ep.3 プロローグ3
「もう近いと思うんだけどなあ……」
待望のお昼休憩に入り、詩乃が好物の塩おむすびを幸せそうに頬張りながら地図を眺めている。
彼女は実家で作った自慢のお米で握られた、たくさんのおにぎりを皆に配っていた。陽光に照らされたそのおにぎりは、白く輝きながら一粒一粒が輝きを放っているように見える。
竜之助は一際感動し、まるで宝物を見つけた子供のように目を輝かせ、夢中になって頬張っている。
「うまいっ!!」
「うまいけどー……おたからどこーー(笑)⁉︎」
竜之助と紗英の軽快な会話が続く。
紗英は詩乃のことを頼りになる綺麗なお姉さんだと思っているようだ。彼女の隣に陣取って無邪気に懐いている。そして紗英も同様に、手作りのサンドイッチを皆に振る舞っていた。
「謙吾が好きなタマゴサンド多めです!」
誇らしげな顔で謙吾に微笑みかけている。
──そんな中、鉄平はコーヒーを飲みながら自衛隊仕込みのゾーンやバンドなどの座標を古地図に引いていた。いつもの豪快な笑顔とは裏腹に、目を細めながらギョロギョロと視線を左右に動かしいてる。
「もう近いというか……ほぼここが目的地──だよ」
他メンバーの浮かれ声とは対照的に、鉄平が一段トーンを下げ、現在地を伝える。
森の中、唐突に開けた空間。点々と、不自然に続いていたかと思わせる石畳は、この空間を目的地として謙吾たちを誘ったかのようだった。
いつの間にか風が止み、木々の葉を揺らす音は止まっている。辺りは薄っすらと霧がかり、鉄平が唾を飲む音が静寂の中にゴクリと落ちた。
「──さっきから静かに何見てるんですか?」
場の緊張を誤魔化すように、謙吾が竜之助に話しかける。竜之助は皆から少し離れた所で仁王立ちしていた。
腕組みをしながら立つ彼の視線の先には、先ほどの分岐にあったものと同じ顔をした石像が立っていた。
「これ……雰囲気あるよねえ……」
竜之介の間の抜けた声に寄り添うように、いつの間にか皆が、石像を取り囲むように立っていた。
* * *
四人は吸い寄せられたかのように石像の前に佇む。
その石像は不自然に斜めに傾き、草や苔が密生する土壌から、その土台のような石が半ば露出していた。富士山の自然の神々しさを纏うその姿は、まるで何かを訴えかけるかのように見えた。
「──なんか……動いたのは最近みたいだね」
詩乃が冷静に指摘する。
石像の下の土壌がかき乱され、苔が剥がれているのが見て取れた。
「最近、ここら辺も群発地震多いですからねえ……」
竜之助が怯えた声で補足する。
南海トラフに繋がっているのではと、SNSでも話題になっていた話だ。不安と興奮が混じり合う奇妙な空気が場に流れていく。
「それにしてもこの石像、気味が悪いというか神秘的というか……」
紗英がそう言いながら石像に手を伸ばす。
紗英が石像に手を触れようとするその行為は、静謐な森の中での、ほんの一瞬の出来事のように思えた。
彼女の指先が石の冷たい表面に触れようとする寸前、空気がぴんと張り詰め、周囲の自然さえもその動きを見守るかのように、息を潜めた。
──そしてその瞬間、轟音と共に地面が激しく揺れ動いた。
まるでこの日本が腹の底から動いたかのような縦揺れだった。
一瞬で空気が、地面が、全てが揺れ動いていく。
謙吾の頭に、先ほどの竜之助の言葉がよぎる。南海トラフ、富士山の噴火、山道の崩落、山頂からの落石──瞬時に最悪のシナリオが脳裏を駆け巡る。
「──きゃあああああー!!!!!!」
誰のものとはわからない叫び声が思考を止める。
(──た、立っていられない……紗英はどこだ⁉︎)
刹那の中、謙吾は紗英の姿を追うが、右も左もわからない。
