ep.23|ミナト家|三国周遊のはじまり1
「マジで、なんで、私が、こんな目に……」
ヨシア城を出て五日。ウェスト山脈を越えるのにはもちろん山道の連続。体力バカのお前らと一緒にするなと今夜も力説したほうがいいのだろうか?
お調子者の当主四男坊のテオ、その乳呑み兄弟の堅物アバス、異形の力で息一つ切らさない第一種危険生物ケンゴ。そして極め付けは……常に私の後ろで最後尾をキープする2メートル超えのデカリーナ……考えうる限り最悪の布陣での行軍が今日も続く。
どうにか自室で魔法陣の研究をしていたかった……あとちょっとで桃の皮がつるんと剥ける固有魔法『ピーチ・ビーチ』が完成して、お家で桃パーティーし放題の生活が待っていたはずなのに……
この不思議な珍道中への参加は強制だった。陰陽師として、五行の力を使うケンゴを観測し、その能力解放の手助けをセヨ、という厳命を当主様より賜ったのだ。こんなことならセキ二十五家の末席になんて加わるんじゃなかった……使える研究経費の枠が拡大する、なんて超打算的な理由で申請した結果がこれだ……この肉体労働分の特別手当みたいなのは出るんだろうか? 頭の中はとにかく、どうやってこの珍道中を最低労力でやり流すかしか考えられない。
一行の最後尾から全体を守るように監視しているカタリーナも、表向きはテオの警護役だが、裏目的は絶対違う。モリア家三男の超キレ者、モリア家の懐刀ことニアルコスの近衛兵長様が、こんないくらでも代わりが効きそうな役目での行軍に参加するはずがない。周辺国への外遊中に四男坊がヘマをしないかと、何より第一種危険生物ケンゴが我が国にとって危険がないかの監視が目的だ、絶対。
見ろよあの、口角を上げ温和な微笑みを含みつつも周囲の警戒を怠らない、私たちのちょっとした変化も見過ごさないという気迫が漏れ出ちゃってるあの感じ……おかげさまでサボることすらできやしない……
「──マラミ? どうかしたかな⁈」
山にこだまするかのような大きい声のカタリーナ。
(嫌い、嫌いだ! 声が大きいやつは嫌い! しかも体が大きいなんてもう悲劇的に嫌いだ! しかもおせっかいとくるから救いようがない)
マラミはカタリーナを睨みつけることでその返事に代えるが、カタリーナはニコニコとその表情を崩さない。
「──マラミさん、昨日教えてもらった浄化魔法の事なんだけど……」
ケンゴが手元をいじりながらマラミに尋ねる。
(やばい、そしてこいつは本当にやばい。超常の存在から五行の力を与えられた異世界人で、なんとその力を使うと神々しくも五芒星が右手に浮かび上がる。神話か何かの存在なのか? 人と話してる感じがしないんだが……)
「こう印を結ぶじゃないですか…?」
マラミに教わった五行水式の印を結ぶ謙吾。
(うわーーーー出ちゃってる、出ちゃってるのよ。五行水式の象徴、紫色の光が、自慢の五芒星を宿した右手から漏れまくっちゃってるのよーーー)
初日の夜の野営で、メンバーに水属性の魔法を使えるやつがいないことが発覚したので、私が五行水式を使い道中の洗浄・衛生係をすることになった。それに目を光らせて「便利だなあ僕にもできるかなあ」とかいうから印の結び方を教えてやったら、もうそれはとんでもないことになった。ケンゴも五行の水属性と相性がいいんだろう、汚れを洗い流すとかのレベルではなく、対象の存在自体が浄化されて天に召されてしまいそうな勢いの何かが起きた。現にアバスの肌着なんて見たことのない白さになった。洗濯屋も真っ青だ。
慣れない行軍と心労に、息も絶え絶えのマラミを見てアバスが一向に提案する。
「次の水場があるところで休憩しましょうか。我々はいいかもしれないが、マラミ殿は陰陽師だ。無理な行軍には慣れていないだろう」
(ありがたい、逆にありがたい。アバスは真面目で融通が効かなくて堅物の代表のような男だがとにかく無理はしない、火中の栗は拾わない、テオ様の安全いつだって第一のそのスタンスが私に機会を与えてくれている! 休憩の機会を! このガクガク揺れる膝の止まり木を!)
