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フジコシノリュウ -異世界一〇八人群像叙述詩-  作者: ノムラハヤ
1.藤野謙吾|友情、成長、死化粧 〜異世界六十夜冒険譚〜
19/54

ep.19|モリア家|明かされる陰陽五行の力2

 興奮を抑えきれず、マザイが話し出す。


挿絵(By みてみん)


「五行とはすなわち陰陽五行。この世の理は『四元素』ではなく『陰と陽、火・水・木・金・土』の『陰陽五行』でできている、とわしは信じておる。そしてその象徴となるのが『五芒星』の印。四元素も精霊と共に確かに存在はする。それは否定できん。ただし、それだけでは世界の理を表現するのは不十分で、この世界の自然を形作っているものは陰陽五行の方がその解釈には適している。四元素では決定的にその要素が足りておらん──では四元素とは何か? その力を由来とした魔法とは何か?──それはこの世界の、五行で説明できる自然とは別の存在。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ! その象徴が魔獣や魔物と呼ばれる魔族という存在だ。現に四元素が濃い……いわゆる魔素が濃いと呼ばれる地域に生息する生物は魔素の影響を強く受けることでその姿を獣から魔獣、魔物へと魔体変化を遂げ──」



「先生! 一旦そこまでにして……」

 恩師の興奮を帯びた論文発表を、アコシアがなだめるように静止する。


「じゃあ、まあ、とにかく、ケンゴ君の不思議な力は私たちが使ってる魔法、四元素の力ではなく、陰陽五行の自然由来の力ってことです?」


「そうとしか考えられない……現に五芒星が身体に浮かび上がっておろう。四元素の精霊特有の力場の振動とは違っておる……ケンゴ君、君の生い立ちの中で、その力を手に入れたことに何か心当たりはないか⁇ 五行の力は神話の時代から、皇族の祭事様式の基礎となっている。まさか君は……皇族との関係があるのか…⁇」

 

 謙吾の両肩をマザイの手が力強く掴んだ。その指先に込められた緊張感が、謙吾の体を貫くように伝わってくる。マザイの鋭い眼差しが、まるで謙吾の心の奥底まで見通そうとしているかのようだった。


「頼む……話してくれ」

 マザイの低い声が部屋に響く。


 謙吾は喉の奥が乾くのを感じた。そしてゆっくりと息を吐き出し、意を決して口を開く。


「僕は……この世界の人間じゃ……ない」


 その言葉が、部屋の空気を一瞬で凍りつかせた。


 謙吾は自分がこの世界に来た時のことをできるだけ冷静に、そして詳細に語り始めた。陰陽五行の概念は前の世界でも聞いたことがあること、しかし四元素と魔法についてはこの世界特有であることも、慎重に言葉を選びながら説明した。


 話を続けるにつれ、周囲の空気が徐々に変化していくのを感じた。最初の凍りついたような緊張感が、驚きと困惑、そして何か言いようのない感情に変わっていく。


(当然だよな……目の前の人が『異世界人』を名乗り出したら……こんな空気になるよね……)


 謙吾は話しながらも、チラチラと周囲の反応を窺っていた。テオの目は大きく見開かれ、その口は半開きになったまま。アコシアは眉をひそめ、何かを必死に理解しようとしているかのような表情を浮かべていた。


 自分の秘密が露わにされることへの不安が、謙吾の胸の内で渦巻いていた。しかし同時に、何かしらの期待も芽生えていた。この告白が、自分とこの世界の人々との関係をどう変えるのか。その未知の可能性に、恐れと希望が入り混じっていた。


 話し終えた謙吾は、自分の唇が乾いているのを感じた。静寂が部屋を支配し、誰もが次の言葉を探しているかのようだった。


 ──そして、その沈黙を破ったのは、テオの震える声だった。


「ケンゴは、異世界人だったのかよ……」


「そりゃこの世界のことは何もわからないわよね……」


 テオの目が驚きに見開かれ、アコシアもまた、この事実に驚愕を隠せない様子だった。


 彼らの声は震えている。理解の範疇を超える出来事なのだと感じさせられる。そして、呆然とする二人とは対照的に、マザイが興奮を隠さずに捲し立てる。


「ますます、ますます興味深い‼︎ 魔法がなく、四元素の力が存在しない世界から、特別な五行の力を持つ少年が来た。そして、四元素由来の魔獣はその五行の力に明確な敵意を持って活動する……それは、やはり……やはり私の仮説は正しかったのだーー!!」

 マザイの声はまるで雷鳴のように部屋中に響き渡った。


 その目は狂気のような輝きを帯び、老人は机の上に積み重なった書類の山を無造作にかき分け始めた。まるで嵐が吹き荒れるかのように書類が床に散らばり、インクの染みた紙や古びた巻物が次々と飛び散流。紙の擦れる音とマザイの興奮した呼吸が部屋を満たしていく。