霧のようなものが視界を覆い、振動が平衡感覚を奪う。揺れに耐え、近くにいるはずの身体を互いに支え合い、何とか石像に捕まろうとした──その時、謙吾の目の前に、白い光が瞬いた。
その光は、まるで別次元への扉を開くかのように身体を包み込む。石像が揺れの中で輝きを増し、突然の静寂が訪れる。
謙吾が次に目を開けた時には、周囲の景色は一変していた。
* * *
──謙吾は無限に広がる白妙に自分が包まれていることに気付いた。
身体は無重力のように浮遊しており、上も下もなく、方向感覚を完全に失っている。
目の端に、他の4人の姿がぼんやりと映っているのがわかる。紗英、詩乃、鉄平、竜之助も同様に存在しているようだが、彼らからは一様に表情が失われているように見えた。
一片の無の中で謙吾と仲間たちは、あたかも時の流れから切り離されたように漂っていた。
その中で、存在するかしないかもわからない、声らしきものが語りかけてきたのがわかった。それは周囲に漂い、意識の隅々に染み渡っていく。言葉というよりも感覚に訴える響きであり、謙吾の身体の内に届いていた。
「──ゼンかいニナッテ、ススンデ、モトメテ。タイきのなカ、フルエノチカラをモチイテ、タだしいミチをトモニ歩む」
そのメッセージは明確な言葉というより、魂に音楽が直接語りかけてきたようだった。意味する内容は理解できないものの、その音色は心地よく、どこか懐かしい響きすら感じさせる。
「──不安定ニナって数千年が経ちマシた。要石も限カイデした。日本の竜ガ飛ビタつ、君たちノセ界で呼ばれる大地震トトもに、日本ハズレてしまをうとしテイました」
その言葉が何を意味しているのか、謙吾には理解できなかった。
そして、自分では言葉や意思を表現することもできない。確認や質問のしようもない。ただ、この体感は理解を超えた彼の存在意義そのものに働きかけ、問いただしていた。
「──そこニいくトセぶりニイ思を持った人間が現レテクれました。導キニヨく答えてくれましタ。ギりぎリのタイミんぐでシた。勝手デわアりましたが、君タチノ生命力オツカイ要石を再び安定さセテモらいました」
徐々にその振動が言葉の意味を成していく。
「──竜が飛ビタツエねるギーを、君たちのセイメイの力で押サエ込ませでモらった。こレモエニしだと思い、その役割を受ケイレてほしい。おかゲさマまで、もうシバらクは竜のトコは安定すルデしョう」
その存在は周囲の空間に微かな波紋を生じさせる。一部のフレーズだけが、ほのかな光を帯びながら謙吾の意識に浮かび上がる。
「──このまま役割オ終えるのもシノビない。抑え込んだエねるギーオ転用させルコとで、君たちを別ノ世界に転移サせよう。そレだけのエねうギーがアリあす」
(……別の世界? ……転移?)
言葉として理解できても、その意味の理解は到底追いつかない。
「──君たちガイた世界は地球ノ可能性の一つに過ギマせん。その中デヨく生きてくれました。こレカらは別の可能性の中デ、その精一杯オ生きてホしい。私トノえにシによリ授けられル力を授けよう。竜ノチかラも影響すルダろう。新シイ可能性の中で、新シい役割を精一杯マっトうしておクれ。これカラも、共ニ、歩もう」
光はそう言い残すと、その光影を竜のように細長く伸ばし、富士を昇るように消えていった。
光が消え、唐突に広がった無重力の淡い闇の中で、謙吾は全てを一瞬で理解させられた。自分だけでなく、他の皆も同様だろう。確信と共に、不思議と全てを受け入れることもできた。
謙吾と仲間たちの、この世界での冒険が終わったこと。そして別の形で、新たな冒険が始まり、それは尊い存在の祝福と共にあることを。
いよいよ5人が異世界に飛ばされます。みんな頑張って!
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