ep.30|ミナト家|穢れた里と英雄の秘密1 ★キャラ画公開
謙吾たちはそそくさと子供たちを連れ、里に戻ることになった。
森の奥から聞こえた笛の音に「魔族の気配を感じる」と、マラミが言ったからだ。その言葉は祭りへの高揚感を消し去り、冷たい風が吹き抜けるように皆の心に不安を植え付けた。
急ぎ足で道を戻ることを余儀なくさせた一行。森の木々が次第に薄れ、里の風景が視界に広がってなお、ラタンは子供たちを庇うように歩いている。
里長のドウカンの屋敷で、マラミが感じた「魔族の気配」について報告と対応を協議することになった。
屋敷の中は重苦しい空気が漂い、深刻な顔をした鬼の里の一同が集まっていた。木造りの天井から吊るされた古びた灯篭が揺れ、かすかな光が部屋を照らしている。
最近は里の近くでも魔獣が頻繁に目撃され、その被害も増えているのだという。古い巻物が散らばった机の上で、地図に目撃地点と思われる箇所が記され、里を覆うように印が付けられていた。
「──里の周りで、こんなにも魔獣の目撃情報が……」
「ライコウとトモエは何をしているんだ……」
老齢の鬼が苦虫を潰したように言う。
ラタンに聞いたところによると、ライコウとトモエはその解消のために里の外に出ているらしい。ただ、今回の魔族の気配は本当に里の目と鼻の先での出来事だった。里の周辺が魔族の出現の印で真っ赤に染まったこの地図は、部外者である謙吾にもその緊張感を十分に理解させた。
「ラタン殿の今回の報告が事実なら、里の近くに穢レノ地が進出してしまっている可能性がある……考えたくはないが、これまでの傾向と照らし合わせると、もはや間違いないかもな……」
ドウカンは厳しい表情で言った。彼の声は低く響き、部屋の隅々まで緊張を伝える。
「祭りも近いと言うのに……早々に討伐隊を組みましょう!」
鬼の青年が荒々しく吠えたが、そこにテオが静かに割って入った。
「里長、みなさん。穢レノ地の活性化は、ウェスト地方全体の問題と捉えるべきだ。モリア家の友好の意思を示すためにも、我々も討伐隊に加えてほしい。きっと力になる」
テオの決意に、先ほどの青年が毅然と反論する。
「……いや、これは里の問題だ。これまでも外部の力を借りることはなく自分たちで解決してきたんだ。みなさんにはご遠慮いただくべきだ」
場が沈黙し、皆が里長に意見を求める視線を送る。
静寂が部屋に広がり、緊張感が一層深まった。
「──マレヨシ……お前の気持ちもわかる。ただ、私はこのタイミングも何かの啓示なのかもしれない、そう思ってるんだよ」
ドウカンが優しい目をしながらそう言った。
「テオ殿、ご助力感謝する。里の最高戦力のライコウとトモエが外に出ている今、貴殿の申し出は非常に心強い。青年団のマレヨシたちとの調査に協力していただけないだろうか。マレヨシ──新しい時代の担い手として、テオ殿らと共にこの事態を解決してくれ」
ドウカンはマレヨシという青年に対して改めて言い含めた。青年は見上げるようにテオのことを睨んでいる。
「──失礼ですが……『伝説の傭兵』殿は、戦闘には参加できないのですか?」
そんな中、アバスがためらいがちに問いかけ、その質問にドウカンはしばらく黙り込んだ。
外の風が窓を叩き、部屋の中にわずかな緊張感が漂った。彼は一瞬目を閉じ、過去の記憶を呼び起こすように深い息を吐き出した。
「実は……君たちが伝説の傭兵と呼ぶ男──『ヨシヴ』は私の弟だ。里では英雄と呼ばれているよ。知っての通り、閉鎖的な里を変えたいという思いを抱いた弟は、その圧倒的な戦闘力を活かし、冒険者として各国を巡り魔物を討伐して回った。まさに英雄だったよ。しかし三十年ほど前に病に倒れ……今は床に伏せている」
その言葉は重く、部屋の空気にじんわりと浸透していった。
誰もすぐには口を開けない中で、テオが悲しげに、ただ迷いなく口を開いた。
「どんな症状なんだ? 治療に協力できないのか? マラミの五行の力でなんとかできないか??」
「──いやいや急に振るなよ。私は医者じゃないからね。五行の力で役に立つとしたら、呪いとか穢れとか、そんなもんだ」
マラミは苦笑いを浮かべ、首を横に振った。
その瞬間、ドウカンの眉が一瞬上がったのがわかったが、彼はそれ以上何も言わなかった。
