ep.26|ミナト家|鬼の里1 ★キャラ画公開
野営中、皆で火を囲んでいると、遠くから笛の音が静かに響いてきた。
謙吾の耳に届いたその音色は、夜の静けさを一層際立たせる。
「──素晴らしい音だ」
テオはそうつぶやき、続けた。
「鬼の里には『二葉』という、この世に比類なき音色を奏でる『笛』があると伝えられている。隣の狐の里には同じように、素晴らしい『琵琶』が存在するというのは有名な話なんだ」
先日のライコウやミナトとの印象的な出会いを経て、謙吾は鬼族に対して強い戦士集団のようなイメージを抱いていた。しかし意外にも彼らが持つ文化的一端を知り、新たな一面を発見したように感じた。
「案外、祭りの前夜祭でもやってるのかもな? ちょっと行ってみるか」
テオはまた好奇心に駆られたのか軽やかに立ち上がった。謙吾もつられるように後を追う。アバスは小さなため息をついて後に続いた。
微かな音を頼りに、森の奥へと進んでいく。風が木々の間をすり抜け、囁くような音が謙吾たちを導いていく。
やがて、木々の間から漏れ出る微かな光が見え始めた。テオは立ち止まり、少年のような笑顔で振り返った。その目には新たな発見への喜びと期待で溢れている。
「行こう……もう少しだ!」
テオの言葉に、謙吾とアバスは静かにうなずき、再び歩みを進める。
月明かりが木々の間から漏れ、足元を柔らかく照らしていた。風が囁くように木々を揺らし、その音が静寂を包み込んでいる。徐々に光源へと近づく。木々の影が揺れる中、音色も次第に鮮明になり、夜の静けさと相まって神秘的な雰囲気を醸し出していた。
──やがて、二人の鬼の少女の姿が、月明かりに照らされて浮かび上がった。
彼女たちは月明かりの下で、まるで夜の精霊のように見える。笛の音色は夜の空気に溶け込み、まるで魔法のように響き渡っていた。
「……素晴らしい音だな」
テオが声をかける。
その声に少女たちは驚き、大きな目を見開きこちらを見つめた。
「……誰?」
「怪しい者じゃないさ。隣のモリア領から来たテオというんだ。あんまり素晴らしい音だったから、つい聞き惚れてしまってね」
テオは優しく微笑んで答えた。その笑顔は自然と相手の警戒心を和らげる。
「ほんとかっ⁈」
赤い髪の少女が目を輝かせて言った。
「ヒメちゃん……帰ろう……」
もう一人の黒髪の少女はまだ警戒を解いていない。
「お祭りの練習中かな? 甲音の七の音がとっても美しく響いているね。あの繊細な音色からすると、相当な練習をしているのが分かるよ」
テオが続けると、赤髪の少女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「すごい! お師匠様みたい! そうなの、ここが難しくって……」
「俺にも貸してみてよ」
テオの屈託のない笑顔に少女たちも徐々に警戒を解いているのが分かる。赤髪の少女は少し躊躇しながらも、テオに笛を手渡した。
テオは、受け取った笛に優しく息を吹き込み、短い旋律を奏で始めた──その音色は少女たちのそれと同じように美しく澄み渡り、周囲の夜の静けさと相まってまるで魔法のように響いた。
「──本当にお師匠様みたい……」
赤髪の少女があっけに取られながらつぶやく。
「ただの冒険者だよ。でも、音楽は好きなんだ。多分君たちと同じくらいには」
テオは微笑みながら答えた。
そして驚く謙吾を見つけ、「これでも王位継承第三位だからな(笑) 雅楽もたっぷりやらされたんだぜ」と得意げに笑って見せた。
──すると、森の奥から返礼のように笛の音が響いてきた。
その音色は、まるで森自体が彼女たちの演奏に応えているかのようだった。どこか素朴で、不完全ながらも優しい音は、柔らかく風に乗って夜の闇を漂った。
「あ! 今日も来てくれたんだ! 最近、夜に二人でこっそりお稽古しててね、うまく吹けた時は森の精霊さんが笛の音を返してくれるんだ!」
赤い髪の少女が嬉しそうに話す。
その言葉に謙吾は驚きながらも、その神秘的な現象に魅了された。謙吾は森の精霊が彼女たちの演奏に合わせて舞い踊っている姿を想像し、不思議な興奮と安らぎが同時に広がっていった。
「不思議なこともあるもんだな……」
テオは呟き、周囲を見渡す。夜の静寂が一層深まる中で、その笛の音は魔法のように響き続けていた。
「──ねえ、そろそろ帰らないと……」
黒髪の少女が不安げに言う。しかし赤髪の少女は好奇心を隠せない様子だ。
「お兄ちゃんたちは里の外から来たの? ライコウ兄ちゃんとトモエお姉ちゃんは知ってる?」
「ああ、知ってるよ! こないだ偶然会ったんだ。元気そうだったよ」
「そうなんだ、よかった! もっとお話聞かせて!」
テオが答えると、赤髪の少女の顔が輝いた。
そして黒髪の少女もこの話題には積極的に加わってくれた。
「ライコウお兄ちゃん、いつ帰ってくるって⁈」
「それは言ってなかったなあ……でも、外で悪い魔物を倒したら帰るってさ!」
テオが答えると、黒髪の少女は少し残念そうな顔をした。
──里の方から聞こえていた設営の音がふと止み、静寂が一層深まる。
「やばい! チズちゃん、もう宵五ツだ! 帰らないと!!」
赤髪の少女が慌てて言い、二人はそそくさと帰り支度を始めた。
赤髪の少女は素早く笛を片付け、チズと呼ばれた少女は周囲を警戒しながら荷物をまとめる。チズと呼ばれる少女の髪は月光に照らされて青く煌めいている。その姿はまるで夜の精霊のようだな、と謙吾はうっとりとその様子を眺めていた。
チズが笛を慎重に包み込み、二人は互いに頷き合って立ち上がる。小走りで森の中へと消えていく二人の後ろ姿は、どこか儚げで神秘的だった。
──赤髪の少女が振り返りながら尋ねた。
「お兄ちゃんたち、明日は里に来るの?」
「そのつもりだよー!」
テオが笑顔で答えると、少女は嬉しそうに手を振った。
「じゃあ、その時にもっとお話聞かせて! あとお笛ももっと聞きたい! 私はオオヒメで、こっちの子はチズちゃん! じゃあねー!」
そう言って二人は駆けていった。
謙吾たちはその不思議な出会いに胸を躍らせ、辺りには再び夜の闇が残る。森の中での短い交流が、この旅への期待感を一層高めた。
明日には、ついに、三国周遊の一カ国目、鬼の里に到着する。里でどんな人々と出会い、どんな物語が待っているのだろう。彼らの文化や生活に触れ、その一部となることで、自分自身も成長できるはずだ。その思いに謙吾は心が温かくなり、自然と微笑みがこぼれた。
風が優しく吹き抜け、木々がざわめく音がいつもより心地よく響く気がした。明日への期待を胸に、謙吾は深呼吸をして、静かに眠りについた。夜の闇が優しく包み込み、次なる冒険への希望とともに、夢の世界へと誘ってくれた。
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テオは多彩ですね!
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