 テオとアコシアも目を見開き、言葉を失っていた。部屋の中はまるでカオスそのものだ。


 ──マザイの動きが一瞬止まり、振り返った顔には発見の喜びと新たな決意とが輝いていた。

「ああ、君たちまだいたの⁈ ちょっと、ちょっと考えをまとめたい。もう出てってくれ。時間がない、いや、時間が必要だ!陰陽殿とも連絡を取らねば──」


「もう……帰ったほうがいいと思う……この勢いは、ご飯も食べないやつ……」


「そうね、これは、ダメなやつね……」


 助手のマラミが、少し困ったような表情で退席を促し、かつての生徒だったアコシアもマザイのことはく知っているのだろう。観念した様子でため息をついた。


「やっぱり狂ってるな……いい意味で。でもまあ、お前のせいだぞケンゴ。俺も聞きたいことが山ほどあるよ」


「ですよね……すみません……」


 テオの問いに、謙吾は謝罪の言葉しか出てこなかった。



 マザイの庵を出て宿に戻る道中は、()()()()()()のテオとアコシアからの質問攻めだった。


「ケンゴがいたのはどんな世界なんだ⁉︎ 何を食べて、どんな所に住んで、民は何を思う⁉︎ この世界で活用できそうな事はないか⁉︎」


「あなたの世界は、全員がケンゴ君みたいな超人的な能力を持っているの? それともトレーニングの賜物なの⁈ モリア軍に採用できる訓練とかある⁈」


「ちょっと待ってください……2人とも少し落ち着いて……」


「これが落ち着いていられるか⁉︎」


「あのですね……僕の世界はそんなに特別じゃない。普通の人間が普通に暮らしてるだけですよ。まあ、科学技術とかちょっと違うところはあるけど……」


「普通ってなんだ普通って⁉︎ お前の存在が俺たちにとっては普通じゃないんだよ(笑)!」


「そうです! もっとケンゴさんの『普通』を教えてくださいよ!!」


「わかった、わかりました。順番に答えていくんで待ってください──」


 謙吾は観念したように、仲間の事、家族や日常生活、文化や技術について話した。現代の技術や常識、概念を、この世界の言葉で説明するのは難しかったが、どんな答えであってもテオとアコシアの興奮は高まり、質問が質問を呼んだ。


「なんと! いつでもどこでも、そして誰でも、離れた人と即座に会話できる魔道具があるだと⁈」


「1秒で70発の鉛玉を放つ、殺傷能力抜群の中距離攻撃武器が軍隊に標準装備って……絶望しかないじゃない!」


 テオが驚愕の声を上げ、アコシアも負けじと叫ぶ。


 謙吾はうんざりする一方で、不思議と安堵していた。テオやアコシアが異端の自分を拒絶しないという安心感だった。その異質さにも関わらず、彼らは変わらず接してくれる。その優しさに触れるたび、謙吾はこの世界に来て偶然巡り合わせたこの幸運を、しみじみと感じていた。


 ──謙吾がそんな小さな幸運を噛み締めているのも知らず、テオの質問は止まらない。


「その世界では、人々は何を大切にしていたんだ?」


 テオの声には、好奇心だけでなく、どこか切実さも含まれていた。為政者としての彼の眼差しは、謙吾の答えに何かを求めているようだった。


 謙吾は一瞬考え、答えを見つけるように言葉を探した。目線は宵闇に沈みゆく地平線へと向けられた。


(俺たちは……本当は、何を信じて、何を大切にして生きてきたんだろう)


 その問いに答えようとすると、不思議とワミ鉱山からの道中が謙吾の脳裏に浮かんだ。テオや他の騎士たちと囲んだ暖かな焚き火の記憶が、懐かしさと共に蘇る。炎の揺らめきに照らされた仲間たちの顔。語らいながら過ごした穏やかな時間。その光景が、彼の中で故郷の記憶と重なり合った。


 謙吾は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


「家族と、仲間……」

 

 謙吾の声は柔らかく、しかし確信に満ちていた。


「家族と仲間……そして、平和を大切にしていたよ」


 一瞬の間があり、謙吾は自分の言葉の重みを噛みしめるように続けた。


「どんな世界でも、それは変わらないんだと思う」


 その言葉が夜風に乗って広がるように、テオの表情が明るく変化していった。彼は深く頷き、その目には希望の光が宿っていた。そして、まるで長年の疑問に答えを見出したかのように、とても嬉しそうに笑った。


「そうか……やっぱり、人の心は世界が変わっても同じなんだな。それが『普通』なんだよな、きっと」


 二人の間に流れる空気が、何か大切なものを確認し合ったかのように、温かく澄んでいった。


カミングアウトはいつだって、期待と不安が入り混じりますよね。


ここまで読んでいただいてありがとうございます。ブックマークと☆のワンクリックが本当に励みになります! 楽しんで読んでいただけるように頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたしますmm

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