ep.27|ミナト家|鬼の里2 ★キャラ画公開
鬼の里への一本道は、牧歌的でのどかな風景が広がっている。
周囲は緑豊かな草原と色とりどりの花々が咲き乱れ、鳥たちがさえずる声がその景色を彩っていた。遠くには広がる海が見え、時折潮風が運ばれてくる。潮の香りが混じる風が心地よく、自然の美しさと穏やかさが感じられる場所だ。
──道の先には、二人の守衛のような鬼が立っている。彼らは大きな石柱の門の両脇に厳かに立ち、その姿勢から警戒を強めているのがはっきりとわかる。
「……なんの用だ?」
一人の鬼が鋭く問いかけるが、テオは穏やかに、しかし毅然と答える。
「俺はテオ、モリア領アンティコスの四男だ。突然の往訪で申し訳ない。友好の使者として来た。里長への面会機会をもらえたら嬉しい」
「モリア領から……しばし待たれよ……」
驚いた様子の門番が、里に報告するためだろう、一本道を里の方へと走っていった。
その姿が小さくなるまで、謙吾たちは静かに見守る。
「ゆっくり待つさ。祭りで忙しい中悪いな」
テオが微笑んで言った。そして、そこから長い時間が過ぎていった。
──3時間ほど待たされた頃だろうか。既に太陽は謙吾たちの真上を通っている。
(入国審査に3時間か……笑)
こんなに待つのかと流石に謙吾は怪訝になったが、テオは落ち着いている。
「鬼の里は鎖国しているような状態だからな……こっちは一方的な友好の使者なんだ。ゆっくり待たせてもらおうぜ」
その間、謙吾は周囲の風景に心を奪われていた。潮の香りが混じる風が心地よく、木々の葉がさやさやと揺れる音が静寂の中に響いていた。海鳥の鳴き声が遠くから聞こえ、穏やかな時間が流れている。ここでの時間はゆっくりと流れ、日常の喧騒とは全く違う、心が洗われるような気持ちにさせてくれた。
──そんな中、里の方を睨みながら落ち着かない様子のマラミに謙吾が問いかける。
「どうしたのマラミ?」
「別に……なんでも……本当に人が来ないんだなって」
マラミはそう呟いた。
確かに、里の出入り口だというのにこの3時間、人の往来は全くなかった。この牧歌的な光景に似合わぬ緊張をしたマラミ。その様子を見て残った衛兵の老人が、ポツリポツリと話し出した。
「──外からの訪問はすっかりなくなってしまってな……今は祭りの準備で忙しい。里の者も出入りせんしな。しかしモリア家からの友好の使者とは珍しいのう。今の里のことはどれくらい知っている?」
老人の言葉は、静かな風景に溶け込み、謙吾たちの無用な警戒心を解きほぐすように聞こえる。老人は謙吾たちの返答を待たずに言葉を続けた。
「しかし……すっかり昼時になってしまったのう……お待たせして申し訳ない。粗末なものしかないが、如何かな?」
そう言って老人は、何か馴染み深い香辛料の芳醇な香りが漂う、竹の皮に包んだ軽食を振る舞ってくれた。
──竹の皮を解くとそこには米か麦と思われる穀物をふんわりと丸く成形し、香ばしく焼き上げたものが二つ入っていた。その温かさを指先に感じた瞬間、謙吾には幼い頃の夏祭りの思い出が鮮やかに蘇る。竹の香りと特徴的な具材の芳ばしさが絡み合い鼻腔をくすぐる。ほんのりと焦げた調味料の匂いがそこに加わり一層食欲をそそる。
一口頬張ると、柔らかな穀物と調味料の風味が絶妙に混ざり合い、噛むたびに芳醇な具材とのアクセントが舌の上でダンスを踊る。調味料の甘さと塩気が程よく調和し、その中にほんのりとした辛味も感じられる。焼いた穀物の外側はカリッとした食感を持ち、内側のふんわりとした食感とのコントラストが心地よい、そんな一品。
「……これは……にんにく味噌焼きおにぎりだな」
今が遠足のお昼ご飯の時間だとすると、最高のおもてなしだと心を躍らせる謙吾。
「──美味しいおにぎりさえあれば……たいていの困難は耐えられる(笑)」
異世界生活の不安が押し寄せる中で、美味しいご飯に巡り合った時の感動はひとしおなことを謙吾は経験の中で知っている。珍しく一人笑みを含み呟いた。
「……???」
先ほどから怪訝な顔を崩さないマラミが、謙吾の方を向いてさらにその眉をひそめる。
「──うまいな、ありがとう! そういえばライコウとトモエという方々にお会いしたよ。元気にやってるって」
