていて、時の流れをその薄い存在に深く刻み込んだかのようだった。表面には謎めいた文字や図形が浮かび上がり、薄らと光を放っている。


 ──次第に人型の紙切れが震え始め、ノイズをあげながら音を発した。それはマラミの声のように聞こえる。


「……テオ様! ここハやばい! 逃ゲロ!! ゼン部オズヌの策リャクだ! ライコウとトモエは操ラレテる! 傭ヘイノやツモやばい!」



 ──その言葉が響くと同時に、トモエの剣が鋭く閃き、紙切れが一瞬で真っ二つに切り裂かれた。


 切断された紙片が風に舞い、地面に落ちるまでの間に時間が止まったかのような感覚が一体に広がる。


「──え……?」

 

 皆が唖然とする間もなく、トモエの斬撃が一瞬のうちにマレヨシを切り裂いた。


 彼の体は地面に崩れ落ち、その力ない目には、驚愕と疑念が交錯していた。


「ト……トモエ……?」


挿絵(By みてみん)


「──テオ様、下がって!!」

 一同が呆然とする中、カタリーナだけが素早く反応した。


「なんだって言うのよ! やってやろうじゃないの! ケンゴ! アバス!」


「応!」

 アバスが叫び、咄嗟にトモエに相対する。


 全ては瞬く間の出来事だった。混乱の渦中で、アバスの力強い声が響き渡り、その一言が謙吾を次の行動へと駆り立てた。



 ──ライコウは無感情な目でカタリーナに斬りかかる。彼の剣は重く、その一撃一撃が地面に振動を伝え、草や土を舞い上げる。カタリーナは防御に徹しながら反撃の隙を窺っているが、ライコウの攻撃は止まない。カタリーナの防御は徐々に崩れ始め、彼女の動きは鈍り、足元がぐらつく。


「これが、鬼族の本気か……」

 

 カタリーナは息を整え、再度構えを直す。しかしライコウの動きは止まらない。剣が風を切り裂き、彼女の周囲を乱打する。カタリーナは全神経を集中させ、必死に攻撃を受け流そうとするが、一瞬の隙を見逃さずライコウの剣が彼女の肩をかすめた。カタリーナの肩から血が滴り落ちる。


 謙吾は助けに入ろうとするが、二人の激しい動きに割って入る隙がない。彼の目には、カタリーナの必死の防御が次第に崩れていく様子が映っていた。



 ──トモエの戦いはまるで舞踏のように美し買った。彼女の剣が光のごとく煌めき、その動きは流れるようで一瞬の無駄もない。アバスが反撃を試みるたびに、トモエはそれを軽やかにかわし、その隙を突いて攻撃を仕掛ける。アバスも懸命に応戦するが、トモエの技術に圧倒されていた。

 

 彼女の剣はまるで生き物のようにその意志を纏い、アバスの防御を軽々と打ち破る。彼の剣が届く前に、彼女はすでに次の動きに移っている。トモエの剣は風を切り裂き、アバスの防御をことごとく打ち崩す。


 ──やがて、トモエの剣がアバスの鎧の隙間に深く食い込み、彼は倒れ込んだ。


 トモエの冷たい視線がアバスを見下ろし、その勝利を確信する。


 トモエが戦場の喧騒を凍らせるように冷酷に、そして静かに告げる。

「……これで終わりだ」


「くそっ……」

 アバスはもはや動くことはできない。


「アバスさん!!!」

 謙吾は地面を蹴り、一瞬の静寂を裂くように倒れたアバスの元へ走り込む。

 

 ──と同時に謙吾の視界が大きな背中で遮られた。


挿絵(By みてみん)


「恥を知れ!!!!」

 戦場にはその静寂を破るかのように、ドウカンの怒声が響き渡った。


 彼の声が風に乗り、全ての者の耳に届く。


 ドウカンはそのまま抜剣し、トモエと対峙した。彼の目には抑えきれない怒りが宿っており、トモエは冷たい笑みを浮かべながら剣を構えた。


 この隙をついてカタリーナが迅速に指示を飛ばす。

「ケンゴ! 何ぼーっとしてるんだ! お前は洞窟に入ってマラミとチズちゃんを助けてこい! テオ様は里に救援要請!」


 彼女の端的な言葉の裏には強い焦燥が込められている。


「ケンゴ! 敵は強いぞ! 全力でいけ!! その力を解放しろ!」

 背中越しにカタリーナの声が再び響く。


 彼女の言葉が謙吾の心に火をつける。彼は剣を握り直し、洞窟へと向かって駆け出した。

 


* * *



洞窟の中は暗く、冷たく、謙吾の足音だけが反響していた。


 心臓は激しく鼓動し、息が荒くなるたびに冷たい空気が肺を刺す。しかし謙吾は止まることなく前進し続けた。そしてカタリーナの言葉を反芻する。「全力でいけ!」自分の中で眠っている力と対話するように、何度も何度も。


「今こそ、力を……」

 謙吾は願うように強く思い、全身に力を込めた。


 決意が固まると同時に、視界が一層明瞭になる。その目に意思を宿しながら洞窟の奥へと突き進む。その先に待ち受ける運命に向かって、ひたすら走り続ける。



Character File. 27

挿絵(By みてみん)


ついに本格戦闘開始です!


ここまで読んでいただいてありがとうございます。ブックマークと☆のワンクリックが本当に励みになります! 楽しんで読んでいただけるように頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたしますmm


※Xでキャラと遊んでいます。ぜひこちらもお立ち寄りください

https://x.com/fujikoshinoryuu

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