ep.25|ミナト家|三国周遊のはじまり3 ★キャラ画公開
その老人は自身を『オー・ズヌ』と名乗った。
昔は皇国の陰陽師本部にも勤めたことがあるらしい、旅の陰陽師だった。そして、男女の鬼はそれぞれ『ライコウ』と『トモエ』といい、鬼の里出身だと紹介された。二人の鬼は依然として力強い存在感を放ち、その鋭い眼光でこちらを警戒している。
オー・ズヌは朗々と自身の状況を説明し出した。
「最近、皇国全土で魔族の活動が活発化しているのはご存知ですよね? 鬼の里周辺にも穢レノ地が増えています。そのため、魔物や魔獣による被害も増えているそうです。ライコウとトモエは里の守護のため、魔物や魔獣を間引く遠征中なんです」
老人は謙吾たちの反応を見ながら続けた。
「私も穢レノ地に詳しい陰陽師として、偶然出会った彼らと共に行動しています。ここウェストの東海岸地区は、人族との交流が少ない鬼と狐の里の支配領域です。そのため穢レノ地の情報も限られていいるので……私にとっては貴重な研究対象になるんですよ」
オーズヌの話にマラミは首をかしげる。
「うーん、マザイ先生なら本部の陰陽師の名前を知ってるかもしれないけど……私はさっぱりだから、オー・ズヌという名前も聞いたことないわ。こんな僻地まで、熱心なこと」
彼女のそっけない対応に対し、オー・ズヌは微笑を浮かべただけで何も言わなかった。
一方で謙吾は、先ほどの戦闘の緊張も解け、老人が言った陰陽師の多岐にわたる活躍に、素直に感心していた。
(この老人との出会いも、僕の力を解き明かす鍵になるのかもしれないな……)
謙吾はオー・ズヌの話に耳を傾けながらも、この旅の可能性に心を躍らせていた。
この間、ライコウとトモエは全くと言っていいほど会話に入ってこなかった。ライコウと呼ばれる男鬼が小さく「周囲を警戒する」と言い残し、今は2人とも姿を消してしまっていた。彼らの足音は砂利道に吸い込まれるように消え、その背中には、冷たい影がまとわりついているようだった。
先ほどの戦闘の後も、カタリーナがライコウに「強いなお前」と話しかけていたが、彼は冷たく一瞥したのみで無用な急襲への謝罪の言葉もなかった。彼の無言の拒絶は、オー・ズヌの話を聞いた後でも、その態度以上に異質に感じられる。
「さっきも見てただろう? 鬼族は凄まじく強い奴らんだよ。だから、人から怖がられることも多いんだ。そもそも、愉快に談笑するような奴らじゃないんだろうな……」
彼らの態度に訝しんでいる謙吾を察したのか、カタリーナがこの世界の常識を添えてくれる。
彼らの硬い表情や、無愛想な態度は、戦いの中で生き抜くためのものなのかもしれない。戦士としての誇りと孤独が、彼らから余計な言葉を奪い、他者との距離を作り出しているのだと謙吾は納得した。
「いやはやその通りですよ。私も彼らと出会い、打ち解けるまでに時間がかかりました。まあ、まだ胸筋を開いて話し込むほどの関係ではありませんがな」
オー・ズヌが笑いを交えて言った。その笑いには、自身の苦労を思い出しているように見えた。
──テオが次の話題へと続ける。
「鬼族の伝説の傭兵もそんな感じなのかなあ?」
数十年前、鬼の里には有名な伝説の傭兵と呼ばれる冒険者がいたらしい。皇国内でも有名だったらしいが、今ではその姿を見た者はいないという。鬼族は人よりも寿命が長いので、引退したのか、病に伏せているのか、詳細は明らかになっていないらしい。
「昔の鬼の里は人族の領地とも積極的な交流があったそうですが、その冒険者の活躍がなくなるにつれ、交流も少なくなっていったらしいですね。まあ、この辺もライコウやトモエは何も話してくれませんが」
テオの問いにオー・ズヌは笑って答えた。
謙吾はその話を黙って聞きながら、ライコウとトモエの姿を頭に浮かべる。戦闘の時に見せたその冷酷さと、今も周囲を警戒し続けるその姿勢が、彼らの生き様を物語っているように感じられた。鬼族の戦士たちは、戦うことしか知らない。笑いも、涙も、歓びも、彼らには縁のないものなのかもしれない。
鬼、そして陰陽師、この世界で触れる多様な使命と価値観こそ、自身のこれからの糧になるのだろうと謙吾は確信していた。
真剣な眼差しの謙吾を他所に、テオがアバスの肩を抱き寄せ軽快に喋りだす。
「俺たちも旅の冒険者で、こいつが伝説の傭兵に憧れが強くって強くって……ぜひ一度里に訪れてみたいということで、これから鬼の里に行くところなんですよー」
唐突に作り話をするテオ。その表情は、造られたかのような穏やかさを纒いながら、相手の反応を冷静に見極めているようだった。謙吾やアバスは驚きながらも、また何か別の狙いがあるのかと話を合わせる。
オー・ズヌはその言葉に笑みを浮かべた。
