ep.31|ミナト家|穢れた里と英雄の秘密2
「先手必勝とさせてもらうか……みな、手筈通りに……」
マレヨシが小さく指示を出し、それに答える一同。
「マッドチェイン!」
「舞火花!」
──事前に決めていた連携により、戦闘の火蓋が切られた。
アバスは前に進み出て、固有魔法の発動に集中する。大地が揺れ、地面が沈み、巨木の魔物の足元を絡め取る。そこに鬼族の火魔法が間髪を入れずに中距離から火の玉を投げ込む。空中で螺旋を描きながら飛ぶ炎の球体が、魔物の巨体に向かって一直線に突き進む。
「──全弾命中!」
マレヨシの叫び声と共に巨大な樹木が爆音と共に燃え上がり、周囲に火の粉が飛び散る。
魔物の不気味な咆哮が森全体に響き渡り、その巨体が炎に包まれて苦しげに身をよじらせた。
──次の瞬間、空気が激しく揺れ、触手が一斉に振り下ろされた。
前線のアバスがすぐに反応し、剣で触手を受け止めたが、その衝撃で吹き飛ばされる。
「アバス!」
カタリーナが駆け寄ろうとするが、別の触手が彼女を狙って襲いかかる。
「くっ……!」
カタリーナは咄嗟に剣を振るい触手を切り落とすが、その瞬間に魔物の本体から新たな触手が再生される。無限かのように触手が宙をうねり、森の中はさらにその暗闇を濃くする。
「こいつ、再生能力があるのか……!」
カタリーナが触手を切り落とし続けながら叫んだ。
「そう簡単にはいかないな……」
テオが冷静に言い放ち、自身の固有魔法の魔法陣を中空に描き記す。
「──シルバーインテシオ!」
無数の光の矢が宙に放たれ、次々と魔物の触手を撃ち落としていく。
魔物は再び咆哮をあげ、激しくのたうちまわったかのように暴れだす。
謙吾はその隙に魔物の真正面に立ち即座に踏み込んだ。剣を高く掲げ魔物の懐へ一瞬で跳躍し、一気に袈裟斬りにする……が、魔物の幹は鉄壁のように硬く、剣は跳ね返される。
「硬い……!」
謙吾は驚きながらも、反動で崩した体制を即座に整える。
魔物のその姿はまるで、森そのものが生きているかのようだった。底知れない力強さと不気味さと、そして恐ろしさとが混然としていた。
──巨木の魔物はズシンとその巨体を地面に預けるように下ろし、触手を激しく振り回して再び攻撃を仕掛けてきた。触手に当たる森の葉が弾け飛び、あたりは耳を塞ぎたくなるような破裂音がこだまする。その一撃一撃は空を切り裂き、地面を揺るがせている。
謙吾たちは各々の立場で致命傷を負わないように必死に防戦しながら、再び攻撃の機会をうかがった。
──触手の一撃を受け止めながらアバスが息を切らし、叫ぶ。
「こいつ、本当に硬いぞ……!」
想像以上にダメージが通らない状況に、カタリーナが焦りの色を浮かべながら進言する。
「埒が空かないな……テオ様! 一度退いて体勢を立て直しましょう──」
──その刹那、魔物の背後から二つの影が素早く跳躍し、魔物の幹に刻まれた人面の額を鋭く切り裂いた。
風のような刃が魔物の肉を抉り、中空に黒い樹液が噴き出す。魔物は苦しげな咆哮を上げ、その声が再び森全体に響き渡った。
「トモエ! ライコウ!」
マレヨシがその姿を見つけて叫ぶ。
「来てくれたか!」
「……幹に浮かんだ顔を狙え。額だ」
ライコウが小さく呟き、再び跳躍して魔物の額に攻撃を仕掛ける。
トモエも疾風のように素早く舞い、同じ箇所を斬りつけている。魔物の咆哮は苦しさを帯び、触手の動きは鈍くなっている。攻撃が徐々に効いていることがわかる。
「──額だな⁈ いよっしゃあああああ!」
カタリーナが鬼の里の戦士たちと共に、一斉に魔物に向かって突撃した。
彼らの斬撃が次々と魔物の額を切り裂いていき、その度に黒い樹液が飛び散る。
魔物はその力を振り絞り攻撃を続けるが、その動きは更に鈍くなり、触手の動きも今や無秩序に宙を切るばかりだ。
──そして最後には、全ての枝をだらりと降ろし、悲しげな咆哮の後にその動きを止めた。魔物の動きは完全に沈黙し、その巨体が静かに地面に沈んでいった。森には静寂が戻り、彼らは戦いの終わりを実感した。
謙吾たちは息を切らしながらその場に立ち尽くす。
「これで終わったか……」
アバスが深いため息をつきながら呟く。
* * *
「ライコウ! トモエ! 帰ってくれたのか⁈」
鬼族一同が歓喜の声を上げた。
里の最高戦力と呼ばれた彼らの力は、先ほどの戦闘シーンでも明らかだった。長らく里を不在にしていた二人の姿は、安堵と喜びの空気を呼ぶ。
──そしてどこからともなくオー・ズヌもその姿を現し、改めてことの経緯を確認しあった。
「みなさん無事でよかった……」
オー・ズヌたちは謙吾らと別れた後も、精力的に魔物の討伐を続けていたと語った。
「これは、心配ですね……里の近くにこんなに濃い穢レノ地が発生しているなんて……もうこれは、自然に発生したものとは考えずらいのでは……?」
彼の声は一同の歓声を遮るように、冷静でありながら冷酷に響く。そして戦勝の余韻を無視し、オーズヌは鋭い目つきで一同を見渡しながら続けた。
「最近の研究では、魔人特有の魔素が集積することで穢レノ地が創られると言われています。里の周辺の穢レノ地は私たちがほとんど殲滅しました──が、魔人はいませんでした。それなのに里の近くにこんなにも穢レノ地が増えている。これは何を意味しているのでしょうか?」
オーズヌの声は鋭く、言葉の一つ一つが尋問のように響いている。その目は一人一人を見据えるように鋭く光っていた。まるで、答えを求める刃のように。
「考えられるのは一つだけ……里の中に魔人が潜んでいる。または匿っている。そうとしか思えません……そうではありませんか?」
その言葉が発せられると、鬼族の一同は一斉に口をつぐみ、視線を下に落とした。
沈黙が場を支配し、重苦しい空気が漂う。
マレヨシの顔は一層曇り、何かを決意したかのように硬い表情を見せ、口を開いた。
「オー・ズヌ殿だったか? ご考察、恐れ入ります。これからあなたを里長のもとにお連れする。そして、今と同じ話を里長にしていただけますか? ライコウ様それでいいですか?」
ライコウは無表情で頷き、鬼たちはまるで運命を悟ったかのように、その光景を黙然と見つめていた。
「やっぱりな……」
マラミが謙吾の横で舌打ちをしながら呟く。
その音は、静寂の中で不吉な余韻を残した。
何やら不穏な空気><
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