ep.32|ミナト家|穢れた里と英雄の秘密3
ドウカンの屋敷の広間には、重苦しい静寂が漂っていた。
天窓からのの微かな明かりが、土造りの壁に淡い影を落としている。集まった一同の顔には、緊張と不安が色濃く浮かんでいた。
中央に座すオー・ズヌは、一歩前に進み出ると、これまでの経緯と仮説を熱く語り始めた。彼の言葉は穏やかながらも力強く、まるで弁士のように朗々と紡がれた。
「──オー・ズヌ殿。話はわかりました……ライコウ、トモエ、お前たちの意見も聞きたい」
ドウカンは里に戻った二人に静かに問いかけた。
しかし、ライコウとトモエは俯いたまま、まるでその言葉が届かないかのように黙っている。その沈黙は一層の不安を掻き立てさせる。
「どうした?」
里長が再び確認するも、二人からの返事はない。
「おい! トモエ?! なんで黙ってるんだ!?」
マレヨシという青年の言葉も、トモエには届いていないようだった。
その沈鬱とした姿は謙吾の目から見ても異常で、周囲にいた鬼たちの視線も次第に不安と疑念に満ちていった。広間にはざわめきが広がり、重い空気がさらに重苦しさを増していく。
──オーズヌがそんな沈黙を破った。
「やはり彼らの様子もおかしいようですね……私は彼らと一か月ほどを共にしましたが、徐々にその正気を失っているように感じました。最近の研究によれば、魔素が濃い地域での活動時間が長いと、身体に悪い影響が出ると言われています……彼らも休ませた方がいいでしょう」
「そんな……トモエ……」
オーズヌの発言に取り乱すマレヨシ。広間の陰鬱な空気が全員に重くのしかかる。
「どうしたら!? どうしたらいいんですかオーズヌ殿!? 何か解決策はないのか??!」
「魔素が抜ければ、徐々に健康な状態に戻るはずですよ。清らかな場所で、安静にしておくことです」
「トモエ……」
悲壮感溢れるマレヨシの表情と挙動を、遮るようにオーズヌが言葉を続ける。
「ただ、彼らを休ませる際も、この里が魔素の影響が薄いことが前提となるが……どうやらそんなことはないようだ。残念ながら里の中も魔素が濃くなってしまっているように感じる……ドウカン殿、何か、我々に話していないことが、あるのではないですか?」
鬼族たちを問い詰めるように話すオー・ズヌ。謙吾たちは見守ることしかできない。
「私は陰陽師だ。鬼族と魔素の影響については知っているつもりだ。話して、くれませんか?」
──長い静寂の後、里長は深く息を吐いた。
「おっしゃる、通りです。鬼族は神秘の月の加護が強い。神秘の月が満ちる時にその力を最大限発揮できるほどに。故に、濃い魔素を受けすぎると心身のバランスが崩れてしまうことがある。ライコウとトモエも、これまで最も長い期間、穢レノ地を殲滅する遠征に出ていたのだ、その影響を受けても当然なのかも知れない。しかし、そんなに、里周辺に穢レノ地が増えていたとは……」
(うーん……)
謙吾が眉間に皺を寄せていると、マラミが小声で説明する。
「鬼族はもともと、魔族に近い存在だと言われている。魔族の魔素が濃い穢レノ地に長く留まると、それだけ心身に悪影響があるって話だよ」
「……なるほど」
五行や四元素という自然の力は、ここに住む多様な種族へも異なる影響を及ぼすらしい。謙吾はこれらの新しい常識を少しづつ吸収する。
──ドウカンの沈黙と同じく、一同は静まり、広間には穏やかな風の音と、遠くから聞こえる鳥の鳴き声だけが響いていた。やがてドウカンは意を決したように、重々しい声で再び口を開く。
「英雄の、ヨシヴの影響なんだろうな……」
ドウカンがぽつりぽつりと話し始めた。
「ヨシヴは長年の間、皇国を傭兵として渡り歩き、穢レノ地の殲滅活動を行っていた。それが祟ったのか、今では病に伏せている、しかしもはやそれは普通の病ではない、魔族化が、進んでしまっているんだ……」
その言葉に、一同は息を呑んだ。
「魔族、化……?」
謙吾は聞きなれない言葉を思わず口に出した。
その様子を察したのか、隣のマラミが、解説を添える。
「魔人はな、その存在自体が魔素を放出してるんだよ。その存在自体が、私たちの環境を壊してるんだ」
──呆れと諦めと静かな怒り、複雑な感情が入り混じった顔をしながらマラミが続けた。
「自分たちの英雄が魔人化しているなんて、鬼族の連中は他言できなかったんだろうな。そしてそれを匿っているうちに、魔人の魔素で、里の近くに穢レノ地が増えちまった。ふんっ。馬鹿なプライドが欠点を隠す仮面になっちまってたってわけだ。くだらないねえ……」
マラミは皮肉たっぷりに言った。隠されていた残酷な真実をその手に引き寄せるように。
「おいマラミ! 言い過ぎだぞ!」
「いや、いいんです。彼女の言う通りだ……」
アバスがマラミの失礼な物言いを牽制するも、ドウカンは全てを悟り、受け入れたように反応した。
──そして、ドウカンが重々しく続ける。
「これはもはや我々の力だけでは解決できない。近い将来、モリア領や神皇様、陰陽師本部に救済を求めなければならない事象だったのだ……遅かれ早かれ、その時は来たのだ。オー・ズヌ殿、モリア領のみなさん、どうか力を貸してくれないか。ヨシヴの魔族化を、止めなければならない……」
ドウカンは言葉と共に頭を下げ、鬼族の一同もそれに倣った。
広間には鬼族の悲しい嗚咽が響いている。
「──私たちにできることがあれば、ぜひ力を貸しましょう! ねえ、テオさん?」
オー・ズヌが力強くその静寂を破り、ドウカンの手を取った。
ドウカンの手を握る老人の姿。その手から伸びる影は、燭台の灯に揺らされ、部屋を覆うように伸びていった。
マレヨシはトモエを心配しています><
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