「なるほど! 鬼を恐れて近づかなくなった者も少なくないというのに、豪胆な方々だ(笑)。まあ、私も人のことは言えませんが(笑)。今、里は四年に一度の祭りの準備で忙しくしてる頃だと思いますよ。なかなか外部の人間は見ることができない祭りだ。無事に里に入れたら貴重な経験になるかもしれませんな! 里の人たちもライコウとトモエのことを心配しているかもしれない。元気に魔物を討伐して回ってると伝えてあげると喜ばれるかもしれませんな! それでいいだろう? ライコウ? トモエ?」
どこからともなく姿を現したライコウとトモエ。彼らの姿は闇の中から浮かび上がるようで、謙吾は一瞬、息を飲んだ。
ライコウの鋭い目つきと、トモエの静かな瞳が謙吾たちを見回す。返事はなかったが、彼らは承諾の意思を示したのか、小さく頷いた。
* * *
翌朝、謙吾がテントから出ると、オー・ズヌたちはすでに出発の準備を整えていた。空はまだ淡い朝焼けに染まっており、冷たい空気が肌を引き締める。
「我々はもう行くことにします。どうか里の皆さんによろしくお伝えください……あなた方の旅に幸多からんことを」
オーズヌの言葉はどこか儀礼的だった。
謙吾は、案外さっぱりと分かれるものなんだなと思い、少しの寂しさを感じつつもその背中を見送った。
──その後、謙吾たちもゆっくりと支度を整え出発した。朝露に濡れた森の中を進みながら静かな会話が流れる。
「穢レノ地が活性化してるなんて話……モリア領では聞かないんだよなあ。これからは我々も警戒を強めるべきだな。なんならウェスト地方全体の問題として、鬼の里の皆さんと一緒に解決に向けて取り組めたらいいのかもな……」
テオの発言には為政者の風格が漂っていた。
伯爵家の嫡男としてウェスト地方全体を見据えた懐の深さが感じられ、その声には使命感と責任感が込められていた。
彼はこの旅で確実な成果を残そうとしている。謙吾もまた、自らの目的達成のために気を引き締め直さなければならない。異世界の新しい常識に目を奪われている、戸惑ってばかりいるわけにはいかないのだと、改めて決意を固めた。
──二日の旅路の後
「もうそろそろ鬼の里のはずだけど……もう日も沈むから今夜はここで野営だな」
カタリーナはテキパキと野営の指示を出していた。
夕焼けが辺りを鮮やかなオレンジ色に染め、空は紫色に移り変わろうとしていた。遠目に見える鬼の里からは、祭りの準備をしているのか、あちこちに火が灯され、設営の音が賑やかに響いている。
「歓迎してもらえるといいなあ……」
テオは期待と少しの不安が入り混じった声でつぶやいた。
「やっとお布団で寝られるのか……」
マラミも安堵の声を漏らす。
「秘密を見たなあ⁉︎ って鬼たちに食われそうになったらどうするマラミ!?」
テオが冗談を飛ばし、マラミにちょっかいをかける。
「テオ様、そういう偏見が希薄な交流を生むのですよ。お館様の名代として、もっと自覚を持って……」
アバスは真正直にテオを嗜めるが「冗談だよ冗談」と笑いながら流される。
「しかしライコウとトモエはすごい強かったな! あんな奴らがゴロゴロいるのかと思うとワクワクするな!」
カタリーナが先日の戦闘を振り返る。
「ワクワクなんてしないですよ! テオ様に何もないように、いつもより警戒しないと……」
アバスは呆れた顔で返した。
モリア家のお殿様から厳命されたこの旅は、来るべき魔族との戦争に向け、周辺三国との協力関係を作るという重要な使命を帯びている。謙吾はその重責を感じながらも、一カ国目の鬼の里が近づいてきたことで、自分でも予期しなかった深い感慨を覚えていた。
モリア家ヨシア城を出てからの一週間の旅路は、テオ、アバス、カタリーナ、マラミそれぞれとの距離を自然に縮めていった。夜の焚火の周りで交わされる語らいの時間、昼間の行軍中のささやかな会話。焚火の暖かな光が揺れる中、笑い声と冗談が飛び交い、緊張の中にも和やかな空気が漂い、それらが彼らとの絆を少しずつ強くしていった。
焚火を囲む時間は単なる休息の場ではなく、彼らとの心を通わせる貴重な瞬間だった。赤々と燃える炎が影を作り、その影が揺れる度に彼らの心の奥深くにある不安や期待、その人間性が垣間見られる。語られる話題は、道中の出来事や故郷の話、そしてこれからの未来について。彼らの声は時に低く、時に弾むように響き、それぞれの思いが静かに交錯していった。
一歩一歩進むごとに、魔族との戦争に駆り出されるかもしれないという、想像もできない未来が現実味を帯びてくる。しかし、同時に、この旅で芽生えた彼らとの確かな信頼と連帯感、謙吾はその絆の強さを感じ取り、胸に新たな決意を灯している。
──答えはきっと旅の中にある
テオが出発前にそう言って背中を押してくれた言葉を、謙吾は何度も思い返す。
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謙吾君は旅のイレギュラーを楽しめていますね!
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