テオが礼と共にライコウとトモエの名を口にすると、老人の表情が一瞬険しくなった。まるで暗い記憶の影が一瞬現れたかのように。しかしその影はすぐに晴れ、安堵の色が浮かんだ。
「そうか、元気でやっとるか。時々遠征に出るんだが……今回は帰りが遅くて皆心配しとったんじゃ。わざわざ伝えてくれてありがとうなあ」
老人はほっとしたように言った。その声には、長い年月を経て育まれた愛情と心配の念が滲み出ているように見えた。
「あとオオヒメとチズという女の子とも会ったんだ。笛の練習をしていた。素晴らしい音色だったよ。今度一緒に練習する約束もしちゃったから、どうにか我々をこのまま歓迎してくれると嬉しいな(笑)」
テオは子供たちとの楽しいひと時を思い出す微笑みを含みながら伝えた 。
老人は軽く眉をひそめる。
「またあのおてんばたち、里の外に出たのか……しょうがない奴らだ……でも、そうだな。ありがとうよ」
そう言いながらも、その目には誇らしさが覗いていた。里の子供たちが成長し、外の世界を知ることに対する複雑な思いが、彼の表情に映し出されているように感じた。
──しばらくの沈黙が流れた後、老人はふと思いついたように尋ねた。
「お主は笛が吹けるのか? どうだ、一曲?」
老人はそう言って古びた笛をテオに手渡す。テオはその笛を慎重に受け取り、静かに口に運んだ。
──テオが息を吹き込むと、笛は優しくも力強い音色を奏で始めた。その音は、まるで風に乗って広がる波紋のように周囲に広がり、心地よい静寂の中で響き渡った 。
「素晴らしく美しい音だなあ……あの子たちが喜んだというのもわかるよ」
老人は嬉しそうに言った。
長い待ち時間の中で、ひょんなことから老人と食事を共にし、その返礼としてテオが音楽で応えるという、美しい共鳴が生まれた。牧歌的な情景が広がる中、この場には確かに、穏やかな平和が満ちていた。異世界に転移した孤独を忘れさせてくれる、謙吾にとって図らずともかけがえのない、そんな温かなひとときだった。
──程なくして、遠くから再び足音が近づいてきた。青年が戻り、何やら老人と話し込んでいる。その会話は途切れ途切れに聞こえてきたが、しばらくして老人がこちらに向かって微笑んだ。
「大変お待たせしました。どうぞお通りください。鬼の里は、あなたたちを歓迎する」
老人は静かにそう言った。
その言葉に安心感が広がり、謙吾たちはほっと胸をなでおろす。老人は改めて自分を「ラタン」と名乗った。里では子供たちに笛を教えているらしい。
* * *
ラタンの案内でようやく里に入ることができた。
長い旅路の果てに辿り着き、目の前に広がった風景に、謙吾は思わず目を奪われた。立派な日本家屋が整然と並び、その瓦屋根は太陽の光を受けて美しく輝いていた。木造の柱は長年の風雪に耐えた風格を漂わせ、軒先には季節の花が咲き誇っている。
里を歩くと、至る所から鍛冶の音が響いてきた。赤々と燃える炉の前で、鬼の鍛冶職人たちが真剣な表情で鉄を打っている。彼らが作り出すのは風呂釜や鍋などの調理用具が主らしい。その品質の高さには定評があるが、生産量が少ないために細々と続けているのが現状とのことだ。
──行き交う里の人々は珍しいものを見るような目で謙吾たちを見つめている。
彼らの視線には、長い間外界と接触を持たなかった事による驚きと警戒心が混じり合っていたが、その奥には新たなものに対する興味と好奇心も潜んでいるように見えた。謙吾はその視線に戸惑いながらも、微かな笑みを浮かべて応える。
周囲の景色に目を向けると、子供たちが遊ぶ姿や人々が賑やかに物を売り買いする光景が広がっていた。それはどこにでもある、平和で活気に満ちた日常の一コマだった。
──立派な日本家屋に通され、その扉がゆっくりと開かれた。
ここが鬼の里の長の屋敷ということだ。その荘厳な佇まいは、長きに渡る歴史と威厳を感じさせる。
「立派なもんだなあ!」
テオが軽快な口調で先頭を歩いていく。
その明るさに釣られて、謙吾も自然と笑みを浮かべることができた。緊張よりも、新しい出会いと冒険への期待と興奮が、謙吾の心の中に芽生えていく。
Character File. 24
一行は、純和風の鬼の里に到着しました!
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