「……とにかく、貴方たちのご助力に感謝する。里周辺の穢レノ地の捜索と魔獣の討伐を速やかに遂行したい。取り越し苦労であることを祈っているが……モリア家との軍事協力の話は、いずれにせよ、この調査が終わってからにさせていただけないか」
ドウカンは話を戻すように静かに言葉を継いだ。
「そうだな! よし! じゃあ早速作戦会議と行こうか!」
テオの声が即座に場を切り替えた。
──その快活な響きが部屋の空気を次の行動に向かわせる。これから鬼の里と協力し、魔獣を退治するのだ。不安は確かにあったが、ライコウとトモエの力強さを思い出し、謙吾の胸には鬼の里との協力という形で、また新たな仲間が増えることへの期待が膨らんでいた。
「……まあ、魔族の気配は、里の外からだけじゃないんだけどね……多分」
謙吾の横で、マラミが小さく、不気味につぶやいた。
* * *
穢レノ地の発生調査に出る一行。
鬼たちはまるで戦国武将のような装いで謙吾たちの前に姿を現した。鎧の隙間からは筋骨隆々とした体が覗いていた。その姿は威風堂々としており、畏敬の念を抱かせる。
「さすがは戦闘集団……」
謙吾はその光景に目を見張り、思わず無遠慮に口を開いた。
その言葉に、鬼たちの数人が微笑みで返す。
──マラミを先頭に、里の周囲を慎重に探索していく。
森の中は薄暗く、木々の間を縫うように、進む足音だけが響いていた。葉がざわめく音や、小枝が折れる音が、静寂の中で不気味に聞こえてくる。
「……ここからは、慎重に……」
マラミが低い声で言った。
一行は声を潜め、息を潜めて進んだ。
謙吾は次第に空気が変わっていくのを感じた。風が冷たく、どこか湿り気を帯びている。木々の葉が揺れる度にまるで囁くような音が聞こえてくる。その音には、不吉な気配が混じっていた。
先頭のマラミが手を挙げ、周囲を見渡した。
「見えるか……?」
マラミが指差した方向は遠目にも、他とは明らかに違う雰囲気を放つ場所が広がっている。木々の葉が黒ずみ、地面は乾燥しひび割れていた。その中心には、深い黄色の霧が立ち込めている。
「魔素の濃さが尋常じゃない。気をつけて進んで……」
一行はさらに緊張感を高めた。霧の中には、間違いなく、何か得体の知れないものが潜んでいる気配があった。風が吹くたびに、霧は不規則に揺れ、まるで生きているかのように形を変える。
「こんな、里の近くに……」
驚きを隠せない鬼の里の一同。その顔には不安と戸惑いが浮かんでいた。
静かに奥へと進んだみ続ける。空気が重く、まるで何かに押しつぶされるような感覚が周囲に広がっている。
風が止み、鳥たちのさえずりも消え去り、森は不気味な静寂に包まれていた。
──やがて、その静寂を破るように、それの姿が顕になった。
巨大な幹と枝葉に覆われたその姿は、一見するとただの巨木のように見える。しかし、よく見ると幹や枝には無数の顔が彫り込まれ、それぞれが異なる表情を浮かべている。赤く光る目は薄暗い霧の中で不気味に輝き、見つめる者に恐怖を与える。
根と枝はまるで生き物のようにうごめき、葉や蔦が絡み合って自然と一体化している。枝の先端には小さな光が点在し、星空のように煌めいているが、これは迷い込んだ魂の輝きのようにさえ見える。自然の力そのものが具現化したかのようで、その圧倒的な存在感に謙吾は息を呑む。
「──ぴーピピーぴー……」
魔物は木々の音に紛れ、まるで笛の音のような奇妙な音を発していた。
その音は風に乗り、耳に不快な響きを残す。
「……魔人化が、進んでる」
マラミが低い声で呟いた。
その言葉が一行の間に緊張をもたらす。謙吾は改めて自分の鼓動を感じる。
目の前の光景はあまりにも非現実的だった。悪夢の中にいるような錯覚が目の前を漂う。緊張は汗になり頬を伝う。手が震え、息が荒くなる。それでも、謙吾は目をそらさず、その恐ろしい存在を直視する。隣にいる仲間と共に。
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マレヨシはまっすぐな青年ですね!
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