「ええー俺はあんま疲れてないよー。あと2、3日で里だろ? 早く鬼の里の傭兵さんにも会ってみたいし……つーか今日はすごくいい天気だし! もう少し頑張ろうぜー」
テオが先頭で元気にメンバーを鼓舞する。
(うるせええええ。人たらし女たらしで有名なテオ四男坊の優しさはなぜ私に発動しない⁈ 任務だから? 仕事とプレイベートはしっかり分けるタイプか? ヤースーまーセーテーーー)
とにかくこの珍道中には困ったものだ。実際、困っている。三国周遊のまずは一カ国目。通称、鬼の里──ミナト家マクラカ館まであと少し。何とかマクラカ館で、とにかく、何でもいいから、事件が起きて欲しい。その口頭報告の必要性をこれでもかと言う程に主張し、私は国へ帰らせていただきます。マザイ先生もケンゴの五行水式の浄化能力がとんでもない威力であることを報告したら喜んでくれること間違いなしなんだろうから。
よし、マジでそうしよう。鬼の里で何某かの理由をつけて帰ろう。それまでにケンゴのレポートを完成させておけばいいか。そのためにも今日からもうちょっといろんなことに挑戦してもらうかあいつには。もう少しで今日の野営候補地の水場らしい。頑張れ、私。
* * *
この水場に着いた時からちょっと嫌な予感はしていた。こういう勘は陰陽師は大切にしたほうがいい。学校の先生にもそう教わってきた。こいつらとのコミュニケーションがめんどくさすぎて、嫌な予感を言い出さなかった1時間前の自分を責めたい。
湖の畔に敷いた今日の野営地。その湖の中央にはぽっかりと小島が浮かんでいる。で、その浮島に見える岩は、岩じゃない。あれは岩じゃないんだ。岩のように見えるけど、違う。明らかに、そう、あれは『漂ウモノ』だ。魔人になりきれていない魔物だ。自身が魔人になるために、魔人化できる「穢レノ地」を大陸から海を渡ってはるばる探しに来たんだ。マジで禍々しい。これから悪さをする、犯罪を起こすことを決めた、覚悟を決め切った悪意がトグロを巻いて周辺の空気が歪んでいるようにさえ見える。
──この世界の理は陰陽五行で説明できる。逆に説明できない存在が四元素だ。私はマザイ先生の「違気四限素論」が大好きだ。人も、亜人も、獣も、魔獣も五行由来。魔人と魔物だけ明らかにその由来が違う。別の宇宙から来た存在くらい違う。魔物の上位互換が魔人。魔人は海の外からくる。この国にある穢レノ地を目指して。そんなに心地いいのか。気持ち悪い。私たちが本能的に拒否してしまう存在、それが魔人であり、魔物だ。気持ち悪い。魔獣にはそれを感じない、なぜか? 魔獣は「獣が魔素の影響を受けて身体的な特徴を変化させてしまったモノ」だからだ。わたしたちと魔獣は、由来は一緒なんだ。
ああ、こんな素晴らしい説をケンゴは知らないんだろうな。魔物や魔人の説明なんてそれだけで辟易する。気持ち悪い。無邪気な顔で聞かれたらなんて答えよう。アバスにでも振ればいいか。生真面目なあいつは懇切丁寧に説明してくれるだろうさ。
道中も『キラーラビット』の生態について教科書通りの何の面白みもない解説をケンゴにしてたな。「体は白い毛皮で覆われている。一本角で襲ってくる。凶暴、冒険者ギルドに持っていけば角は加工品としてそこそこの値段で売れる」とか何とか。そこじゃない、そこじゃないだろ。野うさぎが魔体変化したのがキラーラビットだ。絶対にそうに違いない。そうではなければ、軽さが信条で天敵から白の迷彩で姿を隠し、何かあったら逃げ出すことに特化した草食動物が、あんな角を生やすわけないじゃないか。どんな必然性があってあの角を生やしたんだと思ってるんだ? かっこいいと思ったのか? あの角があると天敵に襲われ辛くなるのか? 天敵の鳥類にキラーラビットが角で応戦に成功したところなんて誰も見たことないだろ? 届かないんだから意味ないんだ。四元素の力が魔素という形で悪い方向に影響し、本来であれば必要のない凶暴性と外骨格を手に入らさせられてしまったんだろうよ。そんな奥深い、先人の探究者たちの叡智の結晶とも言える多彩な学説の解説も交えて話さないと何の面白みもないじゃないか。アバスは何も分かってない。わかってないんだよ。
あーーーー。こんなことを考えてたら いなくなってないかなあと思ったけどいるわ。あの岩、岩じゃないわ。絶対に「漂ウモノ」だわ……
マラミがんばれ(